可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 佐藤T個展『夕日に見られていた』

展覧会『佐藤T個展「夕日に見られていた」』を鑑賞しての備忘録
みうらじろうギャラリーにて、2022年7月9日~24日。

キャンヴァスにアクリルガッシュを用いた作品7点、紙にアクリルガッシュと色鉛筆で描いた作品3点、紙にペンで描いた作品4点、紙に鉛筆で描いた作品4点、フェルトと糸による小品4点で構成される、佐藤Tの絵画展。

《エイリアン Ⅺ》(652mm×530mm)は、黄色のパーカーに青いデニムの女性がしゃがんで頰杖をついている姿を描いた草品。背後の壁は赤と青で塗り分けられ、赤く塗られた壁には黒い四角が描き込まれる。それがどこかへ通じる穴の闇なのか、落書きを消すために塗られた黒い塗料なのかは分からない。女性の顔の背後の壁には、恰も女性の顔から発される光に擬態するかのように、マゼンタの液体が飛散している。液体が重力に従って真下に流れる跡、壁の青い部分と赤い部分との境界線、四角い穴の縦線は、地面の水平線に降りる垂線である。そして、水平線が右に傾けて描かれることで、右回転のモーメントが得られる。それは液体の飛散、あるいは女性の輝きの発散にエネルギーをもたらす。場末の薄暗い片隅で、視線を投げ掛ける女性だけが輝いて見える。女性とそれを見詰める者との2人だけの世界。タイトルに誘われ、「そうさ僕らはエイリアンズ/街灯に沿って歩けば/ごらん新世界のようさ」とキリンジの「エイリアンズ」(作詞・作曲:堀込泰行)の一節が聞こえてくるようだ。

《チャイム》(333mm×242mm)は、薄いピンク色のドアが開かれた隙間から上半身を室内に覗かせた女性を描いた作品。ダークブラウンのタートルネックにクリーム色のパンツの女性は、外の暗闇から上半身だけを室内に入り込ませ、左肩と左腕とでドアを押え、鑑賞者を見詰めている。ドアが左側に傾く角度で描くことで、女性の闖入が強調される。
《ご相談 Ⅲ》(606mm×410mm)は、開け放たれたドアの前に立つ、白い半袖のTシャツにベージュのパンツの女性が、合わせた両手を左頬につけ、何かを懇願するような姿を描いた作品。女性の影が背後の淡いピンクのドアに映るが、影の主とは異なり頭は傾いていない。やや俯瞰の構図で、ドアや壁の縦の線が上方に向かって開く形が、女性が手を合わせ顔を横に倒す運動を感じさせる。薄紫色の壁に飛散した青い液体が女性の服にも認められ、女性の左腕から垂れている。外は夕日のべったりとしたオレンジに染まっている。
《西へ行け》(410mm×318mm)は、山道であろうか、奥に向かって緩やかに上りとなり、かつ森のある左側に曲がっていく道で、振り返る女性を描いた作品。紺色のコートに黒いブーツの女性は、ポケットに手を入れて右足を軽く上げ、右回りに後ろを振り返り、右半身と傾げた顔が見える。土羽は枯れた草に覆われ、疎らに立つ木は葉を落としている。左側の土羽の上には細い道が左にカーブして画面から消えている。2つの道のカーブと裸木の枝の広がりによって示される左方向へ向かう力が、女性の逆回転によって強められている。右上の樹上にヤドリギのような姿を見せる黒い球体は一体何であろうか。あるいは、ブラックホールであるのかもしれない。
《チャイム》や《ご相談 Ⅲ》に現れる女性が鑑賞者を誘うのは、西、すなわち西方浄土へと向かうことではなかろうか。《チャイム》の女性が姿を見せる闇は死地であり、《ご相談 Ⅲ》の女性の背後に広がるのは夕闇である。《西へ行け》はその「道行き」であろう。

現世のエイリアンズが来世を目指す心中物と解するとき、《夕日に見られていた》(727mm×606mm)において、コンクリートのブロック塀の隅に倒れ込む女性は、現世と来世の境界を象徴する壁を超えて、西方浄土である夕闇の空間へと身投げする、その直前の姿ということになる。《夕日に見られていた Ⅱ》(298mm×215mm)で、コンクリートの塀の上から血が滴るのは、女性が身投げして情死を果たしたことを示唆するだろう。恰も喪服のような黒いワンピース姿の女性は、壁を越える(彼岸に渡る)ことに成功し、本願を成就させた満足から微かに微笑むのである。