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芸術鑑賞の備忘録

映画『エルヴィス』

映画『エルヴィス』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のアメリカ映画。
159分。
監督は、バズ・ラーマン(Baz Luhrmann)。
原案は、バズ・ラーマン(Baz Luhrmann)とジェレミー・ドネル(Jeremy Doner)。
脚本は、バズ・ラーマン(Baz Luhrmann)、サム・ブロメル(Sam Bromell)、クレイグ・ピアース(Craig Pearce)。
撮影は、マンディ・ウォーカー(Mandy Walker)。
美術は、キャサリン・マーティン(Catherine Martin)とカレン・マーフィ(Karen Murphy)。
衣装は、キャサリン・マーティン(Catherine Martin)。
編集はマット・ビラ(Matt Villa)とジョナサン・レドモンド(Jonathan Redmond)。
音楽は、エリオット・ウィーラー(Elliott Wheeler)。
原題は、"Elvis"。

 

1997年。雪だるまなどクリスマスの飾り付けに使われる人形が所狭しと並ぶ棚や机。部屋は暗く静まりかえっている。太った老人(Tom Hanks)が床に倒れる。広い病室に置かれた1台のベッドに彼が横たわっている。夢遊病者のように起き上がり、患者衣のままカジノへと足を運ぶ。私のことを知らない方もいらっしゃるだろう。お見知り置き願おうか、トム・パーカー大佐だ。エルヴィス・プレスリーを世に出した。私なくしてエルヴィス・プレスリーは存在しなかっただろう。私を悪役に仕立てる者もいる。嘘吐きだの、詐欺師だのとね。最近出た本には、エルヴィスを馬車馬の如く働かせ、収入の半分を取り上げてギャンブルに注ぎ込んだのがトム・パーカー大佐だと記されている。私がエルヴィスを殺したと思っている者もいる。断じて違う。私は彼を殺してなどいない。エルヴィス・プレスリーを作り上げたのだ。彼と私とは仲間だった。彼がショー・マン(興行師)なら私はスノウ・マン(いかさま師)なんだ。
1955年。湖畔の一画には、観覧車やサーカス・テントが立ち並ぶ。野外娯楽ショーが行われるのだ。芸人たちが思い思いに準備や休憩で開演前の時間を過ごしている。トム・パーカー大佐は、カントリー歌手ハンク・スノウ(David Wenham)のマネージャーとしてショーに加わっていた。ハンクの警備を厳重にするよう市長に手紙を書いてくれ。バトンルージュでは観覧車で結婚式を挙げよう、ジーナ。その前に夫を探さないとな。ニューオーリンズでは、ハンクに息子のジミー・ロジャーズ・スノウ(Kodi Smit-McPhee)を紹介させる。小さな君たちにはパレードに出てもらうぞ。アイデアを捲し立てる大佐に、俺をゾウにでも乗せるつもりかとハンクは苦笑する。それなら立派に見えるんだがなと大佐。若い客を引き寄せないとな。南部で一番笑いをとるデューク・パデューカに会わなけりゃならん。カー・ラジオからブラック・ミュージックが聞こえる。ジミー、レコードを止めてくれないか、若者を虜にしてる曲がかかってる。黒人のリズムでありながらカントリー調。サム・フィリップス(Josh McConville)のサン・レコーズは、非白人ともレコードを作るんだ。この男なら「ヘイライド」で俺の後に出演予定だ、とハンクが言う。「ヘイライド」は黒人を出さないだろ、と大佐。彼は白人だよ。これを歌ってるのが白人だって?
トム・パーカー大佐はハンク・スノウらとともにルイジアナ州シュリーブポートに向かう。カントリー・ミュージックの番組「ヘイライド」に出演するためだ。ステージ袖で大佐はスタッフにサン・レコーズの「ザッツ・オール・ライト」の歌手が出演予定か確認すると、彼ならポップでもカントリーでも出ずっぱりだという。黒人でさえレコードを買う白人のアーティストなんているのか。楽屋にいるよ。大佐は楽屋に向かう。ブルームーン・ボーイズの出番を告げられ、ビル・ブラック(Adam Dunn)とスコッティ・ムーア(Xavier Samuel)が駐車場に向かう。大佐もその後を追う。家族や恋人ディキシー・ロック(Natasha Bassett)に囲まれたエルヴィス・プレスリー(Austin Butler)が母親のグラディス(Helen Thomson)に励まされていた。ステージに立つのはお前だけじゃないよ。主は人々を集わせるために音楽を与えて下さった。ジェシーは空で明るく輝いている。彼の光がお前の力になるよ。
ジェシーはエルヴィスの双子の兄弟だが、出産中に亡くなった。父親のヴァノン(Richard Roxburgh)が収監されたとき、エルヴィス少年(Chaydon Jay)とグラディスは非白人居住区に引っ越すことになった。少年は想像力が逞しく、自らをマーベル・コミックスのヒーローと思い込んだ。囚われた父親を解放し、「永遠の岩」へ飛んで行くのだ。ヒーローたちは誰もが固有の超能力を有している。エルヴィスの場合、それは音楽だった。バラックで覗き見たアーサー・クルーダップ(Gary Clark Jr.)のセクシーな音楽や、伝道集会に潜り込んで体感したシスター・ロゼッタ・サープ(Yola)の黒人霊歌がエルヴィスの才能を育んだのだ。
「ヘイライド」のステージ。司会者からエルヴィス・プレスリーの名前が呼ばれる。ピンクのスーツに身を包み、ギターを抱えたエルヴィスが、怖ず怖ずとステージ中央のマイクスタンドの前に立つ。エルヴィスは緊張に震えている。ギトギトした髪に、女のように化粧した顔。信じられないほど風変わりだ。エルヴィス、大丈夫かい? 準備はいいかな? …「ルイジアナ・ヘイライド」で演奏できてとても嬉しいです。サン・レコーズから出した曲を演奏します。おどおどするエルヴィスにヤジが飛ぶ。その瞬間、稲妻に打たれたように震え始めたエルヴィスは、スーパーヒーローに変身した。

