可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『オールド』

映画『オールド』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアメリカ映画。108分。
監督・脚本は、M・ナイト・シャマラン(M. Night Shyamalan)。
原作は、ピエール=オスカル・レヴィ(Pierre Oscar Lévy)作・フレデリック・ペータース(Frederik Peeters)画のグラフィック・ノヴェル『砂の城(Château de sable)』
撮影は、マイケル・ジオラキス(Michael Gioulakis)。
編集は、ブレット・M・リード(Brett M. Reed)。
原題は、"Old"。

 

熱帯の植物が茂る中を、白いワゴン車が、海岸のリゾート施設へ向かって走る。マドックス(Alexa Swinton)が歌っている。前のシートに座るプリスカ(Vicky Krieps)は、娘にもっと歌ってと促す。最後部の席に陣取るトレント(Nolan River)は、空港から5分だって言ってたのにと愚痴をこぼす。プリスカは、窓の外の景色を楽しんで、と息子に声を掛ける。だがプリスカ自身はラップトップを取り出して画面に向かっていた。ここでも仕事かい? 夫のガイ(Gael García Bernal)は仕事を控えるよう促すが、妻の態度は変わらない。ホテルに到着すると、支配人(Gustaf Hammarsten)がスタッフを伴ってにこやかに出迎える。エントランスをくぐったところでマドリー(Francesca Eastwood)が、洒落たグラスに凝った飾り付けの鮮やかな飲み物をガイとプリスカに差し出す。お二人の好みをもとにした特別なカクテルです。ネットで予約したのになぜ好みを? プリスカは不思議に思う。お子さんたちにはドリンク・バーが用意されていますよ。 マドックスとトレントは、海を見渡せるガラス張りのロビーに設置されたテーブルで飲み物を選ぶ。そこにトレントと近い年恰好の少年イドリブ(Kailen Jude)が現れ、二人はすぐに打ち解ける。部屋に案内された一家。マドックスとトレントが興奮して駆け回る。ガイが二人に注意する。室内での怪我の原因のほとんどはコーヒー・テーブルで起きるんだ。ガイは「安全の手引き」を手に子供たちに告げる、子供の遊泳は禁じられていますだって。そんなはずないでしょ! 子供たちは水着に着替えるとビーチに向かう。6歳のトレントはイドリブとビーチでくつろぐ人たちに屈託なく話しかけて回っている。こんにちは! 何をしている人ですか? 3人組の男性の1人(Daniel Ison)は答えた。グレッグ・ミッチェル、警官をしているよ。すごい! 一方、11歳のマドックスは、はしゃぐ若者たちの姿を遠巻きに見ることしか出来ない。お年頃なのだ。職業を一通り聞いて回ったトレントとイドリブは、波打ち際で真実を告げ合うゲームを始めた。僕、友達いない! 僕がいるよ。だって、すぐにいなくなっちゃうでしょ? ママにヴィデオ通話してもらうようにするよ。夜、ガイはプリスカに核心について切り出していた。別れるって決断したのは腫瘍のせいか? 病気になる前からよ。住む場所は? もう決めてあるわ。これからが大事だって言うのに。あなたは未来の話しかしないじゃない。君は過去だけか? 2人の会話は言い争いに。隣の部屋のベッドでは、マドックスはトレントを抱き寄せ聞き耳を立てている。2人とも不安でいっぱいだ。トレントはイドリブから受け取った暗号の手紙を解読し始める。明日はアイスクリームで競争しよう! 翌朝、レストランで朝食を取っていると、一家の前に支配人が現れる。本日のご予定は? 1名はジェット・スキーを、もう1名はジェット・スキー以外を望んでいます。プリスカトレントとマドックスの希望を伝える。私は、あなた方ご家族のことを大変気に入りましてね、よろしければプライヴェート・ビーチにご案内致しますが。但し、呉々も内密に願いますよ。別のテーブルでは、ファッション・モデルのような容姿のクリスタル(Abbey Lee)が、隣の席に幼い娘カラを座らせ、自身はウェイターに「カルシウム・ボム」なるメニューについて尋ねていた。向かいに座る、彼女よりかなり年嵩の夫チャールズ(Rufus Sewell)と高齢の母アグネス(Kathleen Chalfant)が彼女の言動を啞然とした様子で眺めていた。突然何かが割れるような音がする。パトリシア(Nikki Amuka-Bird)が発作を起こして床に崩れ落ち、痙攣していた。彼女の傍で処置なしのジャリン(Ken Leung)に、チャールズが声を掛ける。私は医師だ。幸い、パトリシアの発作は間もなく治まった。チャールズはジャリンにアドヴァイスをするが、利いたばかりのジャリンの名を覚えていなかった。ガイ、プリスカ、マドックス、トレントがホテルの用意したワゴン車に乗り込む。後からアグネス、カラ、チャールズ、アグネスが乗り合わせる。パスポートは置いてきましたね。紛失するといけませんから。運転手(M. Night Shyamalan)が乗客に確認すると、プライヴェートビーチに向かって走り出す。

