映画『コーダ あいのうた』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアメリカ・フランス・カナダ合作映画。
112分。
監督・脚本は、シアン・ヘダー。
原作は、エリック・ラルティゴ(Éric Lartigau)監督、ビクトリア・ベドス(Victoria Bedos)、トーマス・ビデガン(Thomas Bidegain)、スタニスラス・カレ・ド・マルベルグ(Stanislas Carré de Malberg)、エリック・ラルティゴ(Éric Lartigau)脚本のフランス映画『エール!(La Famille Bélier)』。
撮影は、パウラ・ウイドブロPaula Huidobro。
美術は、ダイアン・リーダーマン(Diane Lederman)。
衣装は、ブレンダ・アバンダンドロ(Brenda Abbandandolo)。
音楽は、マリウス・デ・ブリーズ(Marius de Vries)。
編集は、ジェロード・ブリッソン(Geraud Brisson)。
原題は、"CODA"。
マサチューセッツ州グロスター。沖合に停泊中の漁船が底引き網を巻き上げている。ルビー・ロッシ(Emilia Jones)は、父フランク・ロッシ(Troy Kotsur)の兄レオ・ロッシ(Daniel Durant)とともに網にかかったカレイやエビなどを仕分け、すぐさま氷で締める。甲板を洗いながら船は帰港する。卸売業者のトニー・サルガド(John Fiore)がルビーを見かけるなり氷の代金を支払えと請求してくる。漁師のブレイディ(Kevin Chapman)がルビーに声をかける。まだ漁場かと思ったら今日はもう仕舞いかい? ふざけた漁獲枠があるからね。漁獲枠なんてクソ喰らえだ。トニー、彼女のコダラにいくら出す? 2.5だよ、気前がいいからな。2.5? 競りでもやってるつもり? まあ、落ち着いて、サインしてくれよ。ルビーは差し出された帳面にサインするとトニーに投げ返す。“何て奴なの。” ルビーが兄に手話で伝える。“言ってるだろ、俺たちで売ろうぜ。” 試した連中は皆失敗したとフランクはレオを制する。“だから愚痴ってばっかなんだ。” ルビーが2人に行かなきゃと伝えると、父は“病院に行くのを忘れるなよ。”と娘に念を押す。ルビーはレオと手話で罵り合うと立ち去る。ルビーはサドルに跨がると、イヤフォンをして自転車を漕ぎ出す。
サイモン先生(Courtland Jones)の教室。権利章典は人々の連邦政府からの自由を保障し、修正13条、14条、15条は州政府からの自由を保障し…。残念ながら、転た寝の権利を保障するための修正はありませんでしたよ。ルビーは先生に起こされる。ちょうどチャイムが鳴る。もう一度読みましょう。明日はここから再開します。今日はお仕舞い。ロッカーで親友のジャーティ(Amy Forsyth)がルビーに話しかける。何だと思う? 何が? ヤッたの。「小っちゃなお手々」君と。何で? 分かんない。好奇心には勝てなかったんだ。それに全然違ってた。あんな赤ちゃんみたいな手してるのにね…。ジャーティーは30センチほどの大きさをジェスチャーで示す。本当? 綽名を変えないとね。
オードラ(Molly Beth Thomas)が取り巻きを引き連れて2人の傍を通り過ぎる。魚臭くない? オードラの言葉に取り巻きも笑う。ジャーティーはムカついているが、ルビーは揶揄われたことより、オードラたちと話しているマイルズ(Ferdia Walsh-Peelo)から目を離せなかった。
ルビーはジャーティーとともにカフェテリアで選択科目の登録のための列に並んでいた。できる限り負担が無いのを見付けなきゃ。映画クラブみたいに「荷物降ろしてハッパ」みたいな。ジャーティーのアドヴァイスは、マイルズをチラチラと見ているルビーの耳には届かない。マイルズが合唱に登録するのを聞きつけたルビーは、自らも合唱を申し出る。合唱って、ハイなの? いつも歌ってるよ。あんたさ、ここじゃもう十分生きづらい状況でしょうよ…。ビートボックスとかカップ・クラッピングとか始めたら絶交だかんね!
ロッシの一家は、ルビー(Emilia Jones)を除いて、父のフランク(Troy Kotsur)、母のジャッキー(Marlee Matlin)、兄のレオ(Daniel Durant)が聾啞だ。ルビーは毎朝、兄とともに父の漁船に乗り込み、底引き網漁をしてから高校に通っている。ルビーは家族経営の漁業の重要な労働力であるだけでなく、通訳として不可欠なのだ。密かに憧れているマイルズ(Ferdia Walsh-Peelo)が合唱を選択科目に選んだのを知って、ルビーも思わず合唱に登録してしまう。ルビーは歌をずっと愛好してきてはいたものの、人前で歌ったことは無かった。聾啞の一家に育ったルビーの話し方がおかしいと笑われた経験が尾を引いていたのだ。合唱を担当するベルナルド・ヴィジャロボス先生(Eugenio Derbez)から声種を確かめるため一人ずつ歌うよう言われたが、ルビーは歌えずに逃げ出してしまう。
聾啞一家の中でルビーだけが聴覚を持っている。ルビーの世界を表現するために彼女を中心としたシーンでは音楽(歌声)が鳴り響く一方、家族の会話(手話)のシーンでは自然音だけにして手の動きが生む音とわずかに漏れる口からの音とが聞こえてくる。
合唱の発表会で、ルビーとマイルズによるデュエットが披露される。歌が盛り上がる場面で音が消える。フランク、ジャッキー、レオの味わう世界を鑑賞者に鮮やかに体感させる手際が見事である。
ロッシ一家の会話がスラングに溢れていたり、フランク、ジャッキー、ジャーティーがセックスに開放的であるなど、カラッとした語り口でありながら、家族間を初めとした愛情がしっかりと描かれている。音楽(歌)と相俟って、魅力的な作品に仕上がっている。