可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『愛なのに』

映画『愛なのに』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本映画。
107分。
監督・編集は、城定秀夫。
脚本は、今泉力哉と城定秀夫。
撮影は、渡邊雅紀。
照明は、小川大介。
録音は、松島匡。
美術は、禪洲幸久。
スタイリストは、小宮山芽以。
ヘアメイクは、唐澤知子。
音楽は、林魏堂。

 

東京の郊外にある古書店。奥のカウンターでは、ストーブが焚かれ、厚手のセーターで手まで覆った店主の多田浩司(瀬戸康史)が、函入りのハードカバーを読み耽っている。高校の制服の上にキャメルのコートを着た少女(河合優実)が、棚の陰から多田を盗み見ている。別の棚に移っても、多田は少女に全く気付いていない様子。彼女は多田の正面の通路に回り、棚から文庫本を抜き出す。多田が彼女に気が付く。彼女は本を手にしたまま出口の方に後ずさり、一気に駆け出す。待って! 慌てて多田も立ち上がり、彼女の後を追う。懸命に走るが、多田は途中で息が上がってしまう。すると少女は何故か立ち止り、自動販売機で水のペットボトルを購入すると、多田に差し出す。
多田の書店のカウンター。少女が紙に名前を書いている。電場番号は必要ないかと尋ねるので、多田は必要ないと答える。少女は矢野岬と名乗った。岬は多田に気付いて欲しくて本を持ったまま店を飛び出したと言う。夢野久作の『少女地獄』を選んだのは、多田が丁度読んでいた作品だったからだ。彼女は以前から多田に恋心を抱いていて、多田がどんな本を読んでいるか確認して同じ作品を読んできたという。好きです、結婚して下さい。女子高校生からの突然の結婚の申し出にどう対応していいか分からない多田。僕は30を過ぎて、もう31になる。私が若いから駄目なんですか? 結婚なら16歳からできます。でもいろいろ問題があるでしょ、「そういうこと」は犯罪にだってなるかもしれない。「そういうこと」はなくていいんです。ご飯を食べたり、映画を見たり、お互いにいろんなことを話し合ったりしたいんです。今日はもう帰っていいよ。その本は君にあげるよ、水ももらったことだし。岬は喜んで店を後にする。
カウンターで多田がレイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』を読んでいると、夏服姿の岬がやって来て、手紙を差し出される。あの日以来、岬は時折店に現れては結婚を申し込む手紙を多田に渡していた。岬のプロポーズを拒否する理由として多田が挙げるのは、かつて告白して断られた女性への断ち切れない想いだ。岬が諦めた方がいいと言うと、それなら君も諦めた方がいいじゃないかと多田が説く。自分は諦めず何度でも告白しているけれど、多田は違うと岬は鋭い指摘をする。彼女は、店を閉めた後の多田がどんな生活をしているのか想像しているという。
多田はシャッターを下ろすと、食材を買い、台所に立ち、一人食事をとった。夕食を終えたところで、久々にかつてアルバイトしていたビデオ店の同僚・広重(毎熊克哉)から電話があり、多田が告白して振られた相手である一花が結婚するという話を聞く。
一花(さとうほなみ)は夫となる亮介(中島歩)とともにウェディングドレスの試着に訪れていた。別のドレスも試してみたいとウェディング・プランナーの美樹(向里祐香)に尋ねる。遠慮無く希望をおっしゃって下さいと美樹が引き受ける。
ホテルの1室。亮介は美樹とベッドをともにしていた。

 

31歳の古書店店主・多田浩司(瀬戸康史)は、ある日万引きをして逃走した高校生の矢野岬(河合優実)から、結婚して欲しいと告白される。多田は断るが、岬は時折店を訪れては結婚を申し込む手紙を多田に手渡すようになった。ある晩、かつてのアルバイト仲間の1人・広重(毎熊克哉)から、一花(さとうほなみ)が結婚すると知らされる。多田はかつてふられた一花への想いが燻ったままだった。来店した岬が同級生(丈太郎)から告白されたという。多田が岬に幸せになって欲しいと口走ると、恋する相手からそんなことを言われたら立つ瀬が無いと岬に非難される。

多田に恋心を抱く岬が万引きをきっかけに多田と会話する機会を作り、思いの丈を打ち明ける。岬がこの後、不定期に多田の前に現れては結婚を申し込む手紙を渡すようになるのは、断る理由として年齢を持ち出した点にある。障害が年齢なら、時の経過により障害が除去される可能性がある、すなわち脈があると踏んだからだ。実際、岬の手紙は、ボディ・ブローのように多田の築いた「常識」の壁を徐々に崩していくことになるだろう。岬が同級生の正雄(丈太郎)から告白されたと多田に報告したとき、多田は岬への想いを募らせている。だからこそ岬に幸せになって欲しいと口にしたのだ。岬は、恋心を抱く相手から別の人との幸せを望まれるなんてどうしていいか分からないと多田を非難するが、すぐさま告白されたことの報告は多田の気を惹く手段であったことを白状する。
多田と岬との関係が「愛なのにセックスがない」のと対照的に、多田と一花との関係は「愛なのに(?)セックスしかない」。なぜなら、一花にとって、結婚式を控えたパートナーの亮介とは、彼が(美樹曰く、一緒にいて楽しいが)群を抜いて下手なセックスしかできないため、「愛なのにセックスがない」のとニアリー・イコールの関係を結ぶことになるからだ。一花は彼女の「御心のままに」(神父の言葉を自分の利益・関心に引き付けて解釈して)、亮介との「愛-セックス」の関係を補うべく「+セックス」として多田を求めることができる。それに対し、多田は、岬との関係で(少なくとも当面は)維持されるべき「愛なのにセックスがない」との関係を一花によって埋め合わせることは虚しいと感じる。「愛なのに」一花のように他人の性器を文字通り「代入」する「合理的」算段は無意味なのだ。
亮介は、結婚を間近に控えて、一花がイライラしていることを理由に、美樹との関係に走る。一花のイライラの原因が自己にあることに気が付かない、その鈍感さないし共感力の欠如が、彼のセックスに表れる(無論、美樹に指摘されるまで「下手」であることに気が付かない)。
2022年4月1日から婚姻年齢は男女ともに18歳となる。