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芸術鑑賞の備忘録

映画『こんにちは、私のお母さん』

映画『こんにちは、私のお母さん』を鑑賞しての備忘録
2021年製作の中国映画。
128分。
監督は、ジァ・リン(贾玲)。
脚本は、ジァ・リン(贾玲)、スン・ジービン(孙集斌)、ワン・ユー(王宇)、ブー・ユー(卜钰)、リゥ・ホンルー(刘宏禄)。
撮影は、リゥ・イン(刘寅)とスン・ミン(孙明)。
編集は、イェ・シャン(叶翔)。
原題は、"你好,李焕英"。

 

娘は母親の綿入れの上着だってよく言うでしょ。だけど私は差し詰め毛皮のコート。4900グラムあったからね。私って生まれたときから他の子たちとは違ってたの。他の子たちは最初に「パパ」とか「ママ」って言葉を口にするじゃない? 私は「もう一杯」って。まあ子供って親に迷惑をかけるものでしょ。珍しくかけっこで一番になって有頂天になった私は、ズボンをボロボロにして帰宅したっけ。私が成長するのに併せて、裁縫だとか、母のいろいろな腕が磨かれていったの。学校にもよく呼び出されて、母は先生からちゃんと勉強させなさいって説教を受けてたわ。気付くのが遅かったのかも、全ての女が歳を重ねるに連れて美しくなるわけじゃないってこと。初めて母の髪に白いものを見付けたのは高2のとき。そのときも私のせいで母は学校に呼び出されてた。私の中じゃ母は中年のイメージしかない。母は私に言ったものよ。いつになったら自慢の娘になるのかって。
ジァ・シャオリン(贾玲)が演劇教育の最高峰である首都戯劇学院に合格したことを記念してパーティーが開かれている。リー・ホァンイン(刘佳)は娘の合格を皆さんにお知らせできて嬉しいと同じ卓を囲む面々に告げている。シャオリンは遂に母の自慢の娘になったのだ。父ジァ・ウェンティン(賈文田)も興奮している。だが実は合格証書は偽造されたものだった。母親が証書に手を触れると、院長のサインが滲んでしまう。首都戯劇学院は何通合格証書を発行しているのかしら? 偽造がばれたかと焦るシャオリン。…何百通かは…。院長自ら一通ずつ院長がサインしてるってことね。何とか場が収まり胸をなで下ろすシャオリン。そこへワン・チン(王琳)が姿を現す。ホァンインはすぐさまワン・チンのもとに駆け付ける。来てくれるなんて思わなかったわ。当然じゃない。シャオリンは母の親友であるバオ・ユゥメイ(丁嘉丽)が母とともにワン・チンにもとに挨拶に行かないのを訝しむ。なぜ挨拶しないの? あなたの母親も私も彼女のことは気に入らないの。シェン・グァンリンが夫ということだけが取り柄の女よ。見てご覧、わざわざペットボトルを取り出して茶を飲むのは金の腕時計を見せびらかすためよ。ワン・チンはホァンインの隣に座る。いい雰囲気ね。昔を思い出すわ。家にみんながやって来てテレビを見たものよね。シャオリンは知らないでしょうけど。皆が勤めていた「勝利化工」で主任だったシー・チーカイ(李一峰)が、労働者の中じゃ、あなたの家族がいち早くテレビを手に入れたんだったな、羨ましかったと応じる。主任の企画した女子バレーボール大会こそ一大イベントでしたわ。本当に素晴らしかった。あなたが褒めてるのは私かね、それとも自分かね。勝ったのはあなただったじゃないか。ユゥメイがシャオリンに小声で話しかける。私たちが女子バレーに出てたら、ワン・チンは勝てなかったわ。私の母が勝ったらどうなってた? そりゃ人生がまるで違ってたわよ。明日スーパーに立ち寄ってくれたら全部話してあげるわ。ワン・チンはシャオリンを話題にする。名門に入ったから卒業したら女優ね。優れた監督と少々の運があれば成功間違いないわ。絶対にね。ホァンインはご満悦。ところであなたの娘さんはアメリカで何を勉強してるんだっけ? 映画よ。ホァンインの表情が凍り付く。UCLATFTで。卒業したら? 映画を撮影するのよ。帰国して仕事を探すのは大変じゃない? 卒業しても向こうにいるから。でも言葉の問題があるんじゃない? 娘は英語が得意よ。稼げるの? 月8万元。そんなにどこで稼ぐっていうの? ハリウッドよ。ホァンインとワン・チンの鍔迫り合いはワン・チンの勝利に終わる。そこでユゥメイが赤い封筒を取り出してシャオリンにお祝いだと渡す。ホァンインがもう戴いたからと断ると、これはあなたにじゃなくて娘さんの分とシャオリンに封筒を握らせる。ホァンインがシャオリンに返させる。ユゥメイが椅子に掛けていたシャオリンのバッグに封筒を入れると、バッグをめぐってホァンインとユゥメイが悶着を起こし、バッグから謝って赤い表紙の証書が取り出された。それはシャオリンが実際に受け取った首都戯劇学院の社会人教育課程の入学許可証だった。衝撃の事実が明るみに出る中、司会が登壇して優れた教育を施したリー・ホァンインを紹介し、ステージに招く。
ホァンインが自転車を押して歩く後ろをシャオリンがとぼとぼと付いていく。私が間違ってた。母さんを喜ばせたかっただけなの。自分が負け犬だって分かってるわ。ホァンインが立ち止り、振り返る。誰がお前のことを負け犬だって言ったの? だけど、きっといつか成功する。絶対よ。母は娘を自転車の荷台に乗せて走り出す。私が成功したら何が欲しい? どれくらい成功するかによるわ。月8万元? 駄目、彼女より多く! じゃあ月9万元。金のネックレスが買えるね。それにこのオンボロの自転車を処分して、車を買ってあげる。車は息が詰まるわ。あの車なんかどう? 息苦しいならオープン・カーに変えるから。それならいいわ。母娘の乗った自転車は交差点でトラックと衝突して潰れ、二人は道路に投げ出された。
病院の廊下では、ジァ・ウェンティンが妻の容態について医師から今夜が峠だと説明されている。シャオリンはベッドの傍に座って昏睡状態の母親を見つめている。これからって時に私を置いていかないで。これでお別れになんてことになったら一生悔やんでも悔やみきれないよ。自慢の娘に一度もなれないままで、一体どうしたらいいの。シャオリンはベッドに突っ伏す。
シャオリンが目覚めると病室には誰もいない。母さん! 廊下から聞こえるテレビの音声に導かれるように、シャオリンは病室を出る。母を探しているうちに、ナース・ステーションにあったテレビに流れる古い映像に目を奪われる。気が付くと、シャオリンは空から落下していた。

