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芸術鑑賞の備忘録

映画『沈黙のレジスタンス ユダヤ孤児を救った芸術家』

映画『沈黙のレジスタンス ユダヤ孤児を救った芸術家』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のアメリカ・イギリス・ドイツ合作映画。120分。
監督・脚本は、ジョナサン・ヤカボヴィッチ(Jonathan Jakubowicz)。
撮影は、ミゲル・I・リッティン=メンツ(Miguel I. Littin-Menz)。
編集は、アレクザンダー・バーナー(Alexander Berner)。
原題は、"Resistance"。

 

1938年。ミュンヘン。エルスベート(Bella Ramsey)がベッドで父親のジグムント(Edgar Ramírez)に本を読んでもらっている。物語は幸せな結末を迎える。エルスベートが就寝の祈りの言葉を唱えるのを見守ると、ジグムントと母のユーディト(Klára Issová)が娘にキスをする。エルスベートが尋ねる。ユダヤ人はなんで嫌われるの? ユダヤ人に仕事を奪われてると思わされてるんだ。景気が上向いているから、これからは皆、未来を考えるようになる。ジグムントが娘に語るのを、ユーディトが不安げに見詰めている。さあ、寝なさい。両親はエルスベートを寝かせると部屋を出て行く。間もなくしてドアを叩き壊す音がした。続いて、怒鳴り声や叫び声が聞こえる。エルスベートは恐怖を覚えながらもドアを開けて様子を窺わざるを得ない。両親が家から引きずり出されていく。エルスベートがその後を追って建物を出ると、広場では茶色のシャツを身につけた「突撃隊」の男たちがユダヤ人たちに暴行していた。ユーディトが撃たれると、斃れた妻に縋り付いたジグムントにも銃弾が撃ち込まれた。
1945年。ニュルンベルクナチスが着工して未完成のままになっていたコングレスハレにアメリカ軍兵士が集結した。司令官のジョージ・パットン将軍(Ed Harris)が登壇して演説を始める。恐怖心を持たない者はいない。勇敢さとは恐怖心をより長く抑え込む力のことだ。1人の勇敢な人物を紹介しよう。
1938年。ストラスブール。キャバレーのステージに立つのは、チャールズ・チャップリン風の扮装をしたマルセル・マンジェル(Jesse Eisenberg)。パントマイムを披露する彼に目を留める客はいない。1人の男がステージに近づいてくる。それは、マルセルの父シャルル(Karl Markovics)だった。シャルルは息子を店の外に連れ出す。ヒトラーの真似をするのが芸術なのか。ヒトラーじゃなくてチャップリンだよ。シャルルは芸術ごっこに感けている息子を叱りつける。翌日、父の営む肉店をマルセルが手伝っていると、ガルナー夫人(Felicity Montagu)が来店する。マルセルが夫人の娘エマ(Clémence Poésy)に対する思いを伝えると、シャルルは息子は役に立たないから関わらない方がいいと口を挟む。ガルナー夫人は、場の空気を読み、娘は結婚には興味がないみたいと言いつつ、マルセルにはウィンクをしてみせる。夫人が店を出て行くと、シャルルが縁が無かったなと息子を宥める。マルセルは、それは自分の願望に基づいた解釈をする「歪曲」だとジグムント・フロイトを持ち出して反論する。お前こそフロイトに診てもらえ! シャルルは機嫌を損ねる。ユダヤ人の子供たちのスカウト運動を組織している従兄のジョルジュ(Géza Röhrig)がマンセルのもとを訪れて協力を求める。マンセルは断り切れずジョルジュに同行する。2人で向かった独仏国境にある橋では、スカウトに参加しているミラ(Vica Kerekes)とエマ(Clémence Poésy)の姉妹が、ドイツからの孤児の到着を待っていた。娼館で踊るのが芸術なのかと揶揄されたマンセルは、芸術は場所を問わないってマルセル・デュシャンが言っていると返す。対岸にトラックが到着し、降ろされた子供たちは皆硬い表情をしている。双眼鏡で観察していたマンセルは心を動かされる。多いな。1台じゃ乗せきれない。ジョルジュの言葉に、マンセルは肉屋のトラックを持ってくると言って駆け出す。

 

アーティストとして成功することを夢見るマルセル・マルソー(Jesse Eisenberg)が、ナチスに占領されたフランスで、ドイツを始めとするヨーロッパ諸国から逃れてきたユダヤ人孤児を救うために奮闘した日々を描く。
ナチス・ドイツ占領下のフランスにおいて、リヨンはレジスタンスの拠点となっていた。ゲシュタポのクラウス・バルビー(Matthias Schweighöfer)がレジスタンスを殲滅するために赴任し、オテル・テルミニュスに滞在した。クラウスは、ユダヤ人や同性愛者などを毛嫌いし、目的遂行のためには残酷な拷問を平然と行う一方、音楽を好み、生まれたばかりの娘にも芸術的素養を身につけさせることを願っている。とりわけ、芸術に生きるマルセルがクラウスと「直接対決」するシーンは、マルセルに芸術の価値について再考を促すものである。監督はその問題を描くために本作を制作したのであろうし、鑑賞者に対しても考えを迫っている。
冷酷なクラウス・バルビーを演じたMatthias Schweighöferが素晴らしい。彼の主演するコメディ映画『100日間のシンプルライフ(100 Dinge)』(2018)もお勧めしたい。