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芸術鑑賞の備忘録

映画『Summer of 85』

映画『Summer of 85』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のフランス映画。100分。
監督・脚本は、フランソワ・オゾン(François Ozon)。
原作は、エイダン・チェンバーズ(Aidan Chambers)の小説『おれの墓で踊れ(Dance on My Grave)』。
撮影は、イシャーム・アラウィエ(Hichame Alaouié)。
編集は、ロール・ガルデット(Laure Gardette)。
原題は、"Été 85"。

 

少年裁判所。刑務官に伴われたアレクシ・ロバン(Félix Lefebvre)が、審理開始を廊下のベンチで待っている。アレクシが観客に向けて訴える。これから語るのは、ある死体を巡る物語。その死体が生まれた理由について知りたくないなら、これは君の物語じゃない。
ノルマンディー地方のル・トレポールの浜辺。海水浴客が思い思いに過ごしている。海岸沿いの道を下ってくるアレクシの自転車。同級生のクリス(Antoine Simoni)を見かけ、アレクシが自転車を停める。クリスはリセの技術系の最終学年に進むことにしたらしい。アレクシも文学でリセに残りたいという気持ちがある。クリスに一緒にヨットに乗ろうと誘うが、彼には先約があった。恋人が姿を現すと、ヨットを使ってかまわないとアレクシに言い残してクリスは立ち去ってしまう。クリスのヨット「タプキュ」で1人沖に出たアレクシは、帆を畳むと、服をはだけて横になる。雷鳴に目を覚ましたアレクシは、岸に戻ろうと慌て、ヨットを転覆させてしまう。助けを求めるアレクシのもとに、「カリプソ」というヨットが近づいてくる。助けて! これはおまえのパンツか? センターボードを使って船体を立て直せよ。タプキュはカリプソに海岸へと曳航される。ヨットは後で係留しておくからさ、とりあえずここの近くにある家に寄っていきなよ。ダヴィド・ゴルマン(Benjamin Voisin)が、ずぶ濡れになったアレクシに勧める。アレクシは言われるがまま、ダヴィドの家に向かう。2人を迎え入れたダヴィドの母(Valeria Bruni Tedeschi)は、風呂を使いなさいと浴室に案内する。マダム・ゴルマンに服を脱がされ入浴したアレクシのもとにダヴィドが紅茶を持って顔を出す。着替えを取りに奥の部屋に来なよ。アレクシはダヴィドの服を借り、櫛を借りて髪の毛を梳かす。約束があるからというアレクシを引き留めてダヴィッドは一緒に軽食を取る。ダヴィドの父は、船乗りを辞めた後、船遊びに必要な雑貨を扱う店を開き、経理担当の母と切り盛りしていたが、最近亡くなったため、ダヴィドは学業を断念して跡を継いだという。自分の夢は追わないの? 父親の跡を継ぐのは嫌なのか? 船舶修理を継ぐ気はないよ。ダヴィドは今晩映画に行こうと約束して、アレクシと別れる。アレクシはリセにルフェーヴル(Melvil Poupaud)を訪ね、進路について相談する。天才とは言わないが、君には間違いなく文才がある。我が校の名を高めるだろう。父(Laurent Fernandez)は義務教育が終わったら働けと言っています。母親はどう言ってる? 母(Isabelle Nanty)は僕が望むことをしたらいいと。それなら、自分でよく考えて決めなさい。その晩、アレクシは再びダヴィドの家を訪ねる。

 

16歳のアレクシ・ロバン(Félix Lefebvre)は、出会ってすぐに恋に落ちたダヴィド・ゴルマン(Benjamin Voisin)を、6週間で永遠に失ってしまった。ダヴィドの死の原因を作ってしまったと悲嘆に暮れるアレクシは、法的制裁を受ける奇異な行動に出る。アレクシはなぜそのような行動をとるに至ったのか、その顚末を描く。

以下では、全篇について触れる。

アレクシが思いを寄せていた友人に恋人が出来たショックを、彼の操るヨットの転覆で表わす(なお、ヨットの名称"tapecul"が「乗り心地の悪い車」を意味するなら、同性愛者としてのアレクシの来し方を象徴するだろう)。アレクシに「助け船」を出すのがたダヴィドである。後にダヴィドが指摘するように、アレクシは自分を受け容れる存在を明らかに求めていたのだ。
猛スピードでオートバイを走らせるダヴィドは、「速度の向こう側」に達して、何も感じない境地に達する夢を持っていることが語られ、その夢は実現されることになる。父の死を通して、死が否応なく奪い去ってしまう生々しい現実に直面し、生きることに対して享楽的に臨むようになった。いつ終わるか分からない人生をできる限り走破しようして疾走すれば、軽く浮いてしまうのだ。
アレクシが惹かれてきた「死」は、例えば古代エジプト文明の遺物に表わされたような、観念的な死であった。死体もまた「死」そのものではないため、たとえ触れても「死」はつかめない。「文学者」であるアレクシは、その経験を文章にすることで、「死」に触れることができたのかもしれない。あるいは「死」を乗り越えて、ルーク(Yoann Zimmer)との新しい関係をスタートさせることになる。
アレクシは、ダヴィドからすれば「重い」が、それは恋愛に対して、潔癖なためである。そして、その桎梏が青春の核を成す。
ダヴィドが学業を諦めた原因は、父の死ではなく、ルフェーヴル(Melvil Poupaud)との関係が実現不能となったためであった。
"Summer of 85"と邦題を英語にしたのは、The Cureの"In Between Days"や、Rod Stewartの"Sailing"など英語の曲が作品の重要なモティーフとなっているためだろう。
本作とは全く関係ないが、本作でマダム・ゴルマンを演じたValeria Bruni Tedeschiが出演する映画「アスファルト(Asphalte)」(2015)をお勧めしたい。