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芸術鑑賞の備忘録

映画『フリー・ガイ』

映画『フリー・ガイ』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアメリカ映画。115分。
監督は、ショーン・レビ(Shawn Levy)。
原案が、マット・リーバーマン(Matt Lieberman)。
脚本は、マット・リーバーマン(Matt Lieberman)とザック・ペン(Zak Penn)。
撮影は、ジョージ・リッチモンド(George Richmond)。
編集は、ディーン・ジマーマン(Dean Zimmerman)。
原題は、"Free Guy"。

 

高層ビルの立ち並ぶ空を飛行して旋回し、通りに停めてあったオープンカーの運転席へ飛び落ちる1人の男。助手席に座る美女が驚く間もなく、彼は車を急発進させる。次々と繰り出される銃撃を躱しながら、渋滞する通りを猛スピードで縫い、急ハンドルを切って車をターンさせるタイミングで追っ手に火器を浴びせて反撃する。周囲の車は衝突して大破し、誤爆されたビルは燃え上がる。だが、彼らに法が適用されることはない。せいぜい彼らに配慮してもらう程度。なぜなら、彼らはサングラスをかけているのはヒーローという特別な存在だからだ。
都心にあるマンションの1室。白で統一されたインテリア。アラームの音で、ベッドに寝ていた青いパジャマのガイ(Ryan Reynolds)がむくっと体を起こす。ベッドサイドの鉢を泳ぐ金魚におはようの挨拶をすると、クローゼットを開き、同じ青い半袖シャツとチノパンの中から1組を取り出す。シリアルの朝食を取りながらテレビのニュースをチェックする。キャスターは気象情報に加えて銃撃への備えを訴える。行きつけのカフェに向かうと、店員(Britne Oldford)は注文する前に、ミルクと砂糖2杯を加えたミディアムサイズのコーヒーを差し出す。窓際に座る警官のジョニー(Mike Devine)に、良い1日ではなく素晴らしい1日を大声で挨拶して店を出る。靴屋のショーウィンドウでは憧れのスニーカー眺めるが、口座の残高が足らず、いつも手が出ない。警備を担当している制服姿のバディ(Lil Rel Howery)と落ち合い、勤務後に海岸で1杯やろうなどと話していると、コンビニのガラス扉を突き破ってオーナー(Naheem Garcia)が飛び出てくる。サングラスをかけた強盗に投げ飛ばされたのだ。特段驚く様子もなくガイが慣れた手つきで助け起こしてやる。ガイはフリー・シティ・バンクで窓口業務を担当している。顧客には良い1日ではなく素晴らしい1日と声をかける。突然銃声が響く。サングラスをかけた強盗が現れた。バディーは笑顔を絶やすこと無くすぐさまホルスターを外して床に寝そべる。ガイも落ち着いて床に俯けになる。銀行強盗は1日2回のペースで絶えず発生しているのだ。ガイをはじめフリー・シティの住人たちの日々は同じことの繰り返しで、それに甘んじて暮らしていた。だがガイには良き伴侶を得たいという願望があって、その思いは日増しに膨らんで抑えきれなくなっていた。勤務を終えたガイがバディとともに海岸に向かっていると、サングラスをかけた女性(Jodie Comer)と擦れ違う。ガイは彼女こそ自分の求めていた女性だと確信し、バディが止めるのも聞かず跡を追う。ところが線路を渡っている最中に猛スピードで通過する列車にガイは跳ね飛ばされてしまう。
アラームの音とともに、ガイがベッドで体を起こす。

 

ガイ(Ryan Reynolds)は、スナミ・ゲームズがリリースしたオープン・ワールドのオンラインゲーム「フリー・シティ」のNPCで、「良い1日ではなく素晴らしい1日を」が決まり文句のフリー・シティ・バンクの窓口係。ある日の仕事帰りに擦れ違ったモロトフ・ガール(Jodie Comer)に一目惚れし、彼女に近づくためにライフスタイルを変えていく。スナミ・ゲームズのカスタマー・センターに勤務するキーズ(Joe Keery)は、不正にゲームに侵入したプレイヤーを捕まえようと、同僚のマウサー(Utkarsh Ambudkar)とともに「警察官」と「ウサギ」としてゲームにアクセスする。ミリー(Jodie Comer)は学生時代にキーズとともに「ライフ・イットセルフ」というキャラクターを行動を観察だけを楽しむオープン・ワールドのオンラインゲームを開発したが、スナミ・ゲームズの創設者アントワン(Taika Waititi)がそのプログラムを盗用して「フリー・シティ」としてリリースしたと考え、「モロトフ・ガール」としてゲームにアクセスして、証拠を探索していた。

オープン・ワールドのオンラインゲーム「フリー・シティ」におけるプレイヤー・キャラクターは必ずスマートグラスをかけており、様々なアイテムを利用して、どんな悪事を働くことも可能である。彼らは超法規的な「上級国民」のメタファーと言える。それに対置されるのが、ガイらNPCの表わす「一般国民」である。「生権力」が支配するかのようなNPCの世界は、行動に逸脱がないかをNPCが相互に監視し合う、「ビッグ・ブラザー」ではなく「リトル・ブラザーズ」の「ユートピア」である。決まった行動を取れない者は「狂気」として排除されるのだ。とりわけ、カフェでガイがいつものコーヒーではなくカプチーノを注文すると、店の外に停まっていた戦車の砲塔がガイに向かって音も無く回転するのが恐ろしい。ガイは、恋愛感情をきっかけに覚醒し、さらに偶然手に入ったスマートグラスをかけることで、それまでと異なる視座を獲得し、行動の逸脱を加速させる。
ガイのコスチュームを青いシャツにしたのは、銀行員(=ホワイト・カラー)であるガイに「ブルー・カラー」(=肉体労働者)を重ね合わせ、労働者全体を表わすためであろうか。
ルーティーンとしての日常の描き方は、映画『トゥルーマン・ショー(The Truman Show)』(1998)を明らかになぞっている。プレイヤー・キャラクターが仮想世界に生きているという意味で、彼らは全てトゥルーマンである。そして、人間が仮想世界に生きていることについての気付く『トゥルーマン・ショー』から、AI(?)が人間でないことに気付かされる本作へと設定にはある種の反転が行われている。