可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『パーフェクト・ケア』

映画『パーフェクト・ケア』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のアメリカ映画。118分。
監督・脚本は、J・ブレイクソン(J Blakeson)。
撮影は、ダグ・エメット(Doug Emmett)。
編集は、マーク・エカーズリー(Mark Eckersley)。
原題は、"I Care a Lot"。

 

あなたを見ています。そこに座っていらっしゃる。ご自身を善人と思っていらっしゃる。ところが善人じゃありません。まあ聞いて下さい、善人なんて存在しないということです。私もね、かつてはあなたと同じでした。努力を重ねて正直に生きれば成功と幸せとが訪れるって。そんなの噓です。フェアプレーというのは金持ちが他人を貧困に閉じ込めておくためにでっち上げた戯言に過ぎません。私はずっと貧しかったんです。私には耐えられない。世の中には2種類の人間がいます。奪う者と奪われる者。捕食者と被食者。ライオンと子羊。私、マリア・グレイソンと申します。子羊なんかじゃありません。メスのライオンです。
高級老人ホーム「バークシャーオークス」。個室の薄暗い部屋で椅子に腰掛け窓外の木々をぼんやりと眺める高齢の女性。ナースが薬を運んでくる。テーブルの上には薬瓶や保湿クリームとともに、野球のユニフォームに身を包んだ髭面の男の写真が置かれている。バークシャーオークスの入口に赤い野球帽の男が姿を現す。フェルドストロム(Macon Blair)だ。ガラス扉の前でナースに笑顔を振りまいていた警備員(Danny Schoch)の顔が強張り、受付係(Chris Everett)に目で合図を送る。母親に会わせろ。フェルドストロムが居住スペースへ向かおうとする。警備員が制止して抑え込もうとする。彼は近くにあった消化器を投げる。ウォーター・サーバーが倒れ水がこぼれる。結局フェルドストロムは駆け付けた男性スタッフによって床に倒され羽交い締めにされた。
家庭裁判所の法廷で、フェルドストロムは、母親が無理矢理施設に入れられて自宅を売りに出されたことや、実の息子である自分が母親に会えない不当を訴えている。フェルドストロムの母親の法定後見人であるマーラ・グレイソン(Rosamund Pike)は、フェルドストロムに対して同情を示しつつ、彼が高齢の母親を引き取ろうとしなかったことや、相続財産の減少を嫌がる推定相続人に比して裁判所によって選任された第三者である自分が管財人として適格であることなどを主張する。ロマックス判事(Isiah Whitlock Jr.)はマーラの主張を全面的に認め、フェルドストロムの一時的接近禁止命令の継続を決定する。裁判所を出ると、パートナーのフラン(Eiza González)が車から降りて出迎える。どうだった? 勿論勝ったわ。そこへフェルドストロムが近づいて来てマーラを罵倒する。売女が! お前なんかレイプされて殺されちまえ! 唾を吐きかけられたマーラは一切動じることはない。お前の一物と金玉を切り落としてやるよ。
会社に戻ったマーラは、スタッフのアデレード(Liz Eng)に出廷で拘束された時間を報酬にを算入するよう頼む。5時間を超えたから6時間分で。オフィスに入りコーヒーを入れると、不在中に連絡があったというバークシャーオークスの所長サム・ライス(Damian Young)に電話を入れる。良いニュース、それとも悪いニュース? どっちもだな。アラン・レヴィットが死んだ。まだ若いのに? 69は超えてるけどな。まだ5年は稼がせたもらえたのに…。で、良いニュースって? 彼の部屋が空きになった。ああ、最高級の部屋ね。とっておいて。週2000だ。前は500じゃなかった? 引く手数多なんだ。
マーラはフランとともにカレン・エーモス医師(Alicia Witt)を訪ねる。アラン・レヴィットが死んだ? 新しい顧客が欲しいの。そうね、彼女ならいいかも…。焦らさず教えなさいよ。私も見返りが欲しいの。会社の株を分けてくれない? …いいわ、譲ってあげる。カレンはマーラにファイルを渡す。ジェニファー・ピーターソン。かなり良い家を持ってて、記憶喪失と錯乱の徴候あり。重度の? いいえ。でも緊急指定に持ち込んで連れ出せるわ。子供も夫も生きてる親族はなし。親族なし! 定年までシカゴの金融機関で働いてたの。複写していい? 診断の部分以外ならね。フランは早速資料に基づいてジェニファー・ピーターソン(Dianne Wiest)の内偵を始める。

 

マーラ・グレイソン(Rosamund Pike)は、カレン・エーモス医師(Alicia Witt)に虚偽の診断書を作成させて、法定で本人不在のまま法定後見人に選任されることで、裕福な老人をサム・ライス(Damian Young)の運営する高級老人ホーム「バークシャーオークス」に押し込め、財産管理権を濫用して不当に利益を得ていた。いつもの遣り口でジェニファー・ピーターソン(Dianne Wiest)の法定後見人に就任したマーラは、裁判所の命令書と警察官の存在とを示して、ジェニファーをバークシャーオークスに収容すると、持ち家を売りに出し、家財を競売にかけた。そして、銀行の貸金庫の中に、保険のかけられていない高級ダイヤモンドが大量に仕舞われているのを発見するのだった。

マーラ・グレイソンに、身寄りの無い富裕な患者を紹介するとともに、本人不在のまま法定後見を開始できるよう、虚偽の診断を下す医師カレン・エーモス。法定後見人となったマーラの指示通りに、被後見人を監禁する老人ホームの所長サム・ライス(Damian Young)。冒頭の、ジェニファー・ピーターソン(Dianne Wiest)の「押し込め」をめぐる悪のトロイカの所業を見せつけ、鑑賞者が義憤に駆られるよう仕向ける。そして、身寄りの無いはずのジェニファーの家に、彼女の迎えるタクシーがやって来てから歯車が狂い出す、というサスペンスへ。
成年被後見人の保護を図る制度を濫用し、彼/彼女らの財産を食い物にする「合法的」な悪行を暴き出す。そこに別の悪をぶつけることで、どちらが捕食者になるのかを巡る死闘が繰り広げられる。
フェアプレーは体制維持のために富裕層がでっち上げた戯言だという信念が、マーラ・グレイソンに不屈の魂を与えている。
この作品のRosamund Pikeを見れば、映画『ゴーン・ガール(Gone Girl)』(2014)を思い出さずにはいられない。
Peter Dinklageが顎髭を伸ばして、ディエゴ・ベラスケス(Diego Velázquez)の《道化師セバスチャン・デ・モラ(El bufón don Sebastián de Morra)》に極めて似た風貌で登場した。何か意図があってことなのだろうか。