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芸術鑑賞の備忘録

映画『キャンディマン』

映画『キャンディマン』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアメリカ映画。91分。
監督は、ニア・ダコスタ(Nia DaCosta)。
原作は、クライブ・バーカー(Clive Barker)の短編小説「禁じられた場所(The Forbidden)」及びバーナード・ローズ(Bernard Rose)監督・脚本の映画『キャンディマン(Candyman)』(1992)。
脚本は、ジョーダン・ピール(Jordan Peele)、ウィン・ローゼンフェルド(Win Rosenfeld)、ニア・ダコスタ(Nia DaCosta)。
撮影は、ジョン・ガレセリアン(John Guleserian)。
編集は、カトリン・ヘッドストローム(Catrin Hedström)。
原題は、"Candyman"。

 

1977年。シカゴ。カブリーニ=グリーンの公営団地。ウィリアム・バーク(Rodney L Jones III)が家で1人、警官と黒人の影絵で遊んでいる。洗濯に行くよう頼まれたウィリアムは洗濯籠を抱えて近くの高層団地に歩いて行く。団地の前にはパトカーが停まっていた。最近、子供にカミソリ入りのキャンディを白人の女の子に渡される事件が起きていて、警察が付近を警戒していたのだ。洗濯機に衣類を投げ込んだウィリアムが洗濯室を出ると、銀色の包みのキャンディが床に投げられる。それを拾い上げると、壁に空いた大きな穴から、鉤の右手を持つ男シャーマン・フィールズ(Michael Hargrove)が現れた。男はウィリアムにキャンディを持った左手を差し出したが、ウィリアムは驚き悲鳴を挙げてしまう。付近にいた警察官が悲鳴を聞きつけて殺到し、シャーマン・フィールズを嬲り殺す。
2019年。シカゴ。トロイ・カートライト(Nathan Stewart-Jarrett)は、恋人のグレイディ・グリーンバーグ(Kyle Kaminsky)を伴って、姉ブリアナ・カートライト(Teyonah Parris)の住居に向かった。ブリアナは新進気鋭のアート・ディレクターで、画家のアンソニー・マッコーイ(Yahya Abdul-Mateen II)と同居していた。トロイとグレイディが到着する。グレイディが壁面に飾られたアンソニーの作品に驚嘆する。トロイは、この姉たちの住居が、かつて公営団地を取り壊して建設されたことを指摘すると、部屋を暗くして蝋燭を灯し、3人を前にこの地に纏わる怪談を語り始める。かつてヘレン・ライルという大学院生が「カブリーニ=グリーンの都市伝説」というテーマで論文を執筆しようと、カブリーニ=グリーンの公営団地を取材した。ある日ヘレンは発狂し、犬の首を切断した。監禁場所から逃亡したヘレンは、次々と殺人を犯し、赤ん坊を誘拐すると忽然と姿を消した。毎年恒例の篝火の夜、赤ん坊を抱えて現れたヘレンは、炎に向かって突進。住民に取り押さえられて赤ん坊が救い出されたが、ヘレンは自ら炎の中へと入って死んだ。
アンソニーは、クライヴ・プリヴラー(Brian King)が経営する画廊で開催される、ブリアナのキュレーションによるグループ展に参加することになっていたが、制作に行き詰まっていた。アンソニーのアトリエを訪れたクライヴは、今さら別の作家を参加させることもできないと失意を隠さない。アンソニーは、ブリアナの励ましもあり、トロイの怪談に触発されて、カブリーニ=グリーンで再開発から取り残された地域を取材することにする。興に入って写真を撮影して回っているうち、アンソニーは一匹の蜂に右手を刺される。閉鎖された団地を歩いていると、1人の男に出会う。カブリーニ=グリーン愛着を持って暮らしている、コイン・ランドリーの経営者ウィリアム・バーグ(Colman Domingo)だった。ヘレン・ライルを話題にすると、ウィリアムは「キャンディマン」について語り出した。「キャンディマン」って何だ?

 

鏡に向かって5回「キャンディマン」と唱えると、鉤の右手を持つ男「キャンディマン」が現れ、彼によってその名を唱えた者は殺される。画家のウィリアム・バーク(Rodney L Jones III)は、地元であるカブリーニ=グリーンの都市伝説「キャンディマン」に触発され、クライヴ・プリヴラー(Brian King)のギャラリーで行なわれる、恋人のブリアナ・カートライト(Teyonah Parris)のキュレーションによる展覧会に、《Say My Name》と題したインスタレーションを発表する。オープング・レセプションの行なわれた翌日、ブリアナがギャラリーを訪れると、床に付着した血に気が付く。

殺人鬼「キャンディマン」の都市伝説を巡るスプラッター映画の体裁を取りながら、シカゴのカブリーニ=グリーン公営団地のスラム化とジェントリフィケーション、及びその背景にある黒人差別の歴史とを描く。
背景となっているヘレン・ライルをめぐる物語や、惨殺された黒人の歴史などを、影絵で描き出す演出は、生々しい描写を避けつつも陰惨さを逃すこと無く伝えている。
オープニング・クレジットで制作会社のロゴが左右反転となっている。本編に入る前から鏡(鏡像)が印象づけられる。本編の冒頭は、少年ウィリアム・バーク(Rodney L Jones III)が遊ぶ影絵であり、「影」の物語であることも示される。ウィリアム・バークが「影」の存在へと反転していくことの見事なメタファーとなっている。