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芸術鑑賞の備忘録

映画『シラノ』

映画『シラノ』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のイギリス・アメリカ合作映画。
124分。
監督は、ジョー・ライト(Joe Wright)。
原作は、エドモン・ロスタン(Edmond Rostand)の戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック(Cyrano de Bergerac)』に基づく、エリカ・シュミット(Erica Schmidt)のミュージカル『シラノ(Cyrano)』。
脚本は、エリカ・シュミット(Erica Schmidt)。
撮影は、シーマス・マッガーベイ(Seamus McGarvey)。
美術は、サラ・グリーンウッド(Sarah Greenwood)。
衣装は、マッシモ・カンティーニ・パリーニ(Massimo Cantini Parrini)。
作詞は、マット・バーニンガーとカーリン・ベッセル。
音楽は、ブライス・デスナー(Bryce Dessner)とアーロン・デスナー(Aaron Dessner)。
編集は、バレリオ・ボネッリ(Valerio Bonelli)。
原題は、"Cyrano"。

 

17世紀頃のフランスの王都。
操り人形が懸かるワードローブの中をロクサーヌ(Haley Bennett)が覗いている。空腹だわ。淑女は決して不平を口にしないものですよ。お付きのマリー(Monica Dolan)が窘める。ドレスじゃお腹の足しにならないもの。公爵はパンを贈ったらいいのに。公爵はあなたとの結婚を望んでおられますよ。助けてもらうつもりなんてないわ。困っていないもの。手許不如意なんですよ。あなたの人生は、この国同様、戦いの最中にあるんです。ロクサーヌは続く言葉が分かっていて、「誰もが折り合いを付けなくてはなりません」とマリーより先に口にする。ド・ギーシュ公を愛していないもの。ロクサーヌは緑色のドレスを選ぶ。公爵の贈って下さったドレスを身につけなさい。いやよ。赤は下品で卑猥な感じが漂うわ。ドレスを着たロクサーヌの足にマリーが靴を履かせる。公爵を愛していないなら、なぜ劇場への招待をお受けになったんです? 観劇する余裕はなくても芝居は見たいからよ。マリーが窓外に到着した馬車を認める。公爵がいらっしゃってます! 決して失礼のないように。失礼なことなんてしないわ。謎めいた距離感をとって、小粋に遅れてやるの。私の靴はどこ? あなたが公爵を怒らせたら私達はお仕舞いです。靴はどこなの? 公爵と結婚なさればあなたは裕福になりますよ。私にはあなたを何としても安穏無事に暮らさせなくてはならないんです。籠の中にいて安穏なんてありえないわ。残された道は賢明な結婚しかありません。誰とも結婚するつもりなんてないの。独り身は侘しいですよ。あなたにとって愛は何の意味もないって言うの? マリーが横たわったロクサーヌの足に靴を履かせる。愛が輝くのは1,2年です。長続きは妥協と犠牲の産物です。子供は愛が必要ですが、大人はお金が必要なんです。マリーが建物を駆け下りていく。家主がマリーに家賃の支払いが2ヶ月も滞っていると訴える。マリーは必ず支払うと請け負うと、ロクサーヌを伴い、公爵の待つ馬車へと急ぐ。
馬車の中で、ド・ギーシュ公(Ben Mendelsohn)がロクサーヌの姿を見つめる。素晴らしく魅力的だがな、臙脂の絹のドレスを纏ったお前を見たかった。あのドレスを身につけることは出来なかったのです。できないだと? 合わせる靴を持っていないのです。道を外れた靴の不在を正さねばなるまい。公爵の従者ヴァルヴェール(Joshua James)にロクサーヌが話しかける。公爵はドレスをあなたに贈るべきだったわ。試したんだけど、胸のあたりが緩すぎたの。公爵とヴァルヴェールが笑うので、ロクサーヌも無理に笑顔を作る。馬車は劇場に向かって走っていく。ロクサーヌが流れる風景を眺めていると、市井の地味ながら活気ある人々の中に、愛し合う恋人たちの姿が浮かび上がる。
都会の雑踏の中にクリスチャン(Kelvin Harrison Jr.)が姿を現わす。ラグノー(Peter Wight)のパン屋を覗き、パンを買う余裕があるか小銭を確かめる。そのとき背後を馬車が通り過ぎる。店の窓に映ったロクサーヌが目に入ったクリスチャンは、振り返って馬車のロクサーヌを見つめる。彼は馬車の後を追う。馬車は古い大きな劇場の前に停まり、公爵がロクサーヌが降車するのに手を貸す。クリスチャンは隣にいた男に尋ねる。あれは誰だ? ド・ギーシュ公爵だよ。王の次に偉い。淑女は? ロクサーヌさ。
ド・ギーシュ公とロクサーヌが劇場に入るのを見たクリスチャンは、自らも劇場の入口に向かう。木戸銭を求められたクリスチャンは手持ちの金を全て使い果たして入場する。劇場内には着飾った紳士貴顕から地味な身なりの庶民まで人々でごった返し、中には、少年に掏摸を唆す老女の姿もある。ロクサーヌを捜していたクリスチャンは、舞台上手脇にあるボックス席に着席したロクサーヌの姿を認めた。クリスチャンが熱い眼差しを送ると、ロクサーヌも彼に気が付き、その水際立った容姿に心を奪われる。そのときクリスチャンの背後で少年がナイフを閃かす。ロクサーヌが掏摸だと叫び、クリスチャンは少年を捕まえようと慌てて走り出す。観客が芝居を始めるよう声を上げる。羊の扮装をした役者たちが舞台に飛び出して駆け回る。そこへ満を持して看板俳優のモンフルリ(Mark Benton)が登場する。大音声で得意気に台詞を吐く。幸せなのは宮廷や社会から遠く離れ、交わりを避けて自ら孤独の内に沈潜する者。望ましくも柔らかな風が吹き付けると…。モンフルリ、何をしているんだ! 突然客席の後方から大声がする。先週の公演後、手紙を出したろう、引退するように! その声の主はシラノ(Peter Dinklage)だった。

