可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『マイスモールランド』

映画『マイスモールランド』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本・フランス合作映画。
114分。
監督・脚本は、川和田恵真。
撮影は、四宮秀俊。
照明は、秋山恵二郎。
音響は、弥栄裕樹。
美術は、徐賢先。
装飾は、福岡淳太郎。
衣装は、馬場恭子と中村祐実。
ヘアメイクは、那須野詞。
編集は、普嶋信一。
音楽は、ROTH BART BARTON。

 

白い衣装に身を包んだクルド人の新郎新婦が、色取り取りの衣装を身に付けた参会者のつくる祝福のアーチを通り抜ける。森の中の結婚披露宴。皆が歌い踊って結婚を祝う。新郎新婦に向けて掲げられた掌には赤い染料が塗られている。次はあなたの番ね。ロナヒ(サヘル・ローズ)がサーリャ(嵐莉菜)に声をかける。新婦の着ているのより良い衣装があるわ。サーリャの隣にいた父マズルム(アラシ・カーフィザデー)がそれを聞いて、母さんの衣装があるとサーリャに告げる。祝宴で皆が盛り上がる中、表浮かない表情のサーリャが、1人皆の輪を外れる。
朝、自宅の洗面所で身支度を整えているサーリャは、掌の赤い染料が洗っても落ちずにいる。その間、父が仕事に出て行った。
高校の教室。試験問題が配られる。試験開始の合図で、サーリャは解答用紙に「チョーラク・サーリャ」とカタカナで書き込む。
定期試験が終了し、教室のベランダで、サーリャはまなみ(新谷ゆづみ)と詩織(さくら)とともに飲み物を飲んで寛いでいる。試験問題の答えを確認した詩織は、サーリャにひっかけ問題にひっかかってると指摘されて、がっかりする。まなみは階下に彼氏の姿を見かけてはしゃいでいる。2人は「ドイツ人」のサーリャの長い睫毛が羨ましいと拗ねてみせる。サーリャは笑いを浮かべながらもどこか寂しげだ。
進路指導室でサーリャがクラス担任の教師(板橋駿谷)と面談している。今の成績なら推薦がとれるな。部活を続けていてくれたら文句なしだったんだがな。家庭の事情で…。
サーリャは自転車で荒川を渡る。コンビニの制服に身を包んだサーリャがレジで接客をしていると、店長の太田(藤井隆)がサーリャの掌が赤いと指摘する。美術の授業でと言い訳すると、落ちない絵具なんて授業で使うのかと太田は引き下がらない。サーリャの同僚の聡太(奥平大兼)がそういう画材があるんだと助け船を出し、サーリャに手袋を手渡して解決する。勤務時間後もバックヤードで作業している聡太をサーリャが手伝う。何で残業してるの? 店長は伯父だから頼まれると断れなくてね。一緒に店を出た聡太がサーリャに尋ねる。本当は何で手が赤いの? トマトを食べ過ぎたから…。どれくらい食べたの? 1箱。…噓つくの、下手だなあ。
自宅のある建物の1階は、大家の経営するクリーニング店。店の前に屯していたクルド人と挨拶を交わし、家へ向かっていると、大家から声をかけられる。また泥だらけの作業着を洗濯機に入れちゃった人がいてさ、洗濯槽が砂だらけだよ。この張り紙、訳しておいてよ。帰宅したサーリャを父が遅かったなと咎める。部活でね…。サーリャと父とが夕食を準備し、中学生の妹・アーリン(リリ・カーフィザデー)、小学生の弟・ロビン(リオン・カーフィザデー)とともに食事を囲み、皆で祈りを捧げてから食べ始める。
ロナヒが訪れ、目が悪くなった息子の病院の付き添いをサーリャに頼む。小学生なら1人でも大丈夫でしょと言うサーリャに、父が連れて行ってやれと言いつける。サーリャの机の前の壁は、クルド人からの通訳の依頼を書き込んだ色取り取りの付箋が既に多数貼られていた。

 

埼玉県在住の高校3年生のサーリャ(嵐莉菜)は、クルド人の父マズルム(アラシ・カーフィザデー)、妹・アーリン(リリ・カーフィザデー)、弟・ロビン(リオン・カーフィザデー)とともに日本に亡命した。日本語が得意でなかった小学生時代に親身になってくれた小向先生(韓英恵)に憧れ、先生の出身大学に進学して小学校教諭になるのが夢だ。成績は優秀で、クラス担任(板橋駿谷)からは学校推薦型選抜での進学が可能だろうと言われている。サーリャは学費を稼ごうと、密かに東京都内のコンビニでアルバイトをしていて、店長(藤井隆)の甥で同い年の聡太(奥平大兼)と親しくなった。ところが難民認定の申請が不許可となり、特定活動ビザも失効してしまう。就労は禁止され、県外へも許可無く出かけることができなくなる。それでも生活費を稼ぐために働かざるをえないマズルムは、仕事場での警察官の職務質問をきっかけに入管に収容されてしまう。サーリャは妹と弟の世話をしながら家計をやりくりすることになるだけでなく、不法就労はさせられないとコンビニを解雇され、ビザがないために大学進学も諦めなくてはならなくなる。

反吐が出る、日本の「おもてなし」の一端を窺うことができる(入管の対応に限っても、もっと悲惨な現実も報道されているところである)。他山の石とすべき日本の人たちの姿も映し出されている。
サーリャが、かつて、サッカーの国別の世界大会で日本を応援していると何故か言うことができず、ドイツを応援していると口走ったことをきっかけにドイツ人だと思われていることが「ちょうどいい」と感じられて、以来、クルド人ではなくドイツ人であると説明していること。そのやり過ごし方は、同時に、クルド人であることを誇りにしている父に対する裏切りにもなってしまう。
日本語とクルド人の話す言葉とを操ることのできるサーリャに対して、日本語しか話せないアーリンは、自分が理解できない言葉でやり取りされると疎外感を感じてしまう。そのために姉に反抗的になり、あるいは姉に通訳を頼むクルド人に対して批判的になる。
ロビンがサッカーの輪に加わりたいが加われず、1人鉄棒につかまり、ボールを蹴る動作だけを繰り返していること。彼は自らを宇宙人と称した。物心ついたときには何年も暮らしていた土地に馴染むことができないことが、彼に宇宙から来たと思わせるのだろう。父親がロビンが蹴る石ころは、故郷にもあったと、どこにあっても同じ人間だと諭す(父とサーリャが小学校で小向先生と面談した後、父・娘・息子3人が小学校から歩いて帰る道すがらの1カットで描き出す)。その父の教えを胸に、ロビンは路傍の石を大切に扱う。
サーリャの一家を演じた役者が作品に説得力を持たせた。とりわけサーリャ役の嵐莉菜は、その美しさ・佇まいと演技とで、鑑賞者を作品に引き込む。
優しく爽やかな好青年・聡太を演じたのが映画『MOTHER マザー』で周平を演じた奥平大兼だったとは。全く印象が異なっていて、同じ役者とはとても思えなかった。
池田良の演じる卑しい人間には、本当に嫌な気持ちにさせられる。素晴らしい演技。