可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『林檎とポラロイド』

映画『林檎とポラロイド』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のギリシャポーランドスロベニア合作映画。
90分。
監督は、クリストス・ニク(Χρήστος Νίκου)。
脚本は、クリストス・ニク(Χρήστος Νίκου)とスタブロス・ラプティス(Σταύρος Ράπτης)。
撮影は、バルトシュ・シュフィニャルスキ(Μπαρτόζ Σβινιάρσκι)。
編集は、ヨルゴス・ザフィリス(Γιώργος Ζαφείρης)。
音楽は、ザ・ボーイ(The Boy)。
原題は、"Μήλα"。

 

朝。誰もいない寝室。一定間隔で鈍い音が響く。リヴィングでは男(Άρης Σερβετάλης)が頭を壁に打ち付けていた。散らかったテーブルを前に、男がカウチに腰を下ろしている。ラジオから流れる音楽が途切れたところで、神経病院の記憶障害部門からのお知らせが流れる。「新しい自分」プログラムは、健忘症の方が新しい生活を送る手助けをします。新たに2つの病院でプログラムに参加できます。男は部屋を出る。階段を降りてアパルトマンの出口で犬に出くわす。マロウ! 男は犬に声をかけ、寄って来た犬を撫でてやる。犬は男に懐いているが、すぐに飼い主が現れる。男が街を歩いていると、狭い通りで車が数珠つなぎになっていた。先頭の車両の先では道端に男性が座っていた。後続車の女性が車を降りて、座り込む男性に車を動かすよう声をかけた。私の車じゃない。今、この車から降りたじゃありませんか。私が? ここで待ってて。女性は電話で救急車を呼んだ。男は花屋に立ち寄り、地味な花束を買い求めると、再び通りを歩いて行く。
夜。バスが終点に到着する。運転手が運転席を離れると、座席に男の姿があった。終点だよ。どこで降りるつもりだったんだ? 覚えてない。どこへ行きたかったんだ? どこへ…。名前は? 思い出せるか? 男に反応がないので、運転手は救急車を呼ぶ。
男は救急車で救急隊員から所持品について問われる。1つ目のポケットからは小銭が出てくる。別のポケットからは財布が出てきたが、身元を確認できる持ち物は無かった。身元不明者として搬送された病院で、男には「14842」という番号が割り振られ、識別のために写真を撮影された。
男が入院して1週間が経った。同室の年配の患者(Κώστας Λάσκος)と男がベッドで食事をとりながら話している。記憶喪失はどのように起こりました? 覚えとらんよ。気付いたら、サッカー・スタジアムで、ゴールに熱狂する観客の中だ。どうやって辿り着いたか覚えとらんのだ。ポケットには観戦チケットしか入ってなくてな。お前さんは? 覚えていません。バスに座っていたんです。痛みはありましたか? 突然鋭い痛みが頭頂部にな。男は話しながらリンゴをナイフで器用に切って口に運んでいる。このリンゴは美味しいです。わしのもどうだ。年配の患者が男にリンゴを投げて寄越す。リンゴは食べないんですか? 好きかどうかも覚えとらん。
男が寝ているベッドに3人の医師が回診に来た。何の徴候もありませんね。突然の発症という点で他の患者と異なるところはありません。彼の症例は明白なようですね。これまでのところ彼を捜す者はいません。身元不明です。男が目を覚ます。気分はいかがです? 頭頂部が痛みます。何でもありません、傷みはすぐに消えますよ。あなたに状況をお伝えしたい。まずは心配無用と言わせて下さい。予備検診に基づいた最初の診断結果は、健忘症です。分かります。心配なさらない下さい。あなただけじゃない。症例は劇的に増加しています。どうして私は発症したのでしょう? 最近、記憶喪失は何の前兆も無く発症します。ここには長く滞在することになりますか? まだ分かりません。残念ながらあなたの症状の治療法が存在しないのです。記憶を取り戻した患者はいません。患者を落胆させるべきではないと思う仕上げたはずですよ。そうでした、すいません。滞在中、あなたの親族があなたを捜すかもしれませんし、あなたは帰宅するかもしれません。私たちは鎮静剤を注射して、記憶回復テストを実施します。
男は、雑多な物を記憶して箱に入れられた状態で中身を当てたり、クリスマス・ソングバレエ音楽を聞いて関連するイラストと組み合わせたりといった記憶回復テストを受けるが、結果は惨憺たるものだった。同室の男性は親戚によって連れ帰られた。
男が中庭で昼食のリンゴを囓っていると、女性の担当医(Άννα Καλαϊτζίδου)が現れて声をかける。これまであなたの面会には誰も訪れていません。まだ時間がかかるかもしれません。忘れられているのかもしれません。もしそうなら、あなたはここに長期間滞在しなければなりません。かといって何者か分からない状況で1人で生活することは困難です。旅行はできませんし、職に就きたくても雇う者が現れるとも思えません。分かります。もっとも、他のことならできます。どういうことですか? 新しい人生なら始められるということです。生き方を学ぶプログラムがあります。記憶は戻らないでしょう。私たちに治療法はありません。それなら新たな生活を始めて経験や記憶を新たに獲得する手助けをしたいと考えています。「新しい自分」と名付けられたプログラムです。「新しい自分」? そうです。それを受けないと、ここに長い間滞在しなければなりません。医師の部屋に立ち寄ってくれれば皆と話し合いができます。何時ですか? なぜです? 何かしなければならないことがあるのですか? いえ、ありません。

 

男(Άρης Σερβετάλης)は、記憶を失ってバスで身動きできなくなった。近時症例が増加している急性の健忘症を発症したのだった。男には身分証がなく、彼を引取に来る者もいなかった。記憶の回復が困難と判断した女性の担当医(Κώστας Ξυκομηνός)は、「新しい自分」プログラムに男を参加させることにした。そのプログラムは、住居と生活費を提供して一人暮らしをさせるとともに、課題に定期的にチャレンジさせることで、新たな人生をスタートさせる、健忘症患者の社会復帰計画である。男は指示通り、郵送されるカセット・テープに吹き込まれた課題に淡々と取り組み、その成果をインスタント・カメラで撮影していった。

男は突然に記憶を喪失する。原因は不明。治療法もない。同様の症例が増加する中、健忘症の身元不明者に対して「新しい自分」プログラムが提供され、一人暮らしを行ないながら課題をこなすことで社会復帰が目論まれている。課題はカセット・テープに吹き込まれた形で与えられる。自転車でウィリーに挑戦する、仮装パーティーに参加する、ホラー映画を鑑賞する、などである。そして、課題をこなした際にはインスタント・カメラで写真を撮ることが求められている。
男はリンゴをナイフで器用にカットして食べる。あるいは、男はマロウと呼ぶ犬には反応する。触覚や味覚に結びついた記憶は残りやすいのだろうか。「新しい自分」プログラムの課題は音声で指示され、それはカセット・テープという物に吹き込まれている。また、課題を終えた際にはインスタント・カメラで写真に残すことが求められている。物が重要視されている。
宇宙飛行士(のコスチューム)、ホラー映画、水泳の飛び込み、セックス、自動車事故は、いずれも境界を越えて新たな世界(異界、非日常など)へ踏み出すことを象徴する。
リンゴを囓ることは楽園からの追放を意味するのか。