映画『徒桜』を鑑賞しての備忘録
2021年製作の日本映画。93分。
監督・脚本・編集は、畑中晋太郎。
撮影は、板垣優天。
春。高校1年生の真理(兒玉遥)は、予備校の友達の明(岡本尚子)と駅で電車を待っていた。明に幼馴染みの一平(中尾拳也)から連絡が入り、花見に誘われる。明の高校の同級生の集まりに参加するのは気が引けたが、是非にと誘われた真理は顔を出す。高台にある公園の桜は満開で、景子(塩田みう)、春(仲美海)、なつみ(藤木さら)が、浩太(永田崇人)を茶化しながら準備をしていた。用意が調い、浩太が皆に求められて挨拶をして、花見がスタートする。真理が幼い頃にフランスに滞在経験があり、片言のフランス語が話せると知って、何か言ってみてと頼まれた真理は、"Je m'appelle Mari Onodera."と自己紹介する。皆の盛り上がる様子を少し遠巻きに眺めていた真理に、一平が頭上に咲き乱れる花を見上げながら静かに声をかける。桜、綺麗じゃない?
夏。高校3年生になった真理、明、一平、浩太が下校している。皆で1年以上前のことにってしまった花見のことを思い返して、春になったらまた花見をしようと約束し合う。一平が最近なつみから告白されたことが話題に上ると、動揺する一平。地元で就職活動をするために実家に帰っている大学生の兄・和(財木琢磨)から連絡が入ったからと言って、一平は引いていた自転車に乗って漕ぎ出す。一平の自転車の荷台に飛び乗った浩太も去って行く。
真理は明の家に遊びに行った。予備校で知り合った真理と明が親しくなったきっかけは、音楽の趣味が合うことだった。ファッションに興味がある明はアパレルショップでアルバイトをしていて、進学せず資金を稼いでフランスでファッションを学ぶことを考えている。真理は留学先と語学学校とのダブルスクールを勧めた。
浩太は、海岸のベンチに、読書をするアサミ(夕帆)の姿を見かける。浩太が3年前に入院したときに知り合い、惹かれていた女性だった。彼女は今、入院していて、外の空気を吸いに出てきたらしい。心臓に問題を抱える浩太は、両親の求めで、病院に検査を受けに行くところだった。アサミは一緒に行くと、浩太に付いてきた。アサミが読んでいるのは、ホラティウスの詩集だった。彼女は、詩の一節にある"Carpe diem"をモットーにしていると、その言葉の意味を浩太に説明した。
高校1年生の春休み、真理(兒玉遥)は、友人・明(岡本尚子)に連れられて参加した花見で、明の幼馴染み・一平(中尾拳也)と知り合い、一目惚れする。花見をきっかけに親しくなった真理、明、一平、、浩太(永田崇人)は、高校3年生の夏休みを迎え、夏祭りに向かった。一平に告白すると心に決めていた真理は、明が一平に恋心を抱いているのではないかと確認する。明はそれをあり得ないと否定して、真理が一平と二人きりになれるようにすると約束する。真理と残された一平は、真理に付き合って欲しいと告げて、2人の交際が始まる。
浩太は、入院していたときに知り合ったアサミ(夕帆)と3年ぶりに偶然再会し、彼女への想いを募らせるが、告白する勇気を持てなかった。大学生の理恵(麻倉もも)から、不安を自信に変えるようにとアドヴァイスされた浩太は、景子(塩田みう)、春(仲美海)、なつみ(藤木さら)の手助けでプレゼントを購入し、アサミ(夕帆)のいる病院へ向かう。
以下、全篇について触れる。
真理(兒玉遥)が、友人・明(岡本尚子)の幼馴染み・一平(中尾拳也)と知り合い、交際するまでが前半。明が一平への恋心を封印して、真理の恋愛を成就させる役回りを引き受けることになる。後半は、一平をある災難が見舞い、真理と明の心が大きく揺れ動く展開となる。風邪気味の明に対する一平の行動をもって転調とする演出が素晴らしい(鑑賞者は一平の行動の意味を事後的にしか理解できないだろう)。
浩太(永田崇人)が一途な想いを寄せるアサミ(夕帆)との関係を描くのが本作品のもう1つの柱となっている。サイド・ストーリーと言えるが、アサミの存在のゆえに、浩太と明との関係の進展しないことになり、それは明の一平への想いを持続させることになる。
景子(塩田みう)、春(仲美海)、なつみ(藤木さら)がショッピング・モールで遭遇した浩太に買い物に来た動機を問い詰めて、想いを寄せるアサミのプレゼントを一子に買いに行くシーンが面白かった。リアリティという意味では、本作で一番出来の良い場面だった。
冒頭で、真理が"Je m'appelle Mari Onodera."とフランス語を口にするシーンがある。しかも念を押すようにもう1回繰り返される。なぜそのシーンを挿入したのか、その時点では不明だが、後半の展開から遡って思い返すと、納得できる。「私は~です」の表現で用いる"s'appeler"は代名動詞の再帰的用法であり、「私は自ら(me)を~と呼ぶ(appelle)」という構造になっている。後半では、真理は一平に対して「私を私の名前で呼んで!(Appelle-moi par mon nom!)」と叫びたくなる展開になる。真理のフランス滞在経験や、明のフランス留学は、このフランス語を挿入するために設定されたのかもしれないと思うほどだ。