映画『君は永遠にそいつらより若い』を鑑賞しての備忘録
2020年製作の日本映画。118分。
監督・脚本は、吉野竜平。
原作は、津村記久子の小説『君は永遠にそいつらより若い』。
撮影は、平井英二郎。
土手の草叢に倒れた赤い自転車。イノギは生き延びた。太陽に灼かれて、泥にまみれて、戻ってきた。
居酒屋の座敷を占領して、大学生のグループがコンパをしている。どのテーブルも話やゲームで盛り上がり、宴酣。ゼミ長(竹内一希)が立ち上がり、皆に注目を促す。盛り上がっているところ、悪いね。このゼミから新たに就職内定者が出ました。この場を借りて、挨拶してもらいます。堀貝! 隅に座っていた赤い短髪のホリガイ(佐久間由衣)は断り切れず立ち上がる。ただラッキーで、地元で倍率が低かったから…。何になるんだっけ? 児童福祉司です。ゼミ長を始め、ゼミ生は馴染みのない仕事にピンと来ていない。再び座ったホリガイを周囲の男子たちが揶揄う。就職決まったし、次の目標は「処女を捨てる」ですか? 「処女」って言葉、罵倒の意味合いしかないのよ。もっとカジュアルかつポップな言い方があればね。「女の童貞」とか? 全然、ポップじゃない! 「ポチョムキン」とかいいかも! 何が「ポチョムキン」だよ。そうやって本質を笑いではぐらかすところがお前の人間性を物語ってんだよ。ゲームで盛り上がるテーブルで輪に入れず一人酒を呷っていた男がやって来て堀貝の前に腰を下ろした。お前がやろうとしてる仕事って他人様の人生に介入するわけだろ。その資格があるってお前は思い上がってるんだ。すいませんね、私みたいなユルユルな人生送ってきた「ポチョムキン」に助けられる子供って本当に気の毒ですよね。とにかく無知だし、想像力ゼロ! 遅れて来たヨッシー(小日向星一)の姿を見かけて、ホリガイはヨッシーの前へ移る。話は終わってねーぞ、堀貝! なんか呼んでるけどいいの? いいのいいの、あんたの登場があと3秒遅かったら、この皿あいつの顔面に投げつけてたよ。こいつの身元引き受けに警察行ってたんだよ。どうも、文学科の穂峰です。ホミネ(笠松将)が自己紹介する。サークルが一緒でさ。こいつ警察署出ても暗い顔してるからさ、気分転換になるかもって強引に連れてきたの。警察署? 子供誘拐したんだよ。誤解なんですけどね。僕の部屋の下に住んでるショーゴ君って8歳の子がいて…。ご飯食べさせてもらえなかったり、育児放棄っていうの? ネグレクト! 親が長い間帰ってないみたいだったからその子を住まわせてたの。え、黙って? だって死んじゃうよ。大胆なことするね。案の定、親が帰ってきて騒ぎになって、こいつが誘拐犯としてしょっ引かれたっていう。何楽しそうに言ってんだよ、ムカつくなあ。痛え、暴行罪だ! コンパの帰り道。ホミネと一緒になったホリガイは、自転車を押しながら歩いている。結婚して欲しい。構わないけど、堀貝さんって結婚したい相手がコロコロ変わってそう。読まれてるなあ。何で児童福祉司になろうと思ったの? 私こっちだからまた今度ね。アンケート、良かったら協力してくれない? じゃあ、アンケートを渡すときに理由を聞かせてよ。大学のラウンジ。ヨッシーが就職面接に向かうのを見送ると、岡野あかり(森田想)がバッグからホリガイに頼まれたアンケートの束を取り出す。35人分だよ。ありがとう! ただじゃ渡さない。私の代わりに西洋哲学史に出てノートを取ってきて。就活終わった私の自由時間を甘く見ないでよ。でも、1限だよ。途端に怯むホリガイ。ホリガイは酒造メーカーで検品のアルバイトをしていた。ベルトコンベアを次々と流れてくる紙パックの酒。問題なければそれを段ボールに詰めていく。年内で退職するホリガイの穴を埋めるため、ヤスダ(葵揚)が採用された。ETを可愛くした女の子で、笑いのセンスもかぶってるんですよ。ヤスダは片想いの女の子と自分の相性はぴったりだから上手くいくはずと1人で盛り上がっている。これ、穴開いてるよ。え、どうしよう、いったん止めましょう。動顚するヤスダ。朝、ホリガイは自転車を飛ばして大学へ。西洋哲学史の教室に着いたときには学生が次々と出てきて、教授は黒板を消し終わっていた。ホリガイはニット帽を被ったロングヘアの女の子(奈緒)が1人なのに気が付いて声をかける。今の授業のノート、コピーさせてもらえませんか? アンケートが人質なんです。あなたのことよく知りませんし、次の授業がありますから。そのとき、教室の前の方で1人の女子学生が叫んでいた。もういい! カッターを手にした彼女は手首を切ろうとする。数名の男子学生たちが慌てて止めに入る。何だか楽しそう。彼女の反応にホリガイが共感しているのを見て取って、彼女はノートを貸してくれることになった。彼女は哲学科の3年生で、「イノギ」と名乗った。
地元の和歌山市で児童福祉司になることが決まった、束谷大学文学部社会学科4年の堀貝佐世(佐久間由衣)は、卒業単位も取り終わり、酒造会社でアルバイトをしながら、卒業論文の準備を進めていた。テーマは生育環境と将来像との関係性。200~300人からアンケートをとろうと、友人たちに協力をお願いしていた。友人で哲学科に在籍する岡野あかり(森田想)は、早速35人分のアンケートを回収してくれたが、見返りに西洋哲学史に出席してノートを取ることを求められた。寝坊した佐世が教室に到着したときには1限の授業は既に終わっていた。佐世は、たまたま教室にいた猪乃木楠子(奈緒)にノートをコピーさせてもらおうとして断られる。だが、丁度教室で女子学生がカッターを手に自殺すると暴れる姿を見た楠子の反応に佐世が共感したことで、打ち解けた楠子から佐世はノートを貸してもらえることになった。佐世はノートのお礼をしたいと、楠子が行ってみたかったというカフェ・バーに飲みに行く。
以下、全篇について触れる。
「処女」を自らの欠落と決めつけて卑下してユルユルと生きてきたホリガイは、イノギから告白されるまで彼女の「傷」に気付くことができなかった。脳天を撃ち抜かれるような衝撃に、ホリガイの心に生まれた後悔の念は、ホミネの遺志を汲んだショーゴ君救出に駆り立てる。それはホミネがかつて行った「誘拐」同様、無謀な行動ではあるけれど、「後悔先に立たず」を避けようと積極的な行動に出るようになったホリガイの変化であり、イノギに対する向き合い方にも反映される。ここに、作品からの極めて前向きなメッセージが認められる。そして、鑑賞者もまた、大学生の日常をユルユルと眺めていたのが、イノギの過去に衝撃を受ける。それはホリガイと同化する装置を作動させるスイッチとなるだろう。前半と後半の緩急をつけた構成が、その装置を駆動させるのに利いている。
「君は永遠にそいつらより若い」というホリガイの言葉は、イノギの心を開かせる鍵となっている。
イノギは、交際していた先輩との関係を自らの不手際で壊してしまったとさらっと述べる。イノギの過去が明らかになった後、その述懐は極めて悲痛なものとして思い返されることになる。
冒頭のゼミのコンパのシーンで、他人様の人生に介入する資格があると思い上がってるとホリガイを非難する男子学生は、その言葉は自らに向けられるためにあることに気付いていない。