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芸術鑑賞の備忘録

映画『由宇子の天秤』

映画『由宇子の天秤』を鑑賞しての備忘録
2020年製作の日本映画。152分。
監督・脚本・編集は、春本雄二郎。
撮影は、野口健司。

 

関東近郊の河川敷。川の傍に立った長谷部仁(松浦祐也)が1人リコーダーを吹いている。その様子をカメラマンの池田(木村知貴)が捉えている。ドキュメンタリー・ディレクターの木下由宇子(瀧内公美)は、3年前に起きた当時高校2年生の長谷部広美(永瀬未留)の自殺の真相を追って取材を続け、父親にインタヴューを行なっていた。由宇子の質問に長谷部が返答できなくなり、由宇子がここまでにしましょうと撮影を切り上げる。すると、失敗してもいいって言ってやれば良かったと、インタヴューが終了して緊張が解けたのか長谷部が口を開いた。リコーダーの演奏をいつも同じところで間違えるから、外でやれって…。長谷部から心情が吐露されていった。長谷部さん、今のコメント使わせて頂いていいですか? 池田はインタヴュー終了後もカメラを回し続けていた。ADの小木(宮本和武)が運転するバンの中では、取材班を率いる富山宏紀(川瀬陽太)が電車に間に合わないと時間を気にしていた。だが由宇子の機転で被害者の父親のいい画を撮れたと車内は活気づいていて、富山に約束の飯を奢れと大合唱になる。
会議室では、富山のドキュメンタリー番組のプレヴューが、テレビ局の保土田(松木大輔)と市村(鶴田翔)を前にして行なわれている。由宇子が順を追って説明するのを、保土田がライン・マーカーを引きながら台本を厳密にチェックしている。ここ台本通りじゃないよね? 長谷部のコメントに対して保土田がNGを告げる。同業者批判して、誰が得するの? 由宇子が保土田に反論しようとするのを富山が抑える。結局やり直しの指示が出た。プロデューサーたちが出て行くと、小木が運んできた食事もとらず、由宇子も会議室を後にする。
由宇子が地元の商店街でドーナツを買い込み、父・政志(光石研)の経営する高校生対象の個人塾「木下塾」へ向かう。数学の代講を頼まれたのだ。差し入れのドーナツを喜ぶ生徒たち。父から紹介された、最近入塾したという小畑萌(河合優実)は、1人ノートにマンガを描いていた。由宇子は数学のテストを実施するが、萌が前に座る生徒の答案を盗み見ているのに気付く。由宇子はテストを無効だと宣言して、次回再テストすることを生徒たちに告げる。授業終了後、屋上に佇む萌に由宇子が声をかける。自らもかつて塾生で、カンニングをしたことがあり、それがバレて皆の前で父親にひどく叱られたことを告げた。
長谷部広美の自殺を巡っては、広美が通っていた高校の教員・矢野和之(前原滉)が広美と肉体関係にあったと報じられ、和之の自殺という悲劇の連鎖を生んだ。富山が遺族の支援を行なっている陸奥(木原勝利)と交渉し、和之の母・登志子(丘みつ子)にインタヴューする機会を得た。富山のチームが面会場所に向かうと、衝立で遮蔽され、登志子や付き添いの娘・志帆(和田光沙)の姿は全く見えなかった。登志子も志帆も事件の報道によって日常生活に支障を来していて、取材を警戒していた。富山と陸奥との間で取材形式について行き違いがあったらしい。由宇子は、表情を見て質問できないと登志子が訴えようとしていることも伝えることができないと、現場を立ち去ろうとする。由宇子の言葉に反応した登志子が、顔を写さないという条件でカメラの前に姿を現すことを決意した。だが、由宇子の質問を受けるうち登志子は不調を訴え、インタヴューは中止せざるを得なくなる。

 

ドキュメンタリー・ディレクターの木下由宇子(瀧内公美)は、3年前に起きた当時高校2年生の長谷部広美(永瀬未留)の自殺の真相を追って、広美の父親・仁(松浦祐也)や、広美と肉体関係があったと報じられて自ら命を絶った教員・矢野和之(前原滉)の母・登志子(丘みつ子)などへの取材を続けていた。取材の傍ら、父・政志(光石研)の経営する個人塾で代講を引き受けた際、塾生の小畑萌(河合優実)の抱える問題を知り、対処しようとする。

「由宇子」の名は、「ユースティティア(Jūstitia)の子」から発想されたものだろう。「天秤」は、正義の女神の手にする「正義」の象徴である。
長谷部広美(永瀬未留)の自殺をめぐる加熱報道が、矢野和之(前原滉)の自殺という第2の悲劇を招いた。由宇子は、収録の終了を装いつつカメラを回し続けたり、取材を断念すると告げることで対象者に取材に応じさせたりと、真相追求のために全力を尽す。彼女には他の報道記者などとは異なるという自負がある。だが、客観的には相違は甚だしく曖昧なものとなる。
小畑萌(河合優実)と菓子や粥を食べ、矢野登志子(丘みつ子)とパンを食べ、志帆(和田光沙)・愛里紗(大原結未奈)母娘とオムライスを食べ、というように、食事をともにすることで、由宇子は取材対象者との関係を深めていく。かえって、同僚の富山(川瀬陽太)や池田(木村知貴)、あるいは萌と食事をとることができないということは、関係の破綻の予兆となる。
由宇子の追いかける事件は、他人の問題である。ところが、同種の事件が自らの現実問題として現れるとき、どのように振る舞うべきで、また実際にどのように振る舞うのか。由宇子の仕事(≒パブリック)と家庭(≒プライヴェート)との両面を同時に描くことで、由宇子の葛藤をうまく描き出している。とりわけ後半のサスペンス的なプロットも緊張感を高めた。欲を言えば、監督が編集を他者に委ねることで、より切れ味の良い作品となる可能性があったかもしれない。
瀧内公美が、冷たいのではなくて、情があるけれどもウェットにならない、さばけたドキュメンタリー・ディレクターを好演。テレビ局との仕事をビジネスとして成り立たせようとしつつ、由宇子の狙いも実現しようと奮闘する富山を演じた川瀬陽太も魅力的であった。小畑萌を演じていたのが、映画『サマーフィルムにのって』でビート板を演じた河合優実とは全く気付かず終い。作品によってこんなにも印象が変わるのだと驚嘆。