可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 O JUN個展『ころぶ女』

展覧会『O JUN展「ころぶ女」』を鑑賞しての備忘録
Gallery KIDO Pressにて、2021年10月28日~12月5日。

モノタイプを中心に「ころぶ」をテーマとした10点で構成される、O JUNの個展。

《ころぶ女 1》(375mm×310mm)は、赤い長袖の上着と緑のパンツを身につけた女性がつんのめり、顔から地面に落ちようとする瞬間を真横から捉えたモノタイプ作品。わずかに膝を曲げた左脚と勢いよく後方に上がった右脚とが緑に白の縦縞の入ったパンツに包まれ、ジャージだろうか、赤に白い縦縞の入った服を着た細い上半身は、細く真っ直ぐな胴体と後方に向けられた左腕だけが表されている。ピンク色の横顔には黒い目と赤い口とが簡潔に添えられて、黒い髪が頭部を覆う。さらっと描かれた「素朴」な女性像である。左足の爪先が接触する地面が画面の下3分の1を占めている。アスファルトや緑を映す水たまり、あるいは日光を表すのか、グレーを中心に、オレンジ、赤、緑、水色などの絵具が大胆に地面に配されている。ところで、「ころぶ女性」の背景には何も描かれていない。何も描かれていない支持体としての紙はモティーフを描く「地」であり、無として認識される。だが、1つには紙の性質のため、また1つには横に近い角度から作品に射し込む光のため、紙の繊維の持つ表情がはっきりと浮かび上がる。「地」が本来的に持つ個性に気付かされるのだ。「ころぶ」ことで、顔の位置が90度、もとい120度回転し、上や斜め上から見下ろしていた地面を真正面から捉えることになる。そのとき、地面は壁になり、多様な表情を持つ世界が立ち上がる。
《ころぶ女 1》の向かい側には《ころぶ女 3》(375mm×310mm)が展示されている。《ころぶ女 1》の原版に描画し、もとのイメージを活かしつつ別の作品に仕上げたものだ。うっすらと残るつんのめった女性のイメージに、地面にうつ伏せになった女性の姿が重ねられている。支持体としての地面に全身を押し付ける格好になった「ころぶ女性」とは、モノタイプの原板のメタファーであった。

《決闘 1》(350mm×430mm)は、開けた草地で拳銃を手に撃ち合う決闘の場面を描いた草品。画面下3分の1には草地が広がりる。画面の両端には葉を茂らせた木が1本ずつ立つ。草原の中央には、赤い上着と黒いパンツを身につけ、帽子を被った人物が左手を挙げている。彼を中心にして、右側では、白い服に赤いパンツを穿く人物が拳銃を握る右手を前に真っ直ぐ伸ばし、左側では、白い服に黒いパンツの人物が左手で拳銃を構えている。《決闘 2》(350mm×430mm)は、《決闘 1》の原板をもとに作られた作品で、中央の人物が左手を降ろしている。彼の右側に立っている人物の足元には、彼が地面に突っ伏している。倒れる人物の背中には赤い点が差されていて、胸を撃ち抜かれたことが分かる。さらっとしたタッチで単純に描き出されるモティーフは以外の部分には絵具が乗せらていない。だが紙の繊維による陰影だけの「空白」が、《決闘 1》ではモティーフだけが存在することで決闘だけに視線を集中させて緊張感を生むように機能し、逆に《決闘 2》では決闘の決着が付き一方が斃れ虚無が広がっていく効果を発揮し、というように、正反対の役割を買っている。

《背後で転ぶ男 1》(535mm×430mm)には、頭をやや右に倒して下を見つめる長い赤髪の女性の胸像と、遠く離れた位置にいるのか、背後の緑の線上に、女性の頭部のサイズの3分の1程度の男性が右方向に歩いているのを真横から捉えた姿とが描かれている。それ以外のモティーフは描かれておらず、絵具が乗せられていない。女性と男性とは全く別世界の存在のように――あるいは女性が男性に思いを馳せているように――見ることが可能である。もっとも、女性がピンク色の肌(影は水色で表されている)のみで裸体として描かれているため、遠くを歩く男性の姿を女性が高い建物の窓辺などに立って見下ろしていると解釈することもできる。《背後で転ぶ男 2》(535mm×420mm)は、《背後で転ぶ男 1》の原板をもとに制作された作品で、歩いていた男性の前方に、卒倒したのか仰向けに倒れているのが描き足されている。「天網恢々疎にして漏らさず」あるいは「釈迦の掌」のような教訓と読むことは可能である。もっとも、「世界は奈落ではない。かならず床なり地面がわたしたちを受けとめてくれる、いや、抱きとめてくれる」という作家のコメントからすれば、むしろ釈迦の眼差しの偏在は、救済の可能性のようにポジティヴに捉えられそうだ。画面の「余白」もまた空即是色として浮かび上がる。

ガラス扉に描かれた転落する女性像には、パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)のような手練れの印象を受ける。