可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『世界のブックデザイン 2020-21』

展覧会『世界のブックデザイン 2020-21』を鑑賞しての備忘録
印刷博物館 P&Pギャラリーにて、2021年12月18日~2022年4月10日。

スイスの最も美しい本2020コンクール(Die Schönsten Schweizer Bücher des Jahres 2020)、ドイツの最も美しい本2021コンクール(Die Schönsten Deutschen Bücher 2021)、最も美しい本2020コンクール(2020年度最美的书)、第54回造本装幀コンクール、オランダ最もすばらしい本2020コンクール(De Best Verzorgde Boeken 2020)、そして、世界で最も美しい本2021コンクール(Best Book Design from All Over the World 2021)の受賞作品を紹介する展覧会。

世界で最も美しい本2021コンクールで銀賞を獲得した、崔晔の《说舞留痕―山东“非遗”舞蹈口述史》は、無形文化遺産になっている舞踊「山東ヤンコー(秧歌)」を紹介する本。水平方向に入れられた溝で覆われたボール紙の表紙にはタイトルと上昇する渦の模様が銀色で表わされている。落ち着いた表紙に比して、様々な色の紙を用いた頁が鮮やかである。そして、最大の特色は、頁に挟まれた色取り取りの薄布で、ページを捲ると、舞踏家の動きに合わせて翻る衣装のように、ふわっと浮き上がる。舞踊を目の当たりにするような希有な読書体験を味わえる。

陈明明の《尧臣壶:吕尧臣紫砂艺术》は、吕尧臣の紫砂の茶壷を紹介する本。本のカヴァーや頁の色味やサイズが、紹介される茶壷の姿形を彷彿とさせて、恰も実際に愛玩するような感覚を呼び起こす。

Maurice BogaertのThe Walter Benjamin and Albert S. Projectは、ナチスの建築家アルベルト・シュペーアの未来構想と、ユダヤ人哲学者ヴァルター・ベンヤミンの幼少時代との記憶とを組み合わせたもの。黒い紙に銀色で表わされた文字と写真とは、モノクロームの映画のよう。途中に挿入される黒い絵具で塗り潰された白い頁の印象も鮮烈。

Robin WaartのEvol/Loveは、黒い正方形に表わされたピンク色の"Evol"が目を引く。映画のシーンを字幕も含めてネガで修正した作品。意図的ではないにせよ、本を読むうちに本の中にいる感覚を得るとの評が紹介されていたが、なるほど、読者は、銀幕の中から、すなわち映画の中からの視点を獲得できる。

Alexander KloseとBenjamin SteiningerのErdöl: Ein Atlas der Petromoderneは、黒い地に黄色い文字の表紙も目を引くが、この本を最も魅力的にしているのは、小口の余白に置かれたサムネイルのような写真である。写真の脇には参照すべき頁が記され、視認性の高いクロス・リファレンスを提供している。

優れたデザインの書籍を実際に手に取って閲覧できる貴重な機会。新型コロナウィルス感染症が流行するため、残念ながら、ゴム手袋を着けることが要求される。(布手袋ではなく)ゴム手袋越しに頁を繰るのは不思議な感覚だ。たまたま会場に展示されているDeborah LevyのThe Cost of Livingには、"A book should be beatiful to look at, a delight to touch, and enthralling to read."とあったが、"a delight to touch"は大いに損なわれざるを得ない。ゴムを外して生で味わいたい衝動に駆られずにいられない。