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芸術鑑賞の備忘録

展覧会『BankART Under 35 2022 第1期』(ユ・ソラ個展)

展覧会『BankART Under 35 2022 第1期』(ユ・ソラ個展)を鑑賞しての備忘録
BankART KAIKOにて、2022年4月28日~5月15日。

BankART Under 35」は、2008年にスタートした、35歳以下の作家を個展形式で紹介するシリーズ企画。今年は4期にわたり8名の作家を紹介する。第1期は、ネット上に現れるニュース(主にゴシップ)や広告をA4のコピー用紙にマジックインキで描き出す小野田藍、そして、木綿のニット地などに中綿を入れた支持体と黒糸の刺繍とで日々の生活で取り囲まれているモノを表わすユ・ソラの個展がそれぞれ行なわれている。白い支持体に日常を記すという点で共通するが、色取り取りのペン画を床に散蒔くという、雑多なモティーフを乱雑に展示するインスタレーションと、コードが絡んだり衣類が丸められたりしながらも白の力で整然と仕上げられた空間との対比は鮮烈である。以下では、ユ・ソラの個展を取り上げる。

《日々をかさね、》は、牛乳パック、マグカップ、皿、スプーン、レシートなどを載せたテーブルと、椅子2脚、皿や本を積み重ねたベンチ、段ボール箱などが、輪郭などを黒い糸で縫い付けた白い布を用いて、おそらく原寸大で立体的に表わされた作品。型取りされているわけではないが、日常的に用いる品々の実寸(life-size)の立体的な記録であり、なおかつ白い作品であるという点で、石膏で作られるデスマスク、否、ライフマスクとの共通点がある。白い支持体に黒い「線」を用いて輪郭線や文字を表わす点は、ドローイング的と言える。だがその黒い線は、アウトラインステッチであろうか、刺繍によるものだ(何本取りにするかはモティーフにより違えてある)。線は細いが、白い布の中ではっきりとその存在を主張している。刺繍する際の、糸が行ったり来たりする規則的な動作は、時間の進行でああるとともに日々の積み重ねでもある。また、生地の表と裏との往還は、昼と夜との繰り返しをなぞるものでもある。そして、何より作品を特徴付けているのが、ぞんざいに垂らされている黒糸だ。モノを白い形と黒い輪郭線とで正確に写す型が定まっていて、余剰の黒糸は余韻を具現化する。《日々をかさね、》というタイトルの「、」は、その黒糸を示すものであったのだ。そして、「日々をかさね、」は省略法であるが、作品自体は対象の形態全てをそっくり写し呈示しているので、留守模様、換喩とは言えない。韻文に擬えるなら、俳句よりは短歌に近しいと思しき表現である。
なお、《日々をかさね、》と同題のインスタレーションとしては、電気スタントや筆記具などを載せた机と椅子などを組み合わせたもの、クッションとハンガーを載せたソファと本やカップや鋏やリモコンなどを載せたロー・テーブル、壁の照明スイッチを組み合わせたもの、枕や掛け布団などのあるベッド、時計やアイロンなどの載るサイドボード、床に落ちたピザの箱、壁掛けの時計などを組み合わせたものがある。
ハンバーガー・ショップのガムシロップや角砂糖を白い布に黒糸で刺繍した《些細な記念》(各500mm×500mmの2点組)、床に置かれた6口の電源タップに挿された5個のプラグのコードが絡まり合っている様を白い布に刺繍した《机の下のもの》(黒糸、白糸の2種。各1600mm×1100mm)など、平面的な刺繍作品は、実寸から拡大されて表現している。展示作品中、最大の規模の《普通の日》(2400mm×3600mm)もまた、ハンガーやピンチハンガーに干された衣類を大きく表現している。拡大表現は、原型の縮尺を変更して鋳造できるブロンズ彫刻を思わせる。生活の記念碑としての意味合いも生むのみならず、原型という型の存在が想起されるだろう。そして、鑑賞者を圧倒する衣類は、白い布で鑑賞者を取り囲む、いわば本展の「縮小鋳造」でもあることに気付く。会場に滞留する時間が延びてしまうのは、陽光のもと洗われた白いシーツに包み込まれるような感覚が味わわれるからであった。