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芸術鑑賞の備忘録

映画『明け方の若者たち』

映画『明け方の若者たち』を鑑賞しての備忘録
2021年製作の日本映画。
116分。
監督は、松本花奈
原作は、カツセマサヒコの小説『明け方の若者たち』。
脚本は、小寺和久。
撮影は、月永雄太。
美術は、片平圭衣子。
スタイリストは、森宗大輔。
ヘアメイクは、反町雄一。
音響効果は、廣中桃李。
音楽は、森優太。
編集は、高良真秀。

 

2012年4月。明大前にある沖縄料理店。2階の座敷には、早くも就職先が決まった明正大の学生たちが集まっていた。飲み会を企画した石田(楽駆)が、グラスを手に挨拶している。就職活動を続けている学生たちが大勢いる中、いち早く内定を手にした自分たちは勝ち組です。僕(北村匠海)はその場の雰囲気に馴染めない。どこに決まったんですか? 女子学生(新田さちか)に話しかけられた僕は、大手印刷会社の名を告げる。一緒に仕事をする機会があるかも。彼女は大手広告代理店の内定を得ていて、キラキラした名刺を僕に差し出した。「玉磨かざれば光なし」とある。ごめん、名刺作ってなくて。何だよ、名刺くらい用意しておけよ。話に割り込んできた石田が、広告業界に入った奴を紹介するよと彼女を連れて行った。僕が1人静かに料理を平らげていると、奥に座る美しい女性(黒島結菜)の姿が目に入った。グイッとグラスを空ける姿に見とれていると、彼女は荷物を手に席を立つ。入口傍に座っていた僕の背後で、彼女がガサゴソと何か探している様子。どうしたの? ケータイをなくしたみたい。番号を言うから電話してくれない? 電話をかけると、彼女のバッグの中にケータイは見つかった。賑やかな座敷を離れ、階下のカウンターに向かうと、女将(濱田マリ)が水を出してくれた。今日はいつも以上に賑やかね。うるさくして申し訳ありません。いいのよ、おめでたい席なんだから。階段をふらつきながら下りてきた石田は女将に飲み物を注文すると、僕のグラスを飲んで、みんなと飲めよと言って戻っていった。僕のケータイに着信があった。「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」。ケータイを「なくした」彼女からのテキスト・メッセージだった。僕は、女将に冷やかされながら店を出た。彼女にメッセージを送ると、くじら公園にいるという。夜の公園の滑り台の上に、缶入りのハイボールを手にした彼女の姿があった。滑り台を下りて、飲みかけの缶を僕に差し出した彼女は、白いレジ袋に入ったもう1本を取り出して開けると、乾杯と言って、僕の手にした缶に彼女が手にした缶を打ち付けた。

 

就職活動を終えた大学4年生の「僕」(北村匠海)は、飲み会で知り合った大学院生の「彼女」(黒島結菜)から、2人だけの公園での二次会に誘われる。後日、「彼女」から芝居を見に行こうと誘われた「僕」は、「彼女」との観劇デートに向かい、本格的に交際し始めた。楽しい日々は瞬く間に過ぎ去り、「僕」は印刷会社で、「彼女」はファッション・ブランドで、それぞれ社会人としての新生活をスタートさせる。自分の望んでいた企画の仕事には携われなかったが、彼女や、同期入社の尚人(井上祐貴)と過ごす楽しい時間で、何とか乗り切ることができていた。

ケータイをなくしたり、飲みかけのハイボールを手渡したり、最初からは「僕」はいとも簡単に「彼女」に翻弄されてしまう。「彼女」が相手では、やむを得まい。
最初に2人で迎えた朝は雨で(目覚ましとして流れるのがキリンジの「エイリアンズ」。「禁断の実/ほおばっては」!)、そのシーンから次に切り替わる前に、雨で濡れた地面だけを映すシーンが挿入される。それが心残りを伝える効果を生んでいる。
夜の明大前を見せられると「きーみっという、ひーかっりがあ、あるーのなーらー」が脳内再生される人はどれくらいいるのだろうか(Awesome City Clubの勿忘は『花束みたいな恋をした』の劇中では流れないが)。青春や恋愛と分かちがたく結びついている場所になりつつあるのだろうか、明大前は。
下北沢のヴィレッジヴァンガードで豊満な女性の写真集を手にしている「僕」は、胸が大きい娘がいいんだと「彼女」に揶揄われる。たわいのないシーンだけれども、そのエピソードが描かれているために、終盤での「僕」の「独白」がより浮かび上がることになる。
何故飲み会の席で人目を引く「彼女」が席を立っても誰も反応しないのか、なぜ旅先のベッドで「僕」が泣くのかなどの謎はきちんと解明される。
「僕」の同僚である桐谷(高橋春織)が「彼女」のルックスに似せてあるのも秀逸。本筋から鑑賞者の想像を逞しくさせる。