可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ベルイマン島にて』

映画『ベルイマン島にて』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のフランス・ベルギー・ドイツ・スウェーデン合作映画。
113分。
監督・脚本は、ミア・ハンセン=ラブ(Mia Hansen-Løve)。
撮影は、ドニ・ルノワール(Denis Lenoir)。
美術は、ミヒケル・ヴォルヘルィ(Mikael Varhelyi)。
衣装は、ジュディット・ドゥ・リュズ(Judith de Luze)。
編集は、マリオン・モニエ(Marion Monnier)。
原題は、"Bergman Island"。

 

飛行機が雲を抜けて降下し始める。客席では、気分が悪くなったクリス・サンダース(Vicky Krieps)が隣に座る夫トニー・サンダース(Tim Roth)にもたれかかる。これが最後ね、飛行機に乗るの。私たちが死んだらジューン(Grace Delrue)は孤児よ。あの子なら大丈夫。
飛行機がスウェーデンゴットランド島にあるヴィスビュー空港に着陸する。2人はレンタカーに乗り込む。運転席のトニーが目的地を設定し、音声案内が始まる。1時間48分で目的地に到着します。200メートル先、スカルフォークスゲーテンを左方向です。運転中、トニーが電話で打ち合わせをする。ロケ地の追加はない。カジノは最初から予定にあった。いや、実は2個所を1個所に絞ったんだ…。心理描写が不足って言うなら簡単さ。適当な人物を見付けてお任せするよ。もう1ヶ月延期したいって言うんだろう、だから理解する時間はある。撮影が押したらキャストの半分はいなくなるのは分かっているんだよね。車はゴットランド島の北西端の町フォーレスンドに入り、フォーレ島行きのフェリーに乗り込む。クリスが海を眺めるために自動車を降りると、トニーもフェリーの尖端の柵にいる妻のもとへ向かう。空港にサングラスを忘れたみたい。トニーが自分のかけていたサングラスを妻に渡す。ありがとう。
フォーレ島では妻が運転を代わる。100メートル先、目的地です。彼女に違いない。助手席のトニーが声をあげる。2人が車を降りると、女性(Anki Larsson)が近付いてくる。迷いませんでしたね。GPSのおかげです。良かったわ、尋ねたところで分からなかったでしょうから。フォーレベルイマンとの間には秘密協定があるんです。滞在施設の管理人であるアセが2人を連れて案内する。向こうの建物にはベルイマンの私的な映写室があって、ベルイマン週間には35mmフィルムを見ることができます。自転車は自由に使って下さい。ロータースにあるベルイマンの旧居を訪ねたければ、自転車で10分ほどです。3人は住宅に入る。こちらが居間です。このテレビは古いですが映ります。これはケビ・ラレテイのピアノです。ベルイマンの4番目の妻で、素晴らしいピアニストでした。ご覧の通り、創作の場として非の打ち所がありません。極めて簡素な住宅ですから住みやすいんです。寝室は2階です。大きい方の寝室は、何百万もの人々を離婚させた『ある結婚の風景』で使われました。そうそう、ゴミについてお伝えしておかなくてはなりませんでした。スウェーデンはリサイクルに真剣に取り組んでいますから。
アセが案内を終えて立ち去ると、トニーが窓際のデスクを眺める。君がここを気に入ってるなら僕は他の場所で構わないよ。クリス? クリスの姿がない。トニーがクリスを呼ぶが反応がない。トニーが建物を出て大声でクリスを呼ぶと、少し離れた場所に立つ風車の窓からクリスがトニーを呼んだ。トニーが風車に向かう。窓際に置かれた机を前にクリスがここを仕事場にするとトニーに告げる。お互いに手を振ることができるでしょ。それにしても良すぎるんじゃないかしら。何が? 美しさが。全てが落ち着き払って完成されているの。窮屈さを感じてしまうの。いや、落ち着くよ。ええ、でも分からないのよ、ここで執筆して、どうしたら敗北感を味わわないでいられるのか。机に向かうのさえ恐ろしいわ。それなら表に出て書けばいい。沢山の人が仕事でここを訪れるんだ、学生、作家、デザイナー。ここで求められるキャラクターを演じる必要はないさ。まあ、それは神に感謝ね。あなた、何百万もの人々を離婚させた『ある結婚の風景』の寝室で寝ることになるって分かってるのよね。分かってるさ。他の寝室で寝る必要があるんじゃない? 別々のベッドで? そうね。
2人はレストランに出かけ、ベルイマン財団の代表のヘッダ(Kerstin Brunnberg)、ビエリット(Melinda Kinnaman)、スティグ(Stig Björkman)と会う。5人はテラスのテーブルでワインを傾けながら、席に案内されるのを待っている。ベルイマンは遺産をお金で分けた方が楽だろうと言っていました。9人の子供がいましたから。9人! 6人の女性のお子さんたちです。持ち物を赤の他人に売却されてしまうことは苦にしなかったんですか? 彼は感傷的ではありませんでした。今を生きる人でした。彼は神を信じていましたか? 信仰について語ったことは? 彼は常々死とは光の消失だと言っていました。それがイングリッドの死で変りました。ベルイマンは何より幽霊を信じていました。離島で1人暮らしていましたからね。彼はイングリッドを住居の中に感じていたんです。彼は彼女がそこにいると言っていました。彼女の存在を確信していました。バーの脇にあるテーブルが空いたと店員に案内され、5人は店内に移動する。お子さんたちとの関係はどうだったんですか? 若い頃はあまり目にかけていませんでした。家庭的な人では無かったのです。長年、娘の1人は彼が父親であることさえ知りませんでした。彼の60歳の誕生日に家族が集まる機会がありました。イングリッドが全員を招待するように説得したからです。イングリッドベルイマンの家族との関係を修復することに執着していました。大量の作品を生み出すことと家族の面倒を見ることとは両立可能だと思います? 42歳のときには25本の映画を監督し、劇場を経営し、多くの演劇を上演していました。おむつを替えながらどうしたらそんなことができるでしょう。それについてはどう考えます? 現実的な問題として、子育てと50本の映画の監督との両立とは、演劇を別としても、無理な注文だと思われます。でも、非現実的な問題で、母親たちは9人全ての子供たちを育てたのに、彼は何1つしなかった。それについてはどうです? 気分が悪くなって当然では? いいえ。それは単にあなたが彼のことをすごく気に入ってるからでしょ。あなたもそうですよね。女性であっても同じ事はできなかったのは間違いないわね。でも9人の子供を5人の男性との間に設けたいとは思うわ。素晴らしい。私はある種の一貫性を好むの。愛する作家が実生活ではうまくやれていないのが嫌なのよ。だったら答えは出てるんじゃないかな。ベルイマンは作品でも私生活でも残酷だったんだから。たしかに。

