映画『神は見返りを求める』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本映画。
105分。
監督・脚本は、𠮷田恵輔。
撮影は、志田貴之。
照明は、疋田淳。
録音は、鈴木健太郎。
美術は、中川理仁。
装飾は、畠山和久。
編集は、田巻源太。
衣装は、松本紗矢子。
ヘアメイクは、杉山裕美子。
音響効果は、渋谷圭介。
音楽は、佐藤望。
夜の繁華街の路地裏。自転車とともに倒れた男を別の男が蹴りつける。暴行を加えている男の連れの女がふざけんなと叫んで、倒れた男の頭部を瓶で殴りつけた。仮面を被ったユーチューバーのハイパーマリオ(下川恭平)が、やや離れた建物の陰で実況しながらカメラを回していた。正義感を気取るハイパーマリオは、男カップルに近づくとエアガンを発射。暴漢に罵声ととも追いかけられ、慌てて逃げ出す。
居酒屋の店内。トイレから戻ろうとした田母神尚樹(ムロツヨシ)は、気分が悪くなって蹲った川合優里(岸井ゆきの)に気付く。田母神は、イヴェント会社の同僚・梅川葉(若葉竜也)が企画したコンパに人数合わせで呼ばれていた。その席に優里はコールセンターの同僚・美咲(青山ひかる)らと参加していた。梅川の恋人が生レバーの写真を撮影すると、裏メニューだからアップするなと止められる。モザイクをかけるからと言う彼女だが、それじゃ意味がないだろうと突っ込まれる。田母神が優里にペットボトルの水を買って飲ませると、外の空気を吸わせようと店の外に連れ出す。優里のスカートが捲れて下着が見える。その様子を目にしたコンパの参加者は、優里がユーチューバーをしていることを話題に盛り上がる。女性陣は優里のチャンネルにアップされた、フラフープをしながらスパゲティを食べる優里の姿を見て苦笑する。その間、梅川は友人たち(田村健太郎、中山求一郎)と胸の大きな美咲を巡って誰が持ち帰るかと盛り上がっていたが、それに気づいた梅川の彼女が激怒し、コンパは散会となる。
優里はコールセンターで働きながら、1人で動画の制作を行なっている。自室で食べ物を使ったチャレンジなどを投稿しても再生数は伸びない。そこで、ヒットしたドラマの撮影地に向かい、俳優の等身大パネルを相手に再現動画を撮ることを企てるが、即座に警備員に見つかり、許可を取っていないでしょと退去を迫られる。
仕事中の田母神に優里から電話が入る。着ぐるみを借りることができないかとの相談だった。田母神は、会社で買い取った古い着ぐるみに思い当たりがあると応じる。休みの日、田母神は優里と着ぐるみを乗せて車を走らせた。人気のあるミュージック・ヴィデオを完全にコピーした動画を撮るためだ。優里は、大きなパフェのある場所に行きたいという。田母神が向かったのは、寂れた海水浴場近くの土産物店。ハワイで撮影されたと思しきオリジナルとは似ても似つかないが、優里はできる範囲で構わないとその場で撮影することにする。田母神が音楽を流して指示を出す。優里は、田母神がカウントダウンする指の折り方がおかしくて笑ってしまう。改めて優里が踊る姿を田母神が撮る。砂浜に移動し、田母神が会社の倉庫から持ち出した着ぐるみを共演させる。優里は一目見て、冴えないがどこか愛嬌を感じる着ぐるみにジェイコブと名付ける。ジェイコブを身に付けて一緒に踊って欲しいという提案に戸惑う田母神。期待に応えようと、優里の背後で着ぐるみ姿の田母神は必死に踊った。帰りの車中で優里が動画の文字入れがうまくできないと訴えると、経験があるからと田母神が引き受ける。優里は願いを何でも聞き入れようとしてくれる田母神を神だと言って喜ぶ。
田母神が会社の建物の陰で、待っていた男(廣瀬祐樹)に袋を渡す。田母神が元同僚に金を貸すのを目撃した梅川は、ギャンブルに注ぎ込むだけの男に優しすぎるだろうと驚きを隠さない。休憩中、デスクで田母神が動画の文字入れをしているのを見た梅川は、コンパで田母神が介抱したユーチューバーの動画だと気が付く。田母神さん、彼女とヤッたんですか。梅川は狙ってた娘を抱けたという。
