映画『レミニセンス』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアメリカ映画。116分。
監督・脚本は、リサ・ジョイ(Lisa Joy)。
撮影は、ポール・キャメロン(Paul Cameron)。
編集は、マーク・ヨシカワ(Mark Yoshikawa)。
原題は、"Reminiscence"。
人は過去に取り憑かれることがある。過去は瞬間瞬間の連なりに過ぎない。首飾りに並んだ真円真珠を思い浮かべればいい。ある瞬間はそれ自体で完結し、時間に貫かれている。実際には、過去が人に取り憑くことはない。気にかけもしない。仮に幽霊がいるとすれば、それは過去にしがみついている人間だ。人間が過去に取り憑く。だから同じ光景を見ることがあるのだ。
温暖化の進行により海水面が上昇し、マイアミの市街地は冠水していた。日中人気の無い市街地では、日が落ちるとともにビルの窓に明かりが灯っていく。水上タクシーやボートがビルの周囲を活発に行き交い始める。夜9時。旧市街の浸水した通りを歩いていたニック・バニスター(Hugh Jackman)が足を止め、水の中に落ちていたハートのクイーンを拾い上げる。クイーンがさらわれてるよ。近くにテーブルを出してカードを並べていた男(Gordon Dexheimer)にクイーンを手渡す。勝負するか? またな。ニックは自社のオフィスに入っていく。ニックが身支度をしているところへ、スタッフのエミリー・サンダース(Thandiwe Newton)が顔を出す。遅刻よ。時間が直線的に進むならな。俺たちはそういう商売じゃないだろ。でも時間単位で料金を請求してるでしょ。最初の予約の方が待ってるわ。傷痍軍人ハンク(Javier Molina)が車椅子に乗って「レミニセンス」体験装置に近づく。ニックと挨拶すると、常連のハンクは、両脚を切断していながら、慣れた動作でカプセルに入り込む。エミリーがハンクの首筋に注射を打つ。
かつては時を遡ることなんてできなかった。しかし、時間はもはや一方通行ではない。記憶が、時の流れを遡る船なのだ。差し詰め私はその船の漕ぎ手と言ったところだ。海面上昇や戦争で楽しみを奪われると、人々は過去に縋り始めた。水を張ったカプセルは元はと言えば尋問のための拷問具だったが、人々はそのカプセルが提供してくれる郷愁に生きる術を見出した。エミリーと私はそれで何とか糊口を凌いでいる。
ニックがレバーを下げて、立体映像を表示する円形の舞台を作動させる。ニックがハンクの頭にヘッドギアを装着させると、ハンクがカプセルの水の中に体を横たえる。エミリーの前の制御盤にハンクの脳の状態が表示される。エミリーが記録装置をセットし、準備完了とニックに告げる。
あなたは旅に出ます。記憶を用いた旅です。目的地は何処か。あなたがかつて訪れた場所です。そこに向かうには、だた私の声に従えばいいのです。夏。15年前。ニックの声に導かれて、ハンクの記憶が円形の舞台に立体的に現れ始める。あなたがボールを拾い上げます。両脚のあるハンクが黄色いボールを拾って投げる。犬が喜んで追いかけ、ボールを取ってくる。ハンクが犬を撫でて褒める。
ハンクが代金代わりにとドラッグを渡そうとするが、ニックは受け取らない。ハンクが去った後、無償でサーヴィスを提供していては商売にならないとエミリーはニックに不満をぶつけるが、郷愁に対する需要が下火になることは無いとニックは取り合わない。
実際、過去ほど中毒性のあるものはない。愛する人と再会したくない人なんていないし、誰もが人生の最も意味のある瞬間を追体験したいのだ。しかし、記憶は、たとえ良い記憶であっても、凄まじい食欲を持っている。注意しないと、記憶に呑み込まれてしまう。
常連のエルサ(Angela Sarafyan)はいつも同じ、恋人に抱かれる記憶に浸りに来る。エミリーが映像をコピーして持ち帰るように手渡す。いつも同じ場面に訪れるでしょ。これがあればいつでも見られるわ。ありがとう。でも同じじゃないの。「レミニセンス」の中なら、彼の腕に抱き締められる感覚を味わえるから、比べものにならないの。
営業時間を終え、ニックはエミリーから鍵を受け取ると、厳重にロックされた倉庫に顧客の記憶装置を保管する。ニックがエミリーに鍵を返すと、彼女から酒瓶を渡される。飲みなさいよ。脚の古傷に効くわ。私が痛みに気付いてないと思う? 2人が話していると、ドアのベルが鳴る。まだ予約があるのか? いいえ。閉店よ! ごめんなさい、遅いのは分かってるの。鍵をなくしてしまって。美しい女性(Rebecca Ferguson)の姿に、ニックは一瞬で心を奪われた。
ニック・バニスター(Hugh Jackman)は、エミリー・サンダース(Thandiwe Newton)を唯一のスタッフとして、「レミニセンス」という没入体験型の回想サーヴィスを提供するバニスター&アソシエイツという会社を経営している。ある日の営業時間終了後、鍵をなくしたとオフィスに飛び込んできたメイ(Rebecca Ferguson)という女性客に心を奪われたニックは、彼女が置き忘れたイヤリングを届けたのをきっかけにメイと交際するようになる。ところがメイはある日を境に忽然と姿を消してしまう。ニックとエミリーは、検察官のエイヴリー・カスティージョ(Natalie Martinez)から、ニューオーリンズの麻薬カルテルを取り仕切る「セイント・ジョー」(Daniel Wu)の捜査の一環として、レミニセンスを利用した取調を依頼される。
麻薬を過去=記憶のメタファーとすることで、その中毒性、すなわち過去に縋ることの危険性を告発する。記憶の「売人」であるニックが、記憶という「ドラッグ」に自ら手を出せば、破滅は避けられない。
「レミニセンス」という没入体験型の回想サーヴィスの原形が軍隊の尋問装置という設定・発想も面白い。水責めで記憶を吐かせることから連想したのだろう。
ニックが記憶の海に沈み込むことは、オルフェウスの物語における冥府下りに重ね合わされている。
歌が記憶のためのメディアであることもある仕掛けに活かされていたが、メイが歌姫であるなら、もっと歌に中心的な役割を担わせていても良かった。