映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のイギリス・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・アメリカ合作映画。
128分。
監督・脚本は、ジェーン・カンピオン(Jane Campion)。
原作は、トーマス・サヴェージ(Thomas Savage)の小説『パワー・オブ・ザ・ドッグ(The Power of the Dog)』。
撮影は、アリ・ウェグナー(Ari Wegner)。
美術は、グラント・メイジャー(Grant Major)。
衣装は、クリスティ・キャメロン(Kirsty Cameron)。
音楽は、ジョニー・グリーンウッド(Jonny Greenwood)。
編集は、ピーター・シベラス(Peter Sciberras)。
原題は、"The Power of the Dog"。
父が亡くなって、とにかく母の幸せだけ考えた。だって、ろくでもない大人になるだろう? 僕が母を助けなければ。救わなければ。
1925年。モンタナ州。フィル・バーバンク(Benedict Cumberbatch)が牧場での作業を終えて屋敷に戻って来る。家政婦のルイス夫人(Geneviève Lemon)が夕食に致しましょうと声を掛けるが、フィルは断り、階段を上がる。バスタブに浸かっていた弟のジョージ(Jesse Plemons)に問いかける。太っちょ、先代から農場を引き継いで何年になる? 何故聴く? まあ考えてみろよ。ジョージは問いには答えず、家じゃ風呂に入らないのかと兄に尋ねる。入らないな。明日は早くに発つ。牛を駆るんだ。フィルはベッドに横になる。
翌日、バーバンク兄弟とカウボーイたちは馬に乗って、沢山の牛を駆り立てる。倒れた牛を避けさせろ。カウボーイ・ハットに青いシャツのフィルがカウボーイたちに指示を出す。白いシャツに黒のジャケット、中折れ帽のジョージがフィルに尋ねる。どうした? 炭疽だ。触れるなよ。横に並んだフィルが弟に語りかける。25年だよ、牧場を引き継いでから。1900年ぴったりだった。長いな。長すぎるってことはないさ。何するか分かるだろう? 何するんだ? 山で鹿撃ちしてレヴァーを炭火焼きにして頂くのさ。ブロンコ・ヘンリーが教えてくれた通りにな。お前、腹の調子でも悪いのか?
宿泊施設兼レストランの「レッド・ミル」では、ローズ・ゴードン(Kirsten Dunst)が12名の団体を受け容れる準備を始めていた。ローズは息子のピーター(Kodi Smit-McPhee) の部屋に向かった。あなたの部屋が必要なの。ピーターは机に向かってチラシを材料に造花を拵えていた。机の上に開かれたスクラップ・ブックが目に入ったローズは息子に見せてもらう。ピーターが瀟洒な邸宅の写真を示して尋ねる。こんな邸宅はどう? 掃除が大変そうね。母さんが掃除しなくていいんだ、だって清掃する人がいるんだから。ローズは女性の写真を目にして言う。彼女は素敵ね、周りの花も。ピーターは手製の造花を示す。器用なのね、素敵だわ。食卓に飾っていい? 勿論。鶏が3羽必要なんだけど潰してくれる? 分かったよ。小屋に荷物を移してね。床にベッドを作るわ。ピーターは1人高台にある父の墓に向かう。墓石には、「ローズ最愛の夫でピーターの父、ジョーン・ゴードン博士(1880-1921)」と刻まれている。息子は造花を手向けた。
バーバンク兄弟率いるカウボーイたちは鉄道駅の囲いに牛を運び終え、酒場に向かった。商売の女たちが男たちに品を作る。ジョージの姿が無かったが、いつまでも待っている訳にはいかないと、フィルは皆に酒を勧める。飲み始めたところへジョージが現れた。どこにいた? 先に始めたぜ。構わないよ。汽車は明日まで来ないんだ。隣の「レッド・ミル」に夕食の用意ができてる。25年前、お前はどうしてた? 大学も卒業できずにいただろ。みんながお前に救いの手を差し伸べてくれたんだ。なんと言っても、あの人が俺たちに牧場経営の手ほどきしてくれた。だから、うまくいったんだ。ブロンコ・ヘンリーだな。だから俺たち兄弟は「ロムルスとレムス」になれた、「狼」が育ててくれたからな。ブロンコ・ヘンリーに! フィルが杯を掲げると、皆も杯を掲げた。
