映画『アナザーラウンド』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のデンマーク映画。115分。
監督は、トマス・ビンターベア(Thomas Vinterberg)。
脚本は、トマス・ビンターベア(Thomas Vinterberg)とトビアス・リンホム(Tobias Lindholm)。
撮影は、シュトゥルラ・ブラント・グロブレン(Sturla Brandth Grøvlen)。
編集は、アンネ・オーステルード(Anne Østerud)とヤヌス・ビレスコフ・ヤンセン(Janus Billeskov Jansen)。
原題は、"Druk"。
Hvad er ungdom? En drøm. Hvad er kærlighed? Drømmens indhold.――Søren Kierkegaard(若さとは? 夢。愛とは? 夢の中身。――セーレン・キルケゴール)
2人1組になってボトル・クレートを持った生徒が走っている。池の周りを1周する間に、残った生徒が酒を飲みきるゲームに興じている。いいか、吐いたらペナルティーだ! 日が暮れて、酩酊した生徒たちは駅に向かう。ホームに滑り込む地下鉄をバンバン叩き、車両になだれ込む。酒を片手に盛り上がる。騒ぎを止めに来た鉄道警察のスタッフを、手錠で手摺りから離れられないようにして、生徒たちは乱痴気騒ぎを続ける。
コペンハーゲンのある高校で、職員会議が開かれている。生徒たちが地下鉄で起こした事件は許容限度を超えています。新学期から生徒の飲酒を禁止すべきではありませんか。
体育館では、体育教師のトミー(Thomas Bo Larsen)が生徒にウォームアップを促す。もっと速く。もっと大きく回れ。トミーはしゃがみ込むと、壁に寄りかかって手にした新聞を広げ出す。ニコライ(Magnus Millang)の教室では、心理学とはどのような学問かについて語るが、生徒たちの反応はない。音楽室ではピアノを前にしたピーター(Lars Ranthe)が楽譜を出すよう指示するが、生徒たちはダラダラと行動している。マーティン(Mads Mikkelsen)の教室。教卓に座るマーティンが、抑揚のない話し方で淡々と解説している。このように産業化が近代の基盤となったわけだ。1人の生徒が指摘する。チャーチルの話は? …ああ、そうだな、話を戻そう。大戦中…。大戦ってどっちのです? 第一次だよ。チャーチルは海軍大臣で…。質問した生徒は啞然としている。
夜、くつろいでいたマーティンは、夜勤のためこれから家を出る妻のアニカ(Maria Bonnevie)に尋ねる。僕は変わったかな? …変わったって、若いときと比べて? それならそうね。
マーティンが校舎を歩いていると、事務員に呼び止められる。保護者の方が面談を求められています。午後は空いてらっしゃいますか? ええ。どのような要件ですか? …お会いになれば分かりますよ。午後、教室に向かうと、何組もの生徒と保護者がマーティンを待っていた。こんなにいらっしゃるとは。急な呼びかけだったんですが、皆集まったんです。先生、大学進学に当たり、歴史はとても重要です。低い評価では駄目なんです。先生は進学指導には関心をお持ちではないのですか? 勿論、そんなことはありません。…分かりました。カリキュラムの見直し、教員交代も含めて検討致します。
家で、マーティンが身支度を調えている。出かけるの? ああ、ニコライの40歳の誕生日なんだ。言ってあったろ? 夜遅くにはならないよ。アニカが2人の息子に夕食にピザを温めるよう伝えて家を出る。マーティンも子供たちに出かけることを伝えるが反応はない。
マーティンはトミーの家に立ち寄る。トミーの一張羅は妻との思い出の服だ。だが別れた妻の近況を尋ねても、トミーは知らないという。トミーの飼い犬が鳴き声を上げる。介護が必要なんだよ。トミーは愛犬を庭に連れ出して放尿させる。
レストランで、ニコライ、ピーター、トミー、マーティンがテーブルを囲んでいる。ウェイターが食前酒にシャンパンを勧めるが、マーティンは、車で来ているからと、炭酸水を注文する。40歳か。3人の子供たちの面倒を見るのに妻は必死だからさ。ニコライが家庭の事情を語る。談笑していると、ウェイターが現れ、ミネラル感を堪能なさってくださいと、3つのグラスにシャンパンを注ぐ。乾杯! うまい! 分別がありすぎるのも問題じゃないか、マーティン? 思わずピーターが漏らす。そもそも何をもって分別があるって言えるかってことさ、とニコライ。ノルウェーの精神科医フィン・スカルデルドによれば、酔っているのが賢明ということになる。運転中も? 彼はアルコールの血中濃度を常に0.05%に保てって主張している。はっきりさせたいんだが、どれくらいなんだ、0.05%ってのは? トミーが尋ねる。ワインならグラスで1~2杯、それを維持するんだ。飲み続けるってことか? そう。彼に言わせれば、血中濃度0.05%がリラックスして、落ち着いて、調子が良い状態。もっと大胆になれる。ちょっと自信をつけたいってときに使えそうだな。使えるさ。学校での問題にも対処できるさ、マーティン? 何だって? 授業で問題があるんだろ? 状況を知らせたんだ…。ピーターが申し訳なさそうにマーティンに言う。気にするな、大丈夫だ。
高校で歴史を教えるマーティン(Mads Mikkelsen)は、同僚のニコライ(Magnus Millang)から、アルコールの血中濃度を常に0.05%に保つことで、自信を持って行動できるという、フィン・スカルデルド提唱の理論を知らされる。擦れ違いの生活で妻アニカ(Maria Bonnevie)との仲が冷え切っていたことに加え、授業に対するクレームを受けて落ち込んでいたマーティンは、一か八か、その理論に飛びつく。マーティンは学校に到着すると、トイレに入って隠し持って来た酒を口にする。カリキュラムを変えると宣言して授業を始めたマーティンは、今から告げる3人のうち誰に投票するか答えよ、という突飛な質問を1人の女子生徒に行う。
以下、全篇について言及する。
マーティンには研究者の道も開かれていたが、結婚と子育てで断念した過去がある。妻のアニカは夜勤が多く、マーティンとは擦れ違いの生活を送っている。生真面目なマーティンは、いつしか砂を咬むような毎日を送るようになっていた。そんなマーティンの授業にクレームが入ったことが、フィン・スカルデルドの理論を実践しようという引き金となった。飲酒により気分を高揚させる目論見は成功する。だが飲酒習慣は、次第により強いアルコールを求めさせることになり、アルコール依存症にも至りかねない。実際、トミーは、アルコールから離れられなくなってしまう。
マーティンが泥酔して怪我をしたことにきっかけに、アニカからいつも酩酊していることを非難される。マーティンはそれまで切り出すことのできなかった妻の不倫について話題にし、溜まっていた怒りを爆発させて、夫婦関係を決裂させてしまう。トミーは別れた妻のことを引きずっているがために、自分ができなかった復縁を、マーティンに期待する。マーティンに、復縁の勇気を持つよう訴える。
デンマークでは16歳からアルコールを購入できる。アニカのセリフ(「この国には酔っ払いばっかり」)や、マーティンの生徒の飲酒量の告白(マーティンから飲酒習慣を問われて)によって、デンマークの飲酒事情が窺える。