可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『さがす』

映画『さがす』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本映画。
123分。
監督は、片山慎三。
脚本は、片山慎三、小寺和久、高田亮
撮影は、池田直矢。
録音は、秋元大輔。
装飾は、松塚隆史。
衣装は、百井豊。
音響効果は、井上奈津子。
音楽は、高位妃楊子。
編集は、片岡葉寿紀。

 

古い民家の庭先。一人の男が佇んでいる。手にした金槌を振り下ろす。金槌は空を切る。男は向きを変えると、再び金槌を振り下ろす。
大阪・西成。中学校の制服を着た少女が夜の街を全速力で走っている。大通りで青信号を待つのももどかしく、原田楓(伊東蒼)が駆け込んだのは、スーパーマーケット。棚に商品を補充する店員に尋ねてすぐさまバックヤードへ。店長と警察官とに囲まれて楓の父・原田智(佐藤二朗)が座っていた。テーブルにはインスタント食品が載っている。楓が店員に頭を下げる。20円足りなかったからって言ってるんだけどね。それで済んだら警察はいらないよね。語気は強くないものの、店員の憤りが伝わる。まあ金額が大きくないから示談で収めることも不可能ではないでしょう。警官が引き取る。ケチ臭い。ぼそっと智が呟く。事を荒立てないように楓が慌てて父親を叱る。
道路脇に座り込んで智がクチャクチャと食事をとっている。クチャクチャ五月蠅い。顎が壊れてるんじゃないの。顎は壊れない。外れるもんだ。なんか今日、機嫌悪いな。そりゃそうでしょ。娘は缶を蹴飛ばす。楓は父を急かして家へ向かう。今日、電車で見たんだよ、「名無し」を。誰? 指名手配犯だよ。ニュースでやってる、東京で沢山人殺した。大阪にいるわけないでしょ。逃げてきたんだよ。マスク外して爪噛んでた。スナックや小料理屋が軒を連ねる小さな通りを抜け、自転車の入れなそうな狭い路地に入り、帰宅する。鍋からつまみ食いした智がクチャクチャ言わせている。口を尖らせて娘とにらめっこになる。堪えきれず笑う楓。勝った。何の勝負? 風呂に入ってジャージに着替えた楓が父親の部屋を覗く。テレビが付いていて、智は椅子に座って毛布を被っていた。寝ないの? 目を閉じると悪いものが浮かんでくる。悪いものって、母さんのこと? 母さんの思い出は良いものしか無い。
翌朝、楓が目を覚ます。父の部屋に向かうと、窓は開いていて、椅子の上に毛布がきちんと畳まれて置かれていた。父の姿は無かった。
楓が教室のベランダで一人焼きそばパンを食べていると、花山豊(石井正太朗)がひょっこり顔を出す。今日は弁当作って来なかったんだ。時間が無かったの。豊は楓に気になっている人はいるか聞く。いないという楓に自分のことをどう思うか尋ねる。タイミングが悪いと楓は教室の自分の机に向かう。楓と豊に興味津々のクラスメイトたち。豊が俺は本気だと言って楓の後を追うと、教室は色めき立つ。カバンを手に取り教室を出て行く楓を豊が追いかける。
労働福祉センターに向かった楓は窓口で父親が向かった現場を尋ねる。お嬢ちゃんが行くような場所じゃないと職員に回答を拒まれるが、近くで揉め事があってその職員が離れた隙に、父親の書類を盗み撮りする。豊がそれはマズいだろうと言うのを気に留めず、楓は父の現場に向かう。
トラックが出入りし、廃品などが積み上がる作業現場。入口附近の外国人労働者に原田智が何処にいるか尋ねる。繰り返し尋ねられて、やむを得ず男が楓たちを案内した。ところが「原田智」は、眼鏡をかけた若い男(清水尋也)だった。声をかけられた男はマスクを外すと爪を噛んだ。人違いでした。楓たちは踵を返す。

 

原田楓(伊東蒼)の父・原田智(佐藤二朗)が姿を消した。智が万引きをしたとスーパーマーケットに楓が呼び出された翌朝のことだった。楓は父の日雇いの現場に向かうが、そこには父親と同姓同名の若い男(清水尋也)がいた。楓は通っている中学校の担任・蔵島みどり(松岡依都美)とともに警察署に向かうが、事件性がないとして捜索してもらうことはできなかった。蔵島先生と楓に恋する同級生・花山豊(石井正太朗)の協力を得て父親の情報を得ようとビラを配っていると、楓の電話に捜さないようにとの智からのメッセージが入った。打ちひしがれる楓。倉島先生は楓に児童養護施設を紹介した。楓は、父親が失踪前夜に、東京で8人を殺して指名手配を受けている「名無し」を見たと話していたのを思い出す。現場にいた「原田智」には、父が目撃した「名無し」同様、爪を噛む癖があった。指名手配犯・山内照巳の写真に眼鏡を書き加えると、「原田智」と瓜二つだった。

父親の失踪事件と、それとは何の脈絡も無いと思われる連続殺人犯の逃亡劇との繋がりが、楓、智、山内のそれぞれの視点から、徐々に明らかにされていくサスペンス作品。座間9人殺害事件、愛媛受刑者脱獄事件などをモティーフに、安楽死、空き家、障碍者、雇用などの問題を織り込んで描いている。野球の上手い人の投げるボールのように、落ちると思うところからさらにぐんと伸びていく展開で飽きさせない。
とりわけ原田智については、情愛溢れる愛妻家の側面が描かれることで、好悪の判断を簡単には付けられない人物として造形されている。主要キャラクターに与えられる多面的性格は、脇役による紋切り型の判断によってより鮮明になる。
死をめぐる「真意」はどこに存在するのか。実際に死が間近に迫るとき、それを望む者はいるのか。同意殺人の「同意」とは何か。「死にたい」は「生きたい」の裏返しなのか。
父娘による「やり取り」を描くラスト・シーンも印象深い。卓球において、相手が打ち返せない玉を打つと、それは得点になる。だがラリーは終わる。人と人とのやり取り、あるいは人生は、勝負なのか。何の勝負やねん? いつまでも続く、卓球のラリーのように、人生は続く(Life goes on.)。弛まず答えを探し続ける。それが作品の発するメッセージだろう。タイトルの「さがす」の「す」のロゴ・デザインに「引き延ばし」が表わされている。
大阪を舞台にしていることもあろうが、滑稽な風味付けがエンターテインメントの枠内に留まるのに大きく効果を上げている。それをコミカルと表現するべきか判断に迷うが、例えば、山内の性的興奮をもたらすポイントも端から見れば滑稽だろう。
佐藤二朗、伊東蒼、清水尋也、森田望智を初めとするキャストが素晴らしい。