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芸術鑑賞の備忘録

映画『1640日の家族』

映画『1640日の家族』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のフランス映画。
102分。
監督・脚本は、ファビアン・ゴルジュアール(Fabien Gorgeart)。
撮影は、ジュリアン・イルシュ(Julien Hirsch)。
美術は、ジュリア・ルメール(Julia Lemaire)。
衣装は、セリーヌ・ブレロー(Céline Brelaud)。
編集は、ダミアン・マエストラッジ(Damien Maestraggi)。
音楽は、ガブリエル・デ・フォレ(Gabriel des Forêts)。
原題は、"La Vraie Famille"。

 

アナ(Mélanie Thierry)とドリス(Lyès Salem)は、アドリアン(Idriss Laurentin-Khelifi)、ジュール(Basile Violette)、シモン(Gabriel Pavie)の3人の子を連れてプールにやって来た。パパ、夏休みはあと何日? シモンが尋ねる。そんなこと考えずに楽しもう。ドリスがシモンを肩車する。一家はウォータースライダー、流れるプール、小さな滝などを巡り、プールを満喫する。
バンガロー脇に置かれた屋外の卓球台。家族で囲んで次々とボールを打ち合う。子どもたちとともにアナも大いにはしゃいでいる。
滞在中のバンガロー。ヌール(Carima Amarouche)がアスレチックに連れて行ってくれるって。シモンはアナに訴える。まだ幼い彼もアドリアンやジュールらと一緒にアスレチックを楽しみたい。吊り橋を渡ったら目を回しちゃうでしょ。2人でプールに行ってアイスを食べよう。
バンガローの建ち並ぶ中にある小さなホールは、パーティーの飾り付けがされて、大勢で賑わっている。マキシム(Pascal Rénéric)が今日は7回目の結婚記念日だと皆に告げ、妻のヌールに感謝の言葉を伝える。マキシムは結婚式で見せてくれたダンスを披露してもらうとアナとドリスを紹介する。戸惑う2人だが、マキシムとヌールのために仲良く踊り始める。アナはダンサーになる夢を捨てて修士課程に進んだんだなどとマキシムが茶々を入れる。パーティーは盛り上がり、皆が音楽に合わせて思い思いに踊っている。シモンはドリスに肩車をしてもらって喜ぶ。
朝、アナはシモンを起こして朝食をとらせると、教会に向かった。アナは信徒席にシモンを残して礼拝堂の隅でヌールと電話でやり取りする。皆がアスレチックに出かけるところをシモンに見せるわけにはいかない。アナはシモンを連れてプールに行く。シモンは皆が来ないと気も漫ろ。アナは先住民の横泳ぎは音を立てないとシモンの気を逸らせようとする。横泳ぎは忍者が考えたの。アナはシモンとともにワニのように顔だけ出してプールを静かに進んでいく。
アナはシモンを連れて子ども社会支援センターに向かった。児童福祉司のナビラ(Florence Muller)のオフィスで、シモンを彼の実父である実父エディ(Félix Moati)に委ねる。エディは月に1度息子と会う機会を持っていた。シモンとともにナビラとの面談を終えたエディは、モールで新学期用の上着を買ってやるとシモンを連れて出かけていく。エディと入れ替わりにアナはナビラと面談する。シモンは泳いだり潜ったりできるようになったって嬉しそうに報告してくれたわ。シモンが賢く成長しているのはあなたのおかげね。ナビラは里親のアナに労いの言葉をかけると、次の段階に進むときが来たと本題に入る。エディがシモンを引き取ると申し出たのだと言う。エディが育児可能かどうかは判事(Dominique Blanc)の判断だが、妻を亡くした後のエディの努力を評価して、彼が父親になるのを支援したいとナビラは言う。だが1歳半から4年以上一緒に暮らして我が子同然のシモンがいなくなる生活をアナは想像できない。

 

アナ(Mélanie Thierry)とドリス(Lyès Salem)は、シモン(Gabriel Pavie)を1歳半のときに里子として引き取り、4年以上にわたって養育してきた。2人の実子アドリアン(Idriss Laurentin-Khelifi)とジュール(Basile Violette)もシモンを弟と思って暮らしている。アナは月に1度、シモンを実父のエディ(Félix Moati)に面会させていたが、ある日、シモンを担当する児童福祉司のナビラ(Florence Muller)からエディがシモンを引き取りたいと判事(Dominique Blanc)に申し出たことを知らされる。当面エディのシモンとの面会は毎週末に変更される。そんな中、年上のアドリアンはジュールと相部屋である一方、シモンが1人部屋なのが納得いかないと不満を爆発させる。里子には個室を与えるとの約束になっていた。窮余の一策としてアナが2人の部屋に壁を設置すると、今度は狭すぎるとアドリアンが文句を言う。やむをえずアナはジュールにアドリアンと部屋を交換してもらう。

(以下では、冒頭以外についても言及する。)

夏休み、アナの一家がプールや卓球で、あるいは友人夫婦の結婚記念日のパーティーではしゃぐ。一家「5人」の団欒を描く。幼いシモンがアスレチックに行くことができないこと、シモンだけアナに教会に通うことなどを通じて、シモンが異なる立場であることが徐々に示され、児童福祉司と実父エディの登場で、シモンが里子であることが明らかにされる。説明的な台詞や描写を極力配することは、里子のシモンが家族として溶け込んでいることがより鮮明に伝わる。
シモンが1人部屋を使うのに、アドリアンは年上の自分がジュールと相部屋なのを不満に思っている。シモンがいなくなるなら自分の個室が手に入ると思ってしまうアドリアンの子どもらしさ。そして、アドリアンとジュールの部屋に壁を作って分割すると、狭いと文句を言うアドリアンに対し、アナはシモンにアドリアンと場所を代わってもらう。結果、シモンとの間に壁ができることになる。それは、「里子」であるシモンと家族との間の境界線(ないし別離)の可視化となっている。
妻を亡くして息子を手放さなくてはならなかったエディは、父親としてどう振る舞うべきか分からない。モノを買い与えるなど、できる限り息子の望みを叶えることで、まずは自分に愛着をもってもらおうとだけする。楽しいことだけをするために、宿題はアナに任せようとする。アナとしてはそんなエディの態度は無責任に映る。
児童福祉司は少しでも多くの里子を支援したい。だが、里子との関係を深めた里親にとっては、里子が実親に引き取られたら、別の里子をとればいいとはならない。「正しい」理想を追い求める制度と、「家族」として生まれるこの子だからこそという感情との乖離が浮かび上がる。里子は実親のもとで「本来」的な家族の関係を取り戻すことは望ましいことではある。モールでシモンがエディとが楽しげに立ち去っていく姿を、ガラス壁面を隔てたアナの一家が静かに見詰める姿、さらにアナがその場を立ち去りつつ振り返らざるをえないラストシーンに凝縮している。
それぞれの立場・事情が腑に落ちるのは脚本や映像はもとより演技の賜である。出演者全てが素晴らしいが、子どもたち、とりわけシモンを演じたGabriel Pavieは表情で状況を如実に物語ってしまうのは恐ろしいほどだ。