可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 小林正人個展『この星の家族』

展覧会『小林正人「この星の家族」』を鑑賞しての備忘録
シュウゴアーツにて、2021年9月10日~10月16日。

《画家の肖像》、《この星のモデル(胸に傷がある女)》、《この星のモデル(ランニングマン) ペア》の3点の絵画で構成される、小林正人の個展。

《画家の肖像》(2240mm×1970mm×110mm)は、タイトルから想像されるイメージとは異なり、正面やや左方向から、前胸から上を描いた栗毛の「馬」の胸像である。青い右目、赤い左目に加え、黄色い絵具の付着した筆を咬み、鼻梁に茶色い絵具がチューブから捻り出したように盛られているのが目立った特徴だ。周囲はメタリックな白と淡い青とで塗り込められている。とりわけ馬の周囲には白い絵具の筆跡を意図的に残している。「木枠」は、縦も横も形や大きさを異にする複数の木材で、浮いたり隙間が生じたりするのに任せ、長方形ではない四辺形に組まれている。それに釘で打ち付けられた画布は張られることなく、弛みが生じている。作品を見て「画家の肖像」が何故「馬の胸像」なのか疑問が湧く。馬は、人(≒モデル)を乗せるから、モデルのイメージを伝える存在を意味するのであろうか。あるいは、人とは異なる広い視野を持つことを暗示するのであろうか(赤と青の目はアナグリフメガネの立体視?)。馬が咥える絵筆は、画家のアトリビュートであるとともに、絵筆のために口を開くことのできない状況は、言語で伝達不能なイメージを表現することを訴えるのだろう。対象から受け取ったイメージが作家の頭の中で生まれ、それを画布に落とし込む。「この星のモデル」が発した光が「宇宙」を経由して画布に届くまでに、星の光が地球に届く時間にも比せられる時間経過の感覚が、作家に生じるのかもしれない。筆先の黄の絵具は光に擬えられる。左手前からの構図で、敢えて脚を描かず、なおかつ「木枠」が壊れ、画布が外れてしまっていることで、奔馬が光を届けるべく疾走するイメージが立ち現れる。
《この星のモデル(胸に傷がある女)》(2210mm×2000mm×200mm)は、白のチューブ・トップと黄色いパンツの女性が右膝を曲げ、左脚を伸ばし、左手を付いて腰掛けて、前方上方を見上げる姿を、女性に向かって右側の角度から描いたもの。肌は茶や桃色などで表している。右手は見えないが、おそらく右の太腿の上に載せた開いた本を抑えているのだろう。モデルが発光するかのように、その周囲にだけ白や黄の絵具が塗られている。画布は木材に釘で打ち付けられているが、脚を伸ばす女性の身体を模倣するように、斜めに架けられ、床にまで垂れ下がっている。
《この星のモデル(ランニングマン) ペア》(1940mm×2960mm×200mm)は、黄色く塗り込められたほぼ二等辺三角形の画布に、右方向に向かって走る人物の茶色の輪郭がぼんやりと浮かび上がる作品。曲げられた左腕が残像とともに二重に表されていたり、顔や脚には効果線のような渦や波線などが描き入れられている。壁面に架けられている画面の「頂角」が右下で床に着いている。それは壁からの落下のイメージを産み、スタートの合図となり、あるいは右下への傾斜によって人物が転がるように走り出すことになる。タイトルに「ペア」とあるのは、離れて見えない場所にある別の作品と組になっていることが作家によって決められているからだ。この作品こそ、作家の頭の中にあるイメージのシンボルであり、黄色く表すことで「光」に擬えているのだろう。離れた位置にある画布(「ペア」となる作品《この星のモデル(ペア)》は、額縁然とした四辺形の木枠からはみ出した三角形の画布で、部分的に黄色い絵具などが散らされている。本展に合わせ、近隣のピラミデビルで展示)に落とし込まれるべく「光速」で伝わっていく。そこに生じる避けがたいタイムラグが可視化される。