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芸術鑑賞の備忘録

映画『パリ13区』

映画『パリ13区』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のフランス映画。
105分。
監督は、ジャック・オーディアール(Jacques Audiard)。
原作は、アドリアン・トミヌ(Adrian Tomine)の漫画『Les Intrus』。
脚本は、ジャック・オーディアール(Jacques Audiard)、セリーヌ・シアマ(Céline Sciamma)、レア・ミシウス(Léa Mysius)。
撮影は、ポール・ギヨーム(Paul Guilhaume)。
美術は、ミラ・プレリ(Mila Preli)。
衣装は、ヴィルジニー・モンテル(Virginie Montel)。
編集は、ジュリエット・ウェルフリング(Juliette Welfling)。
音楽は、ローヌ(Rone)。
原題は、"Les Olympiades"。

 

夜。パリ13区にあるレ・ゾランピアードの集合住宅の1室。エミリー(Lucie Zhang)は服を着ないままソファでマイクを握り歌っている。冷蔵庫の前にいるカミーユ(Makita Samba)もやはり服を着ないままだ。ヨーグルトは? いらない。それより水、頂戴。カミーユがエミリーのところへ来る。顧客に何を売ってる? 電話と利用プラン。腐るほどね、どうでもいいやつを。きちんとしてるのか? 会社が? ちゃんと販売員をやってるのかってこと。私からは逃れられないでしょ。本当か? 信じないわけ? エミリーがコールセンターの仕事を再現してみせる。こんにちわ。本日はあなたの無制限のデータプランについての確認でお電話を差し上げました。厳密に申しあげますと、無制限ではないんです。海外から奥様に電話をかけられますと高額の料金が発生します。あるいは、電話でおかしなネコの動画を長時間探すような場合ですね。契約書の下に小さな文字で記載されているオプション契約についてお忘れになっているだけということもございます。
【始まりはこんなふうに】
エミリーが電話会社のコールセンターに出社する。立ち並ぶデスクとその上のモニター。大勢のスタッフがマイクに向かって顧客相手に電話している。エミリーが自分のデスクで仕事を始める。エミリーが印刷した資料を手にマイクに向かって話している。旦那さんが自然がお好きなら、狩猟や釣りもきっと楽しむはずですよね。お子さんは? 素晴らしい。基本プランで様々な映画が提供されます。サスペンス、古典的な作品、あらゆるジャンルのものを少しずつです。後悔されたくはないですよね。それは旦那さんも同じでしょう。でしたら月額24ユーロ90セントのプランですね。それでは素敵な夜を! デスクに置いたスマートフォンの画面には、食品用ラップフィルムを利用した痩身術の動画が流れている。
仕事を終えたエミリーが雑貨店に立ち寄り買い物をしていると電話が鳴る。エミリーが中国語で電話に出る。ママ、何? 一週間も電話しないじゃない。3日だよ。お祖母ちゃんの見舞いに行かないと駄目でしょ。調子が良くないんだから、あなたが必要なの。分かった、行くよ、できる限り早く。ロンドンはどう? 問題ないわ。双子の姉は沢山仕事があるし、父さんは疲れてるし、妹は…。あ、エレベーターに乗ったから、切れるよ…。エミリーは電波が届かなくなったフリをして電話を切る。
エミリーが部屋で腹に食品用ラップフィルムを捲いていると、呼び鈴が鳴る。応対に出ると、見知らぬ男が立っていた。こんばんわ。はい? ルームシェアの広告で。はい? エミリーだよね? そうだけど。タイミングが悪かったかな? 悪いけど、間違いじゃない? 何で? カミーユって人が連絡してきたんで。僕がカミーユだよ。女の子がいいんだけど。そうは書いてなかったよね。そう読めるでしょ。僕はフェルナン・レジェ高校で教えるから、この場所は願ってもないロケーションなんだよ。エミリーの知り合いの女性3人組が通りかかる。カミーユを見てエミリーを冷やかす。彼とするの? かっこいいし背が高いしね。またね! 3人組が立ち去ると、エミリーがカミーユを室内に招く。どう教師に? 修士か博士をとれば。それは分かってるけど、何故教師になったかってこと。希望してなのか流れでなのか。希望したんだ。博士をとるために休職中だけどね。君は何をしてるの? コールセンターのオペレーター。大学は行ってない? シアンスポ(パリ政治学院)。シアンスポ出でコールセンターだって。面白い人だね。親は全く面白がってないけどね。質問していい? ルームメイトとしての質問? セックスはどうしてるの? 仕事のストレスを激しいセックスで解消してる。格好いい。ルームメイトには迷惑かけないよ、約束する。君はどうなの? 初めにセックスありきね。中国の諺があって、大雑把に言うと、靴が無いって怒ってたけど、足がない人に会ったら気が軽くなったっていう。中国ははっきりしてるよね。場合によるかな。からかってる? 違うけど、何で? でたらめ言ってるんじゃないかって。違うよ、絶対。それじゃ、金曜日に。エミリーはカミーユを送り出す。エレベーターを待つカミーユ。エミリーは部屋のドアでカミーユに熱い眼差しを送り、カミーユはそれに応えて部屋に戻ってくる。2人は抱き合いソファに、倒れ込む。エミリーを脱がせると、身体にラップフィルムが捲かれている。これは何なの? 減量で捲いてるの。日本式? 取るね。いや、このままで。興奮する。