 

両親を失ったロクサーヌ(Haley Bennett)は、王に次ぐ地位にあるド・ギーシュ公爵(Ben Mendelsohn)から求愛されているが、生活のために愛のない結婚をすることは受け容れがたいと考えていた。ある日、公爵とともに向かった劇場で、眉目秀麗な若者クリスチャン(Kelvin Harrison Jr.)を偶然目にして恋に落ちる。彼が同郷の幼馴染みであるシラノ(Peter Dinklage)の部隊に所属すると知ったロクサーヌは、密かにシラノを呼び、クリスチャンへの恋を手助けするよう求める。優れた詩才と諧謔精神、武勇にも秀でているが、醜悪な容姿に引け目を感じるシラノは、ロクサーヌに対して密かに抱き続けてきた思いを明かすことなく、彼女の恋の成就に一肌脱ぐことを約束する。シラノがロクサーヌへの思いの丈を綴った手紙をクリスチャンに渡してロクサーヌに届けさせると、情熱的で美しい詩文に彼女のクリスチャンへの恋心はますます燃え上がるのだった。

エドモン・ロスタン(Edmond Rostand)の戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック(Cyrano de Bergerac)』を翻案した、エリカ・シュミット(Erica Schmidt)のミュージカル『シラノ(Cyrano)』の映画化。言葉が溢れる世界を、音楽とダンス・衣装・美術などの視覚表現によって描き出している。
シラノ・ド・ベルジュラック』では、シラノの醜悪さを巨大な鼻に置いているのを、本作では、Peter Dinklageの低身長に置き換えている。その結果、舞台でのヴァルヴェール(Joshua James)との果たし合いや、ド・ギーシュ公爵(Ben Mendelsohn)の放った刺客との死闘などで体格差が生む不利な条件が鮮明になり、シラノの困難を克服する肉体的・精神的強さが視覚的に伝わりやすくなった。
クリスチャン(Kelvin Harrison Jr.)をシラノのアヴァターと捉えれば、ネットを介した恋愛とその顚末と解釈することもできる。
映画『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!(Edmond)』(2018)は戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック(Cyrano de Bergerac)』を創作するエドモン・ロスタンを描いたコメディ。『シラノ・ド・ベルジュラック』の創作と作家の人生とが交錯するように描かれており、作品の概要も摑める。
Peter Dinklageの出演作として映画『パーフェクト・ケア(I Care a Lot)』(2020)を薦めたい。