 

ジァ・シャオリン(贾玲)が、交通事故に遭い危篤に陥った母親のリー・ホァンイン(刘佳)の傍らで、母の自慢の娘になれなかったことを悔いながら眠りに落ちる。すると、自分が生まれる前の1981年にタイムスリップして、両親の勤務先である「勝利化工」に落下して、結婚前のリー・ホァンイン(张小斐)に出逢う。バオ・ユゥメイ(丁嘉丽)から聞いていた、参加していれば母の人生がまるで変わっていたはずの職場のバレーボール大会に母を参加させるため、シャオリンはホァンインの従姉妹リー・ルーインとして母に近付く。だがホァンインの行く手にはワン・チン(韩云云)が立ちはだかるのだった。

シャオリンはテレビのモノクロームの映像を見ているうち、その画面の中に入り込む。タイムスリップして1981年の街に落下すると、モノクロームだった世界に、彼女の周りに色が着く。シャオリンが病院に担がれて運ばれていくうち、人々の生活が次々と色付いていく。シャオリンが母親の若かりし頃について実感を伴って知っていくことを表現している。このシーンにオープニング・クレジットが重ねられている。
ジァ・シャオリンが繕われたズボンの事実に気が付いて、鑑賞者もまたその事態が飲み込めると、若きリー・ホァンインが、落下したジァ・シャオリンの下敷きになったこと、見ず知らずの彼女を簡単に受け容れたことなど、次々と腑に落ちていくことになる。
映画『フォレスト・ガンプ/一期一会(Forrest Gump)』(1994)を思わせるシーンが挿入されている。確かに、歴史的な出来事に入り込むという点で、同作に類似する。
この物語に心を動かされない人がいるなら、その人こそ孝行娘ないし孝行息子であり、それは喜ぶべきことだ。残念ながら、大いに心を揺さぶられてしまった。
物語終了後の説明も胸に迫るものがある。コメディじゃないのかと。否、コメディなのだけど。