 

電話会社のコールセンターに勤務するエミリー(Lucie Zhang)は、入院中の祖母(Xing Xing Cheng)が所有するパリ13区にあるレ・ゾランピアードの集合住宅の1室に住んでいる。ルームシェアの相手を募集したところ、博士号取得のため休職中の教師カミーユ(Makita Samba)が応募してきた。エミリーは彼をルームメイトとして受け容れるとともに彼とセックスする。彼に執着するようになったエミリーは、ある晩カミーユのベッドから追い出されてしまう。翌朝エミリーがカミーユを詰ると、カミーユからルームシェアはするが性交渉はしないことにしようと約束させられる。カミーユがステファニー(Oceane Cairaty)を部屋に招くと告げられた晩、エミリーはパーティーに出かけてドラッグで気を紛らわせるが、帰宅して2人の行為する声に曝されると、パニック発作を起こす。エミリーが真夜中に医師の姉(Geneviève Doang)に電話すると、安定剤を服用して寝ろと叱られる。エミリーはカミーユが出かけた後、部屋に残ったステファニーに嫌がらせをしてしまう。それを知ったカミーユは、これ以上一緒には暮らせないとエミリーの部屋を出て行くことにする。

奔放なエミリーは、ルームシェアに応じたカミーユに惚れる。彼に対する執着が、エミリーを彼から引き離すことになり、その寂しさを紛らわせるために、エミリーは出会い系のアプリを使って男性を求める。
エミリーはパリ政治学院を出ているエリートだが、パーソナリティ障害のために社会にうまく適応できない。その上、母親(ロンドン在住)に、医師である優秀な双子の姉と比較され、ますます精神的に追い込まれている。認知症を患っている祖母の面倒を押し付けられていることも負担に感じている。そんなエミリーにとってカミーユは命綱のような存在なのだろうが、それはカミーユにとって重荷と感じられてしまう。
33歳のノラ(Noémie Merlant)は大学に復学するが、年齢差のある学生たちにうまく溶け込めない。イメージチェンジを図ってパーティーに出かけたところ、アンバー・スウィート(Jehnny Beth)というカムガールの女性と見間違われる。ノラがアンバー・スウィートであるとの噂が学内に瞬く間に広まり、ノラは大学に通えなくなる。ノラはアンバー・スウィート本人とのチャットを試みることにする。
ノラがアンバー・スウィートとヴィデオ・チャットで交友を重ね、遂に実際に会うと、ノラが卒倒する。その卒倒は、ドッペルゲンガーを本人が見ると死ぬという特性を踏まえた演出であり、ノラとアンバー・スウィートとが一心同体であることを印象付ける。
モノクロームの映像が美しい。