 

高名な映画監督トニー・サンダース(Tim Roth)は、駆け出しの映画監督である妻クリス・サンダース(Vicky Krieps)とともに、巨匠イングマール・ベルイマンの作品の舞台であり、彼が生活を送ったスウェーデンフォーレ島を訪れる。トニーは美しい景観と落ち着いた雰囲気とをすぐに気に入るが、クリスはそのあまりに良すぎる環境に素晴らしい作品を書かなくてはならないという重圧を感じた。ベルイマン財団の人たちとの会食で知った巨匠の私生活にクリスは失望の念を禁じ得ないが、トニーのベルイマンに対する憧れは微塵も揺らがない。トニーを歓迎した、彼の作品の上映会は、熱心なファンで満席になった。上映会とトークショーの後、ベルイマンのゆかりの地を回るツアーに参加することになっていたが、クリスは夫の人気ぶりを改めて目の当たりにして、会場を後にする。ベルイマンの墓地のある教会を一人で訪れたクリスは、映画監督志望の学生ハンプス(Hampus Nordenson)と出会い、彼に島を案内してもらうことにする。

クリスはサングラスをなくしてしまい、トニーから借りたサングラスで島を眺める。その後、島で新しいサングラスを買い、知り合った学生ハンプスとともに島を巡る。クリスが監督として自信を失っており、夫の信奉するベルイマンを知ることで夫に共鳴しようとして挫折し、魅力的なハンプスとの交流で新しい感性を手に入れるという枠組みがサングラスだけで手際よく呈示されている。
トニーのクリスに対して示す愛情と、クリスがトニーに対して期待する愛情とがずれている。お互いに愛情を持ちながら、ずれのためにかえってお互いを引き離してしまう。インクを切らしたクリスがトニーの机に拝借しに行った際、つい見てしまった作品のメモと、彼女がそれを踏まえて夫を誘うが、トニーから何の反応がないところなど痛々しい。
クリスが映画で描こうとするテーマこそズレである。早すぎるか、あるいは遅すぎる。そのズレをなくすための虚しい足掻きが描かれることになる。クリスが(現実において)掛時計を外す(止める)のは、ズレを生み出したくないとの彼女の願望の象徴である。そして、作中ではズレを象徴するのが白いドレスであり、それはエイミーを死に追いやる兇器ともなり得るのだ。では、ズレは単に悲惨をもたらすだけなのか。否、ほとんど人生の常態といってもいいのではないか。だからこそ、ときにうまく噛み合ったときにこの上ない喜びを感じることができるのではないか。
クリスが新作の構想を夫に語るうち、その内容がクリスが実際にフォーレ島で撮った作品に重ね合わされていく展開が良い。クリスの状況が主人公エイミー(Mia Wasikowska)として説明されている。"LAUTERS"の走り書きの紙片の使い方など、ちょっとした動作や小道具などで鮮やかに状況を理解させる監督の手練は見事という
他ない。
イングマール・ベルイマン監督作品について知識がなくとも、鑑賞に問題はないことが断言できる。『ある結婚の風景』、『仮面/ペルソナ』、『叫びとささやき』など知っていればより堪能できるのだろうが(トニー作品の上映会で映写される作品も、きっとベルイマン調なのだろう)。
フォーレ島の景観が、自然も建物も素晴らしく、訪れてみたくなる。