田母神は古い質素なアパートにある優里の部屋に招かれる。撮影に協力したお礼として優里から食事に誘われたのだ。赤でまとめられた可愛らしいソファやクッションが所狭しと置かれ、寛いでと言われても田母神はどうしていいか分からない。ビーフ・シチューを振る舞ってくれた優里は、こんなことしかできなくてとしおらしい。田母神は、これからも撮影に協力すると優里に請け合うのだった。
イヴェント会社で働く田母神尚樹(ムロツヨシ)は、コンパで知り合ったユーチューバーの川合優里(岸井ゆきの)から、着ぐるみの入手を依頼されたことをきっかけに、彼女の撮影に協力するようになる。田母神は撮影場所の提案、移動や運搬、撮影、さらに「ジェイコブ」を着ての出演、動画の文字入れなどに無償で協力する。優里は神だと喜ぶ。「ジェイコブ」人気で再生数は若干上向くものの、収入は微々たるものしか得られない。田母神の善意に甘えてばかりで心苦しい思いを抱いた優里は、田母神に身体を許すこで日頃の恩に報いようと思い立つ。田母神は見返りを求めてやっているわけではないと拒み、今後とも2人で動画を作っていこうと優里を励ます。人気ユーチューバーのチョレイ(吉村界人)とカビゴン(淡梨)のトーク・イヴェントに参加した優里は、田母神と知り合うきっかけとなったコンパを開催した、田母神の同僚の梅川葉(若葉竜也)と出会い、チョレイとカビゴンを紹介される。仲間のキムニィ(前原滉)に企画で嵌められたチョレイとカビゴンは、優里を仕掛け人としてキムニィに仕返しすることを思いつく。ボディ・ペインティングだけでキムニィの前に飛び出し、彼の反応を撮影するという内容だったが、優里は人気ユーチューバーと共演できると快諾。チョレイとカビゴンの動画に出演したことをきっかけに優里はボディ・ペインティング人として脚光を浴び、優里のチャンネル登録者も一気に増加する。優里はボディ・ペインティングはアートだと屈託が無いが、田母神は優里が裸を売りにしているようで不満だった。
生真面目に行きながらも鬱屈した思いを抱えてきた田母神は、偶然知り合いとなったユーチューバーの優里から助力を求められる。献身的な仕事ぶりで「神」と感謝された田母神は、この上ない満足を感じた。優里の動画が人気になることは彼女の願いであり田母神にとっても望むところだが、もし彼女が爆発的に売れてしまうと、自分の手から離れていってしまうことになり、幸せな共同作業が失われてしまうという虞を抱いていたに違いない。実際、人気ユーチューバーの動画への参加をきっかけに、優里の動画チャンネルの登録者が増えると、優里はデザイナーの村上アレン(栁俊太郎)を始め専門的なスタッフによって撮影するようになる。
優里1人への愛情を貫こうとする田母神に対し、不特定多数からの支持を得ようとしている優里の姿勢には、最初から齟齬がある。数値化できない田母神の善意と、再生数やチャンネル登録者数、ひいては広告収入という数値との違いでもある。優里が田母神に代えて有能なスタッフとともに高みを目指したとき、数値化できない愛情を抱えていた田母神は、数値の世界へと転落する。交通費や示談金その他諸々の経費という数値になってしまった。愛情は情報に、すなわち0と1というデジタルの信号に置き換わってしまったのだ。
だからこそ、田母神がうまく指を折ってカウントダウンできない冒頭の描写は重要である。田母神の愛情は数えることができないものであり、元来「指」を表わすデジタルに置き換え不能だと主張しているのである。そして、終盤、優里がぎこちない田母神の指を折る動作を真似るのは、田母神への再度の同調を通じた、彼の算定不能の愛への謝意であった。