可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『サマーフィルムにのって』

映画『サマーフィルムにのって』を鑑賞しての備忘録
2020年製作の日本映画。97分。
監督は、松本壮史。
脚本は、三浦直之と松本壮史。
撮影は、岩永洋と山崎裕典。
編集は、平井健一。

 

三隅高校。ブラスバンド部の練習の音が響き渡る放課後。校舎の屋上に立つ男子生徒(ゆうたろう)が大好きだと叫ぶ。中庭を挟んだ向かい側の屋上にいる女子生徒(甲田まひる)は、聞こえないと訴える。男子生徒は再び大好きだと叫ぶ。『大好きってしかいえねーじゃん(仮)』の文字。映画部の部室では制作中の映画を鑑賞して部員が盛り上がっている。今年の文化祭では花鈴(甲田まひる)が監督・脚本・主演を務める映画が上映されるのだ。1人浮かない表情のハダシ(伊藤万理華)が部室を後にする。ハダシを見かけた天文部のビート板(河合優実)が声をかける。寄っていこうか。行く! 2人は河川敷に向かう。橋脚脇に打ち棄てられた白いワゴン車。ドアの南京錠を外して車内に入ると、そこは時代劇のポスターを貼った時代劇のミニシアターになっていた。ハダシが座頭市シリーズのDVDをセットし、ビート板が水槽のカメに餌をやる。勝新太郎の殺陣を見たハダシはついセリフを呟いてしまい、ビート板にうるさいと怒られる。そこへ息せき切って剣道着を身につけたままのブルーハワイ(祷キララ)が現れる。胴着! 帰っちゃうかもと思って。座頭市! 勝新が尊すぎて。色気なら雷蔵様だけどね、やっぱ大菩薩峠雷蔵は美しすぎるんだよね。だからいいんじゃん。ビート板は2人の議論をよそに『時をかける少女』を読んでいる。ハダシとブルーハワイは傘を手に車外に出て殺陣ごっこを始める。勝新雷蔵。解散した後も河川敷の道で座頭市の真似をしていたハダシは、一瞬、時が停まったような感覚を味わう。そしてその間に、ごく間近に1人の男が現れるが、時間の流れが戻ったときには男の姿は無かった。時代劇を愛するハダシは、同世代の武士を主人公にした時代劇『武士の青春』を撮ろうと脚本を書いていた。授業中も主人公・猪太郎のイメージをノートの端に描いて想像を膨らませていた。ダディボーイ(板橋駿谷)が夏目漱石の『こころ』を朗読している。国語の教師が高校生とは思えないとその技術に舌を巻いている。昼休み、ハダシが中庭を通ると、増山(池田永吉)が駒田(小日向星一)から出される野球の音声のクイズに興じている。デコチャリに乗る小栗(篠田諒)は、その自転車は駄目だと教師に注意されていた。ハダシがビート板とブルーハワイと一緒に昼食をとっている。映画撮ればいいのに。殺陣指導してあげるよ。私も何か手伝う! 主演が見つからないんだ。そこへ花鈴が現れ、『大好きってしかいえねーじゃん』に時代劇のシーンを挿入することにしたから協力して欲しいと頼まれる。「Karin Movie Club」のロゴの入ったピンクのTシャツを着た部員たちが囲む神社の石段には、花鈴の隣に、町娘の衣装で座るハダシの姿があった。ぎこちない台詞回し。それでも映像を確認する隼人(ゆうたろう)は満足げな表情を浮かべている。ハダシは名画座に1人時代劇特集を観に行く。上映後、客席で泣いている男性(金子大地)がいた。その顔を見たとたん、ハダシは『武士の青春』の主演にはこの人しかいないと確信する。ハダシが男に声をかけると、彼は動揺して逃げ出す。待って! ハダシは必死に追いかけ続けるのだった。

 

映画部に所属する高校3年生のハダシ(伊藤万理華)は、祖母の影響で幼い頃からの時代劇マニアだ。ハイティーンの武士を描いた時代劇を撮りたいと『武士の青春』という脚本を書き上げたが、今年度の文化祭で上映する作品は花鈴(甲田まひる)の『大好きってしかいえねーじゃん』に決まってしまった。ところがハダシは主演にふさわしい男性(金子大地)を名画座の客席で見かけたことをきっかけに、親友の天文部のビート板(河合優実)や剣道部のブルーハワイ(祷キララ)とともに、映画を自主制作することに決める。

以下、全篇に触れる。

ハダシ(伊藤万理華)が自らの時代劇に対する愛を貫く姿が、「座頭市」的振る舞いによって強調されている。ハダシは、ふさわしい主演俳優が現れない限り、メガホンを取ることはない。
ブルーハワイ(祷キララ)は時代劇好きとして振る舞いながら、実はキラキラした恋愛物語に憧れていて、花鈴(甲田まひる)の作品世界に興奮する。そして、恋愛は果たし合いだというポリシーを花鈴が持っていることをハダシが知ることで、ハダシ(=時代劇)と花鈴(=恋愛物)との共通項が示される。ハダシ組(映画部員としてはハダシ以外にいないが)と花鈴組の映画部が文化祭の「2本立て上映」の形で1つになる。
ビート板(河合優実)は、冒頭の登場シーンから望遠鏡を通してハダシを見るという形で、冷静な観察者の役割が示されている。そして映画制作ではカメラを担当することになる。また、彼女は『時をかける少女』を読むことで、SF(タイム・スリップ)要素の導入が示される。未来からやって来た凛太郎(金子大地)の行動の影響を冷静に分析することが可能だ。
他人の物語に時間を使うことなどない未来の世界では、5秒の動画が原則で、1分は長編扱い。「映画」は消えている。そんな未来から失われた巨匠ハダシの処女作を求めて凛太郎がタイムスリップしてきた。図らずも未来の存在である凛太郎が『武士の青春』に主演することで同作は存在し得ないものになってしまう。その設定の巧みさ。

以下、ラストシーンについて触れる。

学園祭での上映会。ハダシは『武士の青春』のラストシーンを上映を中止し、その場で取り直すと宣言する。監督の意を汲む仲間たち。その時・その場にしか存在しないライヴを作品に組み込む演出。衣装も小道具もなく、制服姿に箒で殺陣を見せる。その瞬間、時代劇ごっこは真剣勝負に変容する。まさかここまで凄まじい切れ味の作品とは。