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芸術鑑賞の備忘録

映画『前科者』

映画『前科者』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本映画。
133分。
監督・脚本・編集は、岸善幸。
原作は、香川まさひと原作、月島冬二作画の漫画『前科者』。
撮影は、夏海光造。
美術は、林チナ。
衣装は、宮本まさ江、村田野恵、加藤愛美。
音楽は、岩代太郎

 

穏やかな海に向かって、砂浜に自転車で乗り入れる学ラン姿の中学生(森海哉)。重いペダルをぎこちなく踏んでふらふらと進んでいる。彼の後をやはり自転車に乗ったセーラー服の少女(田畑志真)が負う。男の子がバランスを崩し、自転車ごと倒れる。少女が仰向けで寝ている少年のもとへ駆け寄ると、唇を微かに重ねる。
保護司の阿川佳代(有村架純)が保護観察中の村上の住まいに向かう。無断欠勤したのだ。呼び鈴を鳴らしても反応が無い。阿川が外から様子を窺い、本人の在宅を確認する。仕事に行くようドアの外から声をかける。諦めず声をかけ続ける阿川に辟易した女性が、職場の人間関係が最悪だから行かないとごねる。人間関係を理由に3つ目の職場じゃないですか。コンビニ勤めのあんたに何が分かる。コンビニ勤めで何が悪い。阿川は傘で窓ガラスを叩き割ると、仮釈放の取消で更生のチャンスを棒に振らないよう訴え、村上を翻意させる。
阿川は自転車で職場であるコンビニエンスストア「モンマート」に急ぐ。店長の松山友樹(宇野祥平)は遅れたことを咎めるが、保護司の仕事だということは汲んでくれている。派手な出で立ちの女性が来店し、阿川に父親のツケだと20万円の領収書を示して支払いを求める。不審に思った阿川が「父親」の特徴を挙げると、女性は頷く。詐欺で保護観察中の男(正名僕蔵)だ。阿川は、彼のもとに出向くと、ママが死んだ女房に似ていたと噓をつく男に、分割で毎月支払うよう言い含める。
阿川が自動車修理工場に立ち寄る。工藤誠(森田剛)が自動車の下に潜って、黙々と作業をしている。社長は阿川にコーヒーを勧める。口下手だから恋人はおろか友人もいないだろうね。だが手先は器用だし真面目だから最後の弟子にとろうかな。社長が保護観察が明けたら工藤を社員に採用することを約束してくれた。阿川は自分のことのように喜び、工藤が阿川のもとを訪れた日のことを思い返した。

 

保護司の阿川佳代(有村架純)は、工藤誠(森田剛)と、保護観察期間が明けたら、彼のお気に入りのラーメン店でお祝いをしようと約束した。工藤は職場の先輩を刺し殺し服役したが、仮釈放中の態度は良好で、勤務先の社長からは社員に採用するとの意向を示されていた。阿川たちが暮らす地域の交番で、警察官が20~30歳代と見られる男に銃を奪われた上、腹部を撃たれ重傷を負う事件が発生。続いて繁華街で区役所の福祉課の職員が盗まれた銃で撃ち殺された。さらに河川敷で児童養護施設のスタッフの銃殺遺体が発見された。阿川との面接に、工藤は姿を現わさなかった。

工藤誠が仮出所して、1人黙々と牛丼を掻き込むシーンがいい。そして、工藤が保護司の阿川佳代の自宅に赴くと、思いがけず、彼女は食事を用意してくれていた。それは今食べたばかりの牛丼であったが、工藤は静かに食べ始める。娑婆に出ても誰も自分を待っていないことを受け容れていた工藤は、阿川が自分を待っていてくれたこと、のみならず食事を用意し、一緒に食べてくれることにどれだけ喜びを感じただろうか。食べるシーンが多い本作の中でも、冒頭の牛丼2杯は印象的である。
映画『護られなかった者たちへ』(2021)にも通じる、作品の発するメッセージには共感できるが、ストーリーや設定にはかなりあらが目立った。それはリアリティよりも漫画的な誇張表現を優先した結果と捉えるべきなのだろうか。どうしても納得できなかったのは、阿川と工藤との公園での面接のシーン。工藤は職場の先輩の暴力で左耳を傷めて補聴器をしているにも拘わらず、工藤が阿川の右側に並んで座るのだ。阿川を大切に思うなら、工藤は阿川の左側に座って彼女の話に耳を傾けるのではなかろうか。もっとも、有村架純の存在によって全ては許されるのだ。
鑑賞中、阿川を救う「男前」のキャラクター、斉藤みどりを演じている女優が(どこかで見たことがあると思いながら)誰だか分からず、クロージング・クレジットで石橋静河だと知って驚いた。天海祐希松たか子のような、出演作に必ず結果を残す女優の道を着実に歩んでいるようだ。
身長をめぐる「トリック・アート」的演出の過剰が気になる。