 

ガイ(Gael García Bernal)とプリスカ(Vicky Krieps)は娘のマドックス(Alexa Swinton)と息子のトレント(Nolan River)とともに、熱帯の海岸リゾートを訪れた。ホテルの支配人(Gustaf Hammarsten)から特別に案内されたプライヴェート・ビーチは、静かな海と岩壁に囲まれた誰もいない砂浜という願ってもない環境だったが…。

以下、全篇の内容に触れる。

ガイ(Gael García Bernal)は、腹部に腫瘍を抱えた妻プリスカ(Vicky Krieps)が(余命を悟って)離婚の決意を固めたため、11歳の娘マドックス(Alexa Swinton)と6歳の息子トレント(Nolan River)とを伴って熱帯の海岸リゾートへ家族旅行に出かけた。両親の不和が拗れていることを子供たちも知っている。
プライヴェート・ビーチは岩壁の迫る狭い砂浜で、いったん入ると、ひどい頭痛に襲われて、その壁を通り抜けることも海を渡ることもできない。そして、砂浜では岩石の影響で、成長・老化が極端に早く進む。ある意味、現実世界よりも時間の進行がゆっくりとした「浦島太郎」の竜宮(≒楽園)を反転させた世界、すなわち反楽園ないしティストピアである。
保険数理士としてリスク予測を仕事にしているガイは未来志向、学芸員(研究員?)として発掘などにも携わっているプリスカは過去志向。お互いの長所・短所を補い合う関係であったが、いつからか歯車が狂ってしまったようだ。高速で老化する中、ガイは視力を弱め、プリスカは左耳の聴力を失う。その2人は、過去の不和を忘れ、お互いを助け合う。
美しく若いクリスタル(Abbey Lee)と、権威ある医師だが年配のチャールズ(Rufus Sewell)の夫婦は、その登場から噛み合っていない様子が窺える。チャールズがヴァカンスに高齢の母アグネス(Kathleen Chalfant)を伴っていることも違和を強調する。さらに、チャールズには認知症の徴候が見られることも示される。クリスタルは、若さが普遍的なものでないこと(それゆえに若さに価値があること)を伝える役割を担っている。とりわけ、最期の戯画的な展開は、美容整形などによる人工的な美に対する揶揄も含意もしていよう。チャールズは、優秀であるがゆえに、認知症という現実を受け容れられない。場違いに、繰り返し、マーロン・ブランドジャック・ニコルソンの映画のタイトルが思い出せないと口にすることで、病状の進行が示される。医師による病状の否認は、医療過誤の問題のメタファーにもなっている。
功利主義的な考え方が、人間の尊厳を冒すことにならないか。正義の問題が背景にあることが終盤で示される。
狭い浜辺を舞台とした一種の密室劇。浜辺は生死の境目を象徴する空間としてふさわしい。カメラを左右にゆっくりと動かしたり、意図的に視覚を生むことで、その間に高速で進む時間=変化を鑑賞者に想像させる仕掛けを作っている。