可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 長嶺高文個展『布と箱と木と油』

展覧会『長嶺高文「布と箱と木と油」』を鑑賞しての備忘録
KOMAGOME1-14casにて、2022年8月17日~28日。

絵画5点で構成される、長嶺高文の個展。

《ギャラリー》は、正面の壁に5点、左側の壁に1点の絵画が飾られた展示空間を描いた作品。照明が落とされている展示室の壁面は青や緑などの寒色で彩られ、ピンスポットにより個々の作品が浮かび上がる。キャップを被った男性は、画面右手の離れた位置から、左側の壁面の開け放たれたドアを描いた作品を眺めている。彼の影は左側の壁にまで伸び、絵画の右側に大きな影法師を作る。その影の中に眼が明瞭に表わされているのが印象的だ。画面右手奥には背を向けた人物が絵画に向き合っている。展示室の中央には丸い鏡のよなものがおかれて、そこには椅子に腰掛ける人物が映る。とりどりの光に包まれたギャラリーを描いた作品を特徴付けるのは、画面手前の床に横たわる女性の腰と脹ら脛に手を掛けた男が歯を剥き出しにして彼女の左の太腿に齧り付いている姿である。展示室の鑑賞者2人はその状況に気付かずに、壁面の絵画を見詰めるばかりだ。キャップの男性の見ている絵画には、掌がドアを包み込むように描かれている。その画面の外には、手に続く長い長い腕のような光がギャラリーの壁面を伝って伸びている。開け放たれたドアの向こうに広がる光の世界は、スマートフォンの画面のメタファーであった。男に襲われる女性の惨劇が象徴する現実に目を向けることなく、スマートフォンに目を奪われている鑑賞者こそ、「よく似た人の群れ(gallery)」なのだ。

《アトリエ》は、人の背丈を超える角材8本で組み立てられた木枠にキャンヴァスを張る人たちの姿を描いた作品。画面の大部分は、色鮮やかな木枠と波打つキャンヴァスの裏地(?)が占めている。木枠を支える人、ビス打ち機やハンドタッカーを手にする人、脚榻に座ってキャンヴァスを張る人、落ちた釘を釘い集める人がいる(但し、眼鏡をかけた男性は同一人物で、異時同図法で表わされている可能性がある)。上段中央の木枠の中に顔が配された女性は、作業には似つかわしくないストライプのワンピースに身を包み、ハンドタッカーを手にした左手を伸ばす。ストライプの袖の横線により長い腕が強調されている。また、靡かせた虹色の髪によって示される動作の俊敏さが、木枠を支え持つ男性や、脚榻に座って作業する女性との静的なイメージとの対比で際立つ。画面左下で、木枠と骨とに挟まれた人物は、スポットライトを浴びた左手がヒクヒクと動き、その顔が血の気を失ったように緑で表わされる。彼の脇に置かれた電動丸鋸が、彼が頭部を失ってしまったことを暗示する。それは、彼の隣で地面に腰を降ろしにスマートフォンをいじる男性の姿から明らかだ。彼の顔が描かれない一方でスマートフォンの画面に彼の眼が映っているのは、彼が自らの頭脳とスマートフォンとを置換したことを示しているからだ。やはり頭部は切断されているのである。

《ドアノブを描き足して捻って閉じろ》の画面のほとんどは、黒い木目のような模様のある白いドアが占めている。そのドアが僅かに開かれていて、向こう側の灰色の空間が覗いている。ドアノブの位置には灰色の絵の具が、画面を擦って消したかのように描き入れられている。もはや開かれたドアが、電源の入ったスマートフォンを、ドアの向こう側がサイバースペースを示しているのは明らかだろう。スマートフォンの電源を落とし、目の前の現実に眼を向けろと、作者は訴えるのだ。