映画『リスペクト』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアメリカ映画。146分。
監督は、リーズル・トミー(Liesl Tommy)。
原案は、カーリー・クーリ(Callie Khouri)とトレイシー・スコット・ウィルソン(Tracey Scott Wilson)。
脚本は、トレイシー・スコット・ウィルソン(Tracey Scott Wilson)。
撮影は、クレイマー・モーゲンサウ(Kramer Morgenthau)。
編集は、アヴリル・ビューケス(Avril Beukes)。
原題は、"Respect"。
1952年。デトロイト。夜、自室のベッドで寝ているアレサ(Skye Dakota Turner)を父のC・L・フランクリン(Forest Whitaker)が起こす。皆がお前の歌を聴きたがっている。アレサは父に連れられて2階の寝室から階下へ。大勢の人が集い、ダイナ・ワシントン(Mary J. Blige)ら歌手の姿も見える。彼女が父のピアノの隣に立つ。彼女はいくつなの? まだ10歳なのに歌声は30代みたいなのよ。アレサの歌唱に来場者は拍手喝采する。
アレサは若い男に明かりを点けていない部屋に連れ込まれる。君の友達になりたいんだ。アレサは不安げに男を見上げる。
キャロリン(Nevaeh Moore)、アーマ(Kennedy Chanel)、シーソウ(Peyton Jackson)が祖母(Kimberly Scott)に髪の毛を整えてもらっている。だが、アレサは、お仕置きされても髪の毛を直してもらうつもりはないという。祖母は頑ななアレサの身に何か起こったことに察知する。
教会では、牧師のC・L・フランクリンが情熱的な説教を行なっている。集まった人々は熱狂し、声を上げたり手を挙げてたりして彼の呼びかけに答える。
リヴィング・ルームで子供たちが祖母とテレビを見ているところへ母バーバラ(Audra McDonald)が訪ねてきた。子供たちは飛び出していって母に抱きつく。父親は玄関からバーバラを見て不機嫌そうな表情を浮かべている。子供たちはバーバラの車で母の住まいに向かう。アレサはピアノで弾き語りをする母の横に座っている。もう1曲歌って! もう3曲歌ったから、お話にしよう。歌って欲しい! だったら歌ってお話しにする? 2人は即興で歌い合う。いい、無理に歌う必要はないのよ。歌いたいときだけ歌って。あなたの声はお父さんのものじゃない。神様のものよ。バーバラは幼いアレサに尊厳の大切さを伝えようとした。次に母と会えるのは3週間後。家に送り届けてくれた母と離れがたいアレサは、車道に出て母の車が見えなくなるまで手を振り続ける。
ある晩、眠れないとアレサが書斎にいる父のもとに行く。2人でレコードを聴いていると、電話が鳴る。バーバラの急死を伝えるものだった。
母の死以後口を開かなくなったアレサ。誕生日を迎え、ケーキを置いたテーブルを囲み、皆が歌ってアレサを祝う。それでもアレサは黙り込んだままだった。不機嫌になった父は、次の礼拝で賛美歌を必ず披露するようアレサに命じる。ジェームズ・クリーヴランド(Tituss Burgess)はそんなアレサを慰めようと、アレサを隣に座らせて一緒にピアノを弾く。
教会でアレサは会衆を前に賛美歌を歌い上げた。
1959年。アレサ(Jennifer Hudson)は2人の息子の世話を祖母に任せ、父と公民権運動の集会を巡り、賛美歌を披露していた。
ソウル・ミュージックを代表する歌手アレサ・フランクリン(Jennifer Hudson)の幼少期から彼女の最大のヒット作であるライヴ・アルバム"Amazing Grace"(1972)を収録した時期までを描く。
以下、全篇について触れる。
アレサはよく覚えていなかったが、母バーバラ(Audra McDonald)はC・L・フランクリン(Forest Whitaker)の暴力に耐えかねて離婚したのだった。アレサは父に従って公民権運動の集会で賛美歌を披露し、父がマネージャーとなってコロンビア・レコードのジョン・ハモンド(Tate Donovan)と契約を交わす。アレサは時に暴力に訴える父に怯え、その意に従っていた。もっとも、アレサのレコードはヒットしない。ダイナ・ワシントン(Mary J. Blige)は、アレサが自分の歌いたいものを歌えず優れた才能を発揮できていないことに憤慨し、アドヴァイスする。その後、テッド・ホワイト(Marlon Wayans)をパートナーとして父から独立することで、アレサは飛躍のきっかけを摑む。ところが今度は、テッドの支配下に置かれることになった。世界的なスターとなったアレサは、テッドから受けた暴力が明るみになったことをきっかけに、テッドと袂を分かつ。精神的に不安定になったアレサはアルコールに依存するが、あるとき、母が夢枕に立ち、アレサは再起を図ることになる。
アレサが幼い時分に受けた性的虐待は冒頭で間接的に描かれているのみであるが、それで十分に伝わった。そのトラウマが、アレサの人生に影を落とし続けたことが描かれている。
アルコールに溺れたアレサが母バーバラを幻視して、ともに"Amazing Grace"を歌うシーン。歌詞がアレサに染み渡っていくのが分かる。このシーンのために作られた映画だと言っていい。わずかな登場時間ながら魅力的な母親像を作り上げたAudra McDonaldが素晴らしい。
作中でのバーバラからアレサへの継承は、映画作品自体を通じてAretha FranklinからJennifer Hudsonへの継承というメタ構造となっている。
"Aretha"の愛称の1つとして"re"は一般的なのだろうか。
ベロベロになったアレサは"I Say A Little Prayer"を歌っている(会場にいた人は当初、ライヴ向けに懲りすぎた節回しと思ったろうか…)最中にステージから転落してしまう。好きな曲なので、きちんとした歌唱シーンでなくて残念!
アレサがまだ売れる前、アトランティック・レコードのジェリー・ウェクスラー(Marc Maron)と契約し、アラバマでリック・ホール(Myk Watford)を始めとする地元のスタジオ・ミュージシャンたちとセッションしながら作曲するシーンが楽しい。
娘を抑圧しつつ愛情を注ぐC・L・フランクリンを演じたForest Whitaker、懐が深いジェリー・ウェクスラー訳のMarc Maronなどが印象に残る。