可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『スワンソング』

映画『スワンソング』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアメリカ映画。
105分。
監督・脚本は、トッド・スティーブンス(Todd Stephens)。
撮影は、ジャクソン・ワーナー・ルイス(Jackson Warner Lewis)。
美術は、カサンドラ・デアンジェリス(Kassandra DeAngelis)。
衣装は、ショーナ=ノバ・フォーリー(Shawna-Nova Foley)とキティ・ブーツ(Kitty Boots)。
編集は、スペンサー・シリー(Spencer Schilly)とサンティアゴ・フィゲイラ・W(Santiago Figueira W.)。
音楽は、クリス・スティーブンス(Chris Stephens)。
原題は、"Swan Song"。

 

歴史ある劇場のシャンデリアのかかる客席。照明の落とされた客席に人の姿はない。ステージの幕にスポットライトが当たるとともに、海藻の柄の白いシャツ、白いパンツ、白いファーを纏った男(Udo Kier)がこんばんわと言って姿を現わす。私はミスター・パット。戻ってきました。
パトリック・ピッツェンバーガー(Udo Kier)がベッドで目を覚ます。白とモスグリーンの壁。ベッドサイドにある小さなチェストにはランプがあり、室内にはテーブルやソファなども置かれている。それでもどこか無機質な空間。パットは洗面台で鏡を前に顔を拭く。灰色のスウェットのパンツと揃いのパーカーを身に付けていると、館内放送が流れる。皆さん、あと5分で昼食です。本日の特別メニューは、フルーツカクテルです。電源の入っていないテレビの黒い画面に、白いスニーカーを履くパットの姿が映る。部屋を出て、ドアサインを裏返す。部屋と同じモスグリーンの壁の廊下。パットが歩いていると、看護師からその調子で足を動かしてと声をかけられる。パットはすぐさま近くに置かれていた車椅子に乗る。食堂では食事を終えた入居者たちが外出、面会者、読んでいる本などを話題にしている。テーブルの端に座っていたパットは会話に加わらずナプキンをくすねると部屋に戻る。パットはいつものようにナプキンを1枚1枚丁寧に折り畳んでいく。ソファに横になっているといつしか眠りに落ちている。パットは公衆トイレの前で名前を呼ぶと、まだ生きてたのかと言ってユーニス(Ira Hawkins)が出てくる。そこで部屋にやって来たショーンデル(Roshon Thomas)に頭の位置について注意されて目が覚める。ショーンデルが枕の位置を直して出て行くとすぐさまパットは枕をずらす。分かってんだよ、売女とショーンデルは捨て台詞を吐いて行く。
次の日。パットは廊下にあった椅子を奥まで引き摺っていく。そこにはいつものように車椅子のガーティー(Annie Kitral)がいる。ガーティーは窓から外を眺めている。パットは2本の煙草に火を点けると、1本を身体を動かすことのできないガーティーに銜えさせてやる。パットはしばしガーティーとともに煙草を味わう。
翌朝。ショーンデルがパットの部屋にやって来る。シャンロックという人が面会に来たよ。弁護士だって。死んだって伝えた方がいい? シャンロック(Tom Bloom)が部屋に入ってくる。パトリック・ピッツェンバーガー! 久方ぶりだね。伝えなくてはならないことがある。私の顧客が亡くなったんです。失ってしまったんですよ、リタ・パーカー・スローンを。リタが遺書で葬儀でのヘアメイクとメイキャップをあなたに依頼しているんです。葬儀は明後日の11時から執り行われます。ランサムアンドサンズ葬儀場は明晩行って欲しいそうです。シャンロックがリタの大きな死亡記事の掲載された新聞をパットに渡す。その写真は1年前のものです。あなたなら同じ髪型を再現できるんじゃないですか? 枝毛も含めて? あなたはリタ・パーカー・スローンを町で一番の美女にしました。彼女は遺言を書き換えるべきだったんじゃない? 亡くなる1週間前に私は遺言の最終改訂に立ち会っています。リタはね、私を捨てたの。覚えてるでしょ? あなたたちが親友だったってことも覚えてますよ。長い間髪を触ってないの。当然のことながら、遺言に従って葬儀は執り行われます。リタは折り目正しく行われることを望んでいます。私は引退したのよ。水に流しましょうよ、パトリック。怨みを飲むのは良くないですよ。素晴らしい女性の最後の望みを叶えてやらないのですか? 出口はあちら。彼女をひどい髪で埋葬してやって。シャンロックは憤然と部屋を出て行く。
夜、パットは部屋で煙草を吸いながら、ナプキンを折る。だがイライラして紙をクシャクシャにしてしまう。パットはシャンロックが置いていった新聞を見る。カトリック教会が追悼集会を行うと記事にあった。パットは改めてリタの写真を見詰める。
翌朝、パットはベッドの下から埃塗れの丸い箱を取り出す。そこには思い出の品々が入っていた。古い写真を1枚ずつ手に取る。教会の前に立つ白い犬を抱いたデイヴィッド(Eric Eisenbrey)。パットは写真を仕舞うと箱をベッドの下に戻す。その晩、パットはデイヴィッドが思い出されて寝付けない。
翌日、パットの部屋を訪れたショーンデルが匂いに気が付く。ここで煙草を吸ってるの? パットは火の付いたままの煙草を口の中に隠したが耐えきれず吐き出してしまう。ショーンデルが落ち着いて呼吸するようパットに指示する。何回約束した? 煙草はどこにあるの? 当たりは付いてるんだけどね。ショーンデルは隠し場所になりそうなところを見て回り、1箱探し当てる。ちょっと躊躇った後、ショーンデルは箱を取り上げると、部屋を出て行く。すぐさまパットは部屋のそこら中を探し回る、出てくるのはこれまでに折った紙ナプキンの数々。それでも煙草が1箱残っているのを見付けることができた。パットはガーティーのところへ向かう。パットはガーティーの髪を触る。いつも綺麗な髪。パットはガーティーの髪をアップにしてやる。微笑むガーディー。美しい。出来映えに満足するパット。そのとき、車椅子から床に尿が滴るのに気が付く。心配しないで。綺麗にするから。パットはスタッフのもとへ行ってガーティーが粗相したことを告げる。
煙草を探そうとして紙ナプキンを散乱させた部屋に戻ったパットは、マットレスに挟んであった紙幣を取り出し、薬瓶などと一緒にウェストバッグに仕舞っていく。煙草の箱を持ったパットは部屋を抜け出し、階段を降り、出口へ向かう。慌てるパットは扉を開けることができない。通りすがりの老人に鍵は掛っていないと指摘され、パットはドアを開けて出て行く。その拍子に隠し持っていた煙草の箱を落としてしまう。
パットは1人畑の中を抜ける道を歩いて行く。