 

1997年、トム・パーカー大佐(Tom Hanks)は死の床にあった。彼はエルビス・プレスリー(Austin Butler)を食い物にして死に追いやった悪徳マネージャーとの自らに対する世評を否定し、駆け出しだった彼の才能を見出して売り込んだ自分こそ「ロックの王様」誕生の功労者であると、エルビス・プレスリーとの来し方を語り始める。
エルヴィスは、父ヴァノン(Richard Roxburgh)の収監をきっかけに、母グラディス(Helen Thomson)とともに非白人居住区で生活することになった。アーサー・クルーダップ(Gary Clark Jr.)のブルースやシスター・ロゼッタ・サープ(Yola)のスピリチュアルに感化された少年は、長じてメンフィスに移ると、ビールストリートに足繁く通い、ブラック・ミュージックを自らの血肉とする。
エルヴィスがサム・フィリップス(Josh McConville)のサン・レコーズから発売した「ザッツ・オール・ライト」をラジオで聞いたトム・パーカー大佐は、歌手が白人だと聞いて驚く。マネージメントを担当していたハンク・スノウ(David Wenham)が出演する「ルイジアナ・ヘイライド」でエルヴィスのパフォーマンスに接した大佐は、女性たちを狂わせる彼の稀有な才能に瞠目する。大佐がハンクのコンサートにエルヴィスを出演させると、エルヴィス目当ての観衆が瞬く間に増えていった。大佐はエルヴィスに自らを専属マネージャーにさせるべく、サン・レコーズとの契約を打ち切って最大手のRCAビクターと契約することを画策する。

マネージャーを務めたトム・パーカー大佐からの視点を中心にエルヴィス・プレスリーを描く。
大佐がエルヴィスのパフォーマンスを初めて目にした、「ルイジアナ・ヘイライド」では、エルヴィスが細かく下半身を振動させると、その振動は女性たちを共鳴させ、そのことで振動は増幅され、遂には彼女たちに悲鳴を挙げさせる。興奮してはいけないと動揺を必死に押さえつけようとすることで、かえって熱狂を高めてしまい、遂に箍が外れると、悲鳴を挙げたり、倒れたりする。呆気に取られた大佐の心境がよく分かる。なお、エルヴィスの動きの由来については、その直前の少年時代の挿話において、アーサー・クルーダップ(Gary Clark Jr.)のセクシーなブルースと、とりわけシスター・ロゼッタ・サープ(Yola)のスピリチュアルによって恍惚となった体験に基づくことが示される。

最初にエルヴィスが姿を見せる「ヘイライド」会場の駐車場のシーンにおいて、彼が母グラディスと強く結びついていることが示される。続くエルヴィスの幼少期のエピソードでは、出産時に双子の一人を失っていること、父親のヴァノンが収監され母子の生活があったことが説明される。そして、コンサート会場、自宅などに現れる母親の、活躍の場を広げるとともに息子が遠い存在となってく不安を抱く様子が描かれる。他方、エルヴィスは、母の夢を象徴するピンクのキャデラックを真っ先に手に入れるとともに、彼女のために瀟洒な邸宅を購入する(後に経済的に行き詰まったエルヴィスが、母親との思い出である邸宅を手放すことが出来ないという形で、晩年に至っても母親との結び付きの強さが描かれる)。封じられた卑猥なパフォーマンスをコンサート会場で行ったことで逮捕された際には、興奮した多数の観衆で騒乱状態となった会場で、エルヴィスの乗る警察車両と母の乗る自動車とが、(アメリカ人の発想にはないだろうが)三途の川のような大きな闇を隔てて並べられることで、母子の永遠の別れが近づいていることが表現される。アルコールに溺れて死期を早めた母は、後のエルヴィスの姿を映し出す鏡でもあろう。
兵役に就いてエルヴィスのもとに母親の死の連絡が届く。エルヴィスの喪失感を埋めたのは、母親代わりとしてエルヴィスの家に入り込んだ、トム・パーカー大佐であり、ドイツに派兵された際に出会った14歳の少女プリシラではなかった(プリシラとの出会いの後、一気に7年半後の結婚に描写が飛ばされる)。「母親」の地位に収まることが、大佐によるエルヴィス支配の源泉があるとの解釈が示されている。

トム・パーカー大佐が加わっていた移動遊園地で、エルヴィスは「鏡の迷路」に入り、出られなくなる。それ自体、ホラー映画の定番の展開であるが、そこに現れる大佐の醜悪さを際立たせることで、エルヴィスが窮地に追い込まれていることが強調される。
冒頭では、クリスマスシーズンの人形を映し出し、トム・パーカー大佐に自ら"snowman"であるなどと、「詐欺」も意味する"snow"を頻繁に口にさせる。また、エルヴィスが"King of Rock and Roll"と呼ばれることから、マーベル・コミックスのヒーローと思い込んでいた少年時代のエピソードを介して、"Rock of Eternity"に飛んでいきたいというエルヴィスの願望を表わしている。
夢と現実との交錯、3画面による映像、アニメーションの挿入などによってとりわけ前半は目まぐるしく展開する。

フランス映画『アマンダと僕(Amanda)』(2018)では、ファンに対してエルヴィス・プレスリーが既に会場を去ったことを告げるアナウンスが、シングルマザーとその幼い娘との会話に不意に登場する。英語"Elvis has left the building."の意味を、母親が娘に教えてやる。このやり取りが来たるべき出来事の予兆となっている。