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芸術鑑賞の備忘録

映画『リコリス・ピザ』

映画『リコリス・ピザ』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアメリカ映画。
134分。
監督・脚本は、ポール・トーマス・アンダーソン(Paul Thomas Anderson)。
撮影は、マイケル・バウマン(Michael Bauman)とポール・トーマス・アンダーソン(Paul Thomas Anderson)。
美術は、フローレンシア・マーティン(Florencia Martin)。
衣装は、マーク・ブリッジス(Mark Bridges)。
編集は、アンディ・ユルゲンセン(Andy Jurgensen)。
音楽は、ジョニー・グリーンウッド(Jonny Greenwood)。
原題は、"Licorice Pizza"。

 

1973年。カリフォルニア州サンフェルナンドバレーにある高校。校内放送で写真撮影の案内が流れる。1年生は9時30分、2年生は10時30分、3年生は昼食時に行ないます。トイレでは鏡を前にゲイリー・ヴァレンタイン(Cooper Hoffman)ら1年生の男子が念入りに櫛で髪を梳かしている。個室から飛び出した生徒が爆竹だと叫んで逃げ去ると、すぐに爆発音とともに水が噴き出す。他の生徒たちも慌ててトイレから逃げ出す。
写真撮影会場の体育館へ続く渡り廊下。水色のポロシャツと白いミニスカートの制服を身に付けたアラナ・ケイン(Alana Haim)が、撮影に向かう生徒たちに櫛を使わないか声をかけて歩いている。バンザイ! 男子生徒が後ろからアラナに体当たりして逃げ去る。失せろ、クソガキ! 1年生の列の中にいたゲイリーはアラナに目を奪われていた。ゲイリーはアラナに櫛を借りたいと申し出て、彼女に名前を尋ねる。おしゃべりね。気に入ったわ。2人は並んで体育館に向かう。今夜夕食は? 私を誘ってる? そうだよ。デートするつもりなんてないわ、あんたと。12でしょ。面白いね、僕は15。君は何歳なの? それは聞いちゃいけないわ。女の子に年齢を聞いちゃいけないわ。迷惑。そうだね、どうでもいいことだよ、僕には。夕食の支払いはどうするの? 私がいいわと言って夕食に出かけたら、支払いはどうするの? 何でも2度言うよね。何でも2度ってことは無いわ。言ってる、言ってる。いいから、支払いはどうするつもり? 映画観る? もちろん映画観るわ。『1つ屋根の下』観た? ええ。僕があのトニーだよ。すごく沢山の子が出てるじゃない、あの映画。トニーが分からないわ。夕食を食べて欲しいんだよ僕と、演じる役じゃなくて。自慢するつもりじゃなかったんだけど、夕食の支払いを心配するからさ。大した役者よ、大した役者。他に何に出てる? 『この家は幽霊が出る』。知らない。『2つの寝床と2つの浴槽』。うーん。『マーヴ・グリフィン・ショー』の寸劇に3回出てるけど。分かったわ。出演作品を片っ端から挙げないで。それじゃ自慢でしょ。あんたみたいな男とデートするつもりは無いの。15でしょ。「男」か。気に入った。「少年」ならどう? 「少年」とデートするつもりは無いの。15でしょ。デートって言わないでくれる。デートじゃないから。ちょっと顔を出してくれたらいいんだ。君の見た目が好きだし、君と話すのが好きだ。どこに住んでる? エンシーノ。エンシーノ? 僕もエンシーノだよ。エンシーノのどこ? ハタラス。ハタラスのどこ? 気持ち悪い。私がどこに住んでるかなんて教えない。気持ち悪い。今晩テルオザコックにいるから。あんたがどこにいようが関係ないわ。毎週木曜、夕食を食べに行くんだ。あんたがどこで食べようが関係ないわ。親は何してるわけ、その間? 働いてるよ。親は働いてるからさ、顔を出してくれればいいよ。黙ってくれる。僕の予定を教えるよ。弟のグレッグをテイスティー・フリーズに6時30分頃連れて行って、7時30分までには寝かしつける。え、あんたは夕食のためにエンシーノからわざわざテルオザコックに行くの? シャーマン・オークスに住んでる。なんだ。弟のグレッグをテイスティー・フリーズに6時30分頃連れて行って、7時30分までには寝かしつける。夕食をとりに近くのテルオザコックに行く。そこにいるから。無理に来てもらうつもりはないよ。無理に来させようとしてるけど。あんたがやってることは。顔を出したいなら、君の予定で都合がいいなら、すごく会いたいな。予定で都合がいい? 待ってよ、弟を1人にするの? いくつなの? 8歳。いや、9歳。浮かれてるの。まともに話を進めることもできてない。何者なの? ちょっとロバート・グーレとかディーン・マーティンみたいなところがあるわ。出身は? シャーマン・オークス。そう、シャーマン・オークスだったわ。2人は写真撮影の受付にやって来た。アラナ! シンディ、ここに大物映画俳優がいるって知ってた? ゲイリー・ヴァレンタイン。ヴァレンタインって名前なの? ヴァレンタインだよ。サインをもらっておくべきかな? ゲイリーはシンディーから受付票を受け取る。僕は君と知り合う運命だったんだって思うよ、アラナ。私は25なの、いい? 友達にはなれるけど彼女にはなれない。法律違反。君は僕に希望をくれるんだ。黙ってくれる。これって恋人になる運命なんだよ。これって運命なんだ。うるさい。カメラマンに受付票を渡したゲイリーは、背景シートの前に置かれた椅子に腰掛ける。見上げて。…口を閉じて。…ちょっと歯を見せて。すぐに撮影は終了する。どうしてこれまで見かけなかったんだ? どうしてこれまで会えなかったんだ? 止めてよ、不快だわ。会えるよね。僕は自信が無いけど、会えるよね。私は仕事に戻らなきゃ、あんたは授業に戻らないとね。言い訳なんかに時間を使うの止めなよ。僕たちは運命に導かれたんだ。哲学者っぽい話し方は止めてよ。

 

1973年。カリフォルニア州サンフェルナンドバレー。写真撮影の補助をしていたアラナ・ケイン(Alana Haim)は、アルバム写真の撮影で高校に赴いた際、1年生のゲイリー・ヴァレンタイン(Cooper Hoffman)から夕食に誘われる。子役として映画やテレビに出演してきたゲイリーは、軽く遇おうとする10歳年上のアラナに臆することがない。デートじゃないから顔を出してくれればいいとハードルを下げられ、アラナはゲイリーの待つテルオザコックに向かう。ゲイリーはアラナの登場に興奮が押えられない。彼女に夢を尋ねるが展望の無いアラナに、ゲイリーは起業や俳優業を勧める。冴えない日々を鬱屈して過ごしていたアラナは、声を掛けやすいからではなくゲイリーが本気で執着しているのを感じ、心に漣が立つ。電話番号を求められたアラナは、頻繁に掛けないように注意しつつゲイリーに伝える。

冒頭、高校でアラナとゲイリーが出会い、ゲイリーがアラナを夕食に誘う長い会話では、アラナの同じ言葉を繰り返す癖がゲイリーに伝染するように、ゲイリーも同じ言葉を繰り返す。世馴れた子役であるがゆえになせる無意識の反応かもしれない。だが、想いを寄せる相手に近づきたいという気持ちがゲイリーをアラナに同化させていることは疑いない。そして、ゲイリーの中の真摯さに感応したからこそ、アラナはゲイリーの待つレストランに向かうのだ。