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芸術鑑賞の備忘録

映画『アンテベラム』

映画『アンテベラム』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のアメリカ映画。106分。
監督・脚本は、ジェラルド・ブッシュ(Gerard Bush)とクリストファー・レンツ(Christopher Renz)。
撮影は、ペドロ・ルケ(Pedro Luque)。
編集は、ジョン・アクセルラッド(John Axelrad)。
原題は、"Antebellum"。

 

過去は決して死なない。過ぎ去りもしない。――ウィリアム・フォークナー

ルイジアナ州。日の暮れかかった草原を黄色のドレスの白人の少女がスキップしている。途中で花を摘みながら向かうのは、ギリシャ風の柱を持つ白い2階建ての邸宅。赤いドレスの白人女性エリザベス(Jena Malone)が2階から外階段を下ってくる。娘が母親に摘んだばかりの花をプレゼントする。邸宅の脇を5人の兵士が通り過ぎる。通りを黒人の労働者が行き交う。広場には南軍の象徴である「レベル・フラッグ」が掲げられ、巨大なテントが設営されている。馬の背に俯せに乗せられていた黒人女性(Janelle Monáe)が、小屋の裏で引きずり下ろされる。その近くの農道では、首に枷をはめられた黒人男性イーライ(Tongayi Chirisa)が暴れ、軍人に必死の抵抗を試みている。その傍にいた彼の妻である緑衣の黒人女性アマラ(Achok Majak)が逃げ出すが、馬で追いかけてきた2人連れに投げ縄を首にかけられて引き倒される。殺してと訴える彼女に対して心配するなと声をかけたジャスパー大尉(Jack Huston)は拳銃で彼女を撃ち抜く。真っ直ぐに伸びる農道は見通しが良く、妻を殺されたイーライが悲痛な声を挙げる。アマラの遺体は馬によって引き摺られていった。
ログハウスでは、馬の背に乗せられて運ばれてきた女性が将軍(Eric Lange)を前に怯えていた。お前の忠誠心を図りかねるな…。名前は何だ? 繰り返し尋ねても答えようとしない彼女にしびれを切らした将軍は、彼女を殴りつける。それでも名乗ろうとしない彼女を立たせると、台の上に俯せに寝かせ、焼き鏝を彼女の腰に押し当てた。堪らず彼女はイーデンと名乗った。
ジャスパー大尉らが監督する中、イーデンら黒人たちが綿花を摘んでいる。ジャスパーは退屈凌ぎに黒人の歌が聴きたいと要求する。イーデンに話しかけていたイーライは、ジャスパー大尉にライフルで殴りつけられる。勝手に話をするな。次は容赦しない。
黒人女性たちが馬車に乗せられて運びこまれた。馬車から降ろされ整列させられた彼女たちをエリザベスが品定めしている。エリザベスは容姿端麗だと褒めた女性(Kiersey Clemons)にどんな名前がふさわしいか娘に尋ねる。娘はジュリアがいいと言う。ジャスパー大尉は、白人の許可が無い限り口を利いてはならないと彼女たちに厳命し、イーデンに彼女たちの案内を言いつける。
イーデンのログハウスをイーライが訪れ、再度脱出を企てようと訴える。イーデンは発覚を恐れて、イーライを追い払う。再びドアを叩く音がして、イーデンがドアを開けると、ジュリアの姿があった。ジュリアは自分が妊娠していることを打ち明け、脱出の手筈を整えるようイーデンに懇願する。イーデンはジュリアに目立たないようにと注意する。
ジャスパー大尉指揮下の南軍第9歩兵隊が、松明を手に「地と土」を唱えて行進している。兵士たちは祝勝会に向かうのだ。テントに設置されたテーブルには大量の酒と料理が並べられていた。宴席の最中、将軍が姿を見せ、勝利を祝すとともに、訓示を垂れた。諸君は、我々が受け継いできたもの、我々の生き方を維持するための唯一の希望なのだ。今夜だけは自由に振る舞い給え。給仕の黒人女性を自由にして構わないと言われ、パーセル(T.C. Matherne)は内気なダニエル(Robert Aramayo)にジュリアを宛がう。ジャスパー大尉に床の準備をして待機するよう命じられたジュリアの部屋をダニエルが訪ねる。ジュリアはダニエルが他の兵士とは違うと懐柔しようとするが、ダニエルは舐められたと激昂してジュリアを足蹴にしてしまう。
綿摘みの作業に遅れたジュリアに、ジャスパー大尉は今日に限り見逃してやると言い放つ。ジュリアは作業中に流産してしまい、イーデンが処置を手伝う。
将軍がイーデンの中で果てる。イーデンが将軍の隣で眠りにつく。
スマートフォンのアラームが鳴る。ヴェロニカ(Janelle Monáe)がベッドで目を覚ます。広くスタイリッシュな寝室。隣で寝ていた夫のニック(Marque Richardson)が尋ねる。何か悪い夢でも見たのかい?

 

ジャスパー大尉(Jack Huston)が指揮する南軍第9歩兵隊の駐屯地にある綿花プランテーションで奴隷として使役されているイーデン(Janelle Monáe)は、イーライ(Tongayi Chirisa)とともに再度の脱出を企てようとしていた。
著名な社会学者のヴェロニカ(Janelle Monáe)は、本の宣伝のため、愛娘のケネディ(    London Boyce)を夫のニック(Marque Richardson)に任せてルイジアナに飛ぶ。

以下、全篇の内容に触れる。

南北戦争期のアメリカ南部のプランテーションを描いている。そこへ突然、現代のヴェロニカのスタイリッシュなハイソサエティの暮らしが「接続」される。何の脈絡もないように思われる。しかし、ヴェロニカが出張先のホテルで感じる不穏な空気、そこへ本作の冒頭でスキップをしていた少女が姿を現してヴェロニカに「静かに!」と合図を送ってくる。再びプランテーションに舞台切り替わると、突然、アナクロニズムが展開する。その不自然さに違和感を抱いているうち、鑑賞者の頭には、冒頭に掲げられたウィリアム・フォークナーの言葉「過去は決して死なない。過ぎ去りもしない。(The past is never dead. It's not even past.)」が蘇る。そして、イーデンの世界とヴェロニカの世界とは文字通りの「地続き」であったことが判明する。
本作自体はホラー作品とは言えない。むしろ、映画というフィクションが描き出すアナクロニズムが現実社会に存在することをホラーであると訴えているのである。
冒頭、ジャスパー大尉の妻子はそれぞれ赤いドレスと黄色いドレスで登場する。ヴェロニカの登場する冒頭では、やはりヴェロニカとケネディが赤い服と黄色い服とを身につけることで、奴隷制が顛覆されたことを暗示する。