 

パトリック・ピッツェンバーガー(Udo Kier)はかつてオハイオ州サンダスキーで一番のヘアドレッサーとして活躍した。ところが優秀な弟子のディー・ディー・スローン(Jennifer Coolidge)が独立してパットの目の前に店舗を構えると、次々と彼の顧客を奪っていった。長年生活をともにしていた同性パートナーのデイヴィッド(Eric Eisenbrey)は裕福だったが、彼をエイズで亡くすと、彼の甥に生活の基盤を奪われたのみならず、親友のリタ・パーカー・スローン(Linda Evans)も病気を恐れて去ってしまった。パットは今、老人養護施設で孤独な生活を送っている。ある日、弁護士のシャンロック(Tom Bloom)が面会にやって来て、顧客だったリタが遺言で死化粧をパットに依頼していると告げる。蟠りを抱えるパットは依頼を断ってシャンロックを追い出す。だが、死期を覚っていたパットは、リタの葬儀を機に過去を清算しようと、施設を後にして久方ぶりにサンダスキーの町に舞い戻る。

(以下では、冒頭以外の内容についても触れる。)

パットが施設を出て長年生活していた町へ戻ると、町は変貌していて、彼は忘れられた時代遅れの存在となっている。だが洋品店のスー(Stephanie McVay)は、店を訪れた老人がパットであると気が付き、19歳の時、憧れだったパットの店で1度だけ髪をセットしてもらったことを嬉々として語った。旦那には新しい髪型を受け容れてもらえず、子育てもあってお金も無かったから、通い続けられなかったと吐露する。スーはパットのような人のためにとっておきの衣装があると、ライムグリーンのスーツを取り出してくる。パットが身に付けると、誂えたように似合う。パットは、ありがとう、スーと感謝する。何故名前を知っているのかとスーは驚く。すると、パットは、パーマをかけにきた際ドロシー・ハミルみたいにしようって提案したことや、妊娠して看護学校を中退してダニーという息子を育てていると聞いたと記憶を蘇らせてみせた。お互いに対する敬意が時を超えて示され、強められた瞬間だ。

(以下では、結末について触れる。)
スウェットから美麗なスーツに着替えても、パットの履き物は白いスニーカーのままだった。それはサンダスキーの町を歩いて徘徊するために必要だっただけではない。逡巡を重ねた挙げ句、パットはリタに死化粧を施す。そして、彼は柩に横たわるリタの履いていた靴を拝借する。リタの靴を履くこと(in her shoes)とは、リタの立場に立つこと(in her shoes)である。デイヴィッドが亡くなったときに彼女の立場だったらどう行動していたか、そして、死を迎えるにあたり彼女の立場だったら死化粧を自分に依頼したかにパットは思いを馳せたのだ。のみならず、自らも彼女と同じく死出の旅へと向かったのである。