ローズが先客にピアノを弾くようせがまれているところへバーバンクたちが現れた。こちらでよろしいかしら? ローズが一行を席に案内する。卓上の瓶に飾られた造花にフィルが目を留める。おやおや、これは可愛らしい。いったいどんなお嬢さんが作ったのやら。給仕していたピーターがフィルのもとにやって来る。実は僕です。母が花が好きで、庭の花に似せて作ったんです。それはそれは、これは失礼した。本物に見紛う出来だ。諸君、見給え、ナプキンの使い方がどんなものか。フィルはカウボーイたちにピーターが左腕に掛けていたナプキンを指摘し、カウボーイたちは感心した体で声を上げる。ワインを注ぐときの使い方ですよ。君たち理解したか? ワイン専用だそうだ。男たちは冷やかすような声を上げる。さて、もう料理を持ってきてもらおうか。ピーターが厨房へ向かうと、フィルはブロンコ・ヘンリーはここで食べたことがあるのかと、話題を師の思い出話へと変える。ブロンコ・ヘンリーの超絶的な馬術を語りながら、フィルは造花を1本取ると、蝋燭の火に近づける。燃え出した花に煙草を近づけ火を付けると、煙草を吸い、火の付いた花を瓶の水に漬ける。料理を運ぶピーターも、卓の状況を確認するローズもフィルの仕打ちに気が付くが、淡々と仕事を進めた。賑やかな先客に対してフィルが静かにして頂けないかと大声を上げると、食堂の雰囲気は一変する。厨房ではピーターがフィルから受けた屈辱に耐えきれず、出て行った。食事を終えたカウボーイたちは席を立ち、酒場へ向かう。ジョージは勘定を済ませるからと言って1人居残った。厨房の中からローズが嗚咽する声を聞こえた。厨房のドア越しにジョージが声をかける。ゴードン夫人、勘定を願いたいんだが…。ジョージはドアを開けて、泣いているローズに請求書を送るように頼む。
フィル(Benedict Cumberbatch)とジョージ(Jesse Plemons)のバーバンク兄弟は、モンタナ州にある大きな牧場を先代から受け継いで25年となった。ブロンコ・ヘンリーの教えに従い、彼らの経営は軌道に乗っていた。牛を出荷するために鉄道駅に向かった牧場の一行は、「レッド・ミル」という宿屋兼レストランに滞在した。医者である夫に先立たれたローズ・ゴードン(Kirsten Dunst)が一人で切り盛りする店だった。フィルは女性的なローズの一人息子ピーター(Kodi Smit-McPhee)をからかい、母子のもてなしを台無しにしてしまう。ジョージはローズを慰めようとして恋に落ち、その後足繁く通う。フィルは財産目当てだとジョージに警告するが、ジョージは彼女と結婚することになった。
馬、馬具(ブロンコ・ヘンリーの鞍)、造花、布、ロープ、手袋など触覚に纏わる映像が強調される。そして、バーバンク兄弟には、触れ合う相手(人間)がいないということが浮き彫りになる。結婚したローズからダンスの手解きを受けると、ジョージは思わず涙をこぼす。1人じゃないってなんて素晴らしいんだと(雄大な自然の中に2人だけの美しいシーン!)。だがジョージがローズという伴侶を得たということは、フィルの孤独がより深まるということになる(例えば、1人寝ているフィルに、弟夫婦の閨房から声が漏れ伝わる)。フィルはますます1人の世界に「沼」に沈潜することになる。
フィルが教養ある人間であることが巧みな楽器の演奏、「ロムルスとレムス」などの古典の引用、彼の美しい書字など随所で示される。
ピーターは金子國義の絵から抜け出してきた人物みたいで、牧場でカウボーイ相手に生活しているフィルが一目見てやられるのも頷ける。
ピーターが捕まえたウサギにニンジンをあげたいと、ローラ(Thomasin McKenzie)は頭に手を当てて「ウサギさん」のポーズをとる。可愛い。わずかなセリフも印象に残る。ピーターがローラに対して無関心であることを仄めかす狙いがあるのだろうが、もっとThomasin McKenzieを見たかった。
「わたしの魂をつるぎから、わたしのいのちを犬の力から助け出してください。(Deliver me from the sword, my precious life from the power of the dogs.」(『詩篇』22:20)