展覧会『ライアン・ガンダー われらの時代のサイン』を鑑賞しての備忘録
東京オペラシティ アートギャラリーにて、2022年7月16日~9月19日。
ライアン・ガンダーの個展。
ギャラリー1の中央辺りの片側の壁、高さ4メートルくらいの位置に、ステンレス製の文字盤(わずかにズレて時を表わす線が二重になっている)のみのアナログ式時計2つが背中合わせに設置されている。《クロノス・カイロス、19.04》[33]という題名から、機械的な連続する時間(Chronos)と、それとは別の時間(Kairos)とを示す、時間の相対性が主題の作品であることが分かる。この時計のオブジェの前には、25個の黒い立方体が並ぶ(「ウェイティング・スカルプチャー」シリーズ[06-30])。それぞれには同じ白い光を放つ液晶パネルのインジケーターが設置され、1つ1つが別の時間を計時している。とりわけ「グレゴリオ歴の1分」である60秒を示す作品[19]はクロノスの表現であり、「作家好みのやわらかさに卵をゆでる時間」である258秒を計時するもの[14]は、カイロス的時間のクロノス的表現と言える。「イギリスで正規の外科医になるために要する時間」347126472秒[29]はざっと11年に相当するため、インジケーターが進んでいるように見えない。ギャラリー1の2個所には出番を待つ役者の等身大の彫刻が置かれている。座る女性[04]と立つ男性[34]は黒く光るグラファイト製でいずれも白い衣装を身に付け、展示室に溶け込んでいる。彫刻の周囲の白い壁にはグラファイトで擦った黒い跡が残り、「役者」たちが動いた形跡を演出している。それにより、彫刻が動いていないこと、すなわち時間の停止が強調される。展示室の天井の隅の黒い風船《摂氏マイナス267度 あらゆる種類の零下》[38]が実はファイバーグラス製の彫刻であるのは、浮き上がっているかに見える存在が動きの無い状態であること、すなわち時間の停止を訴えるものか(なお、摂氏マイナス267度はヘリウムの臨界点である)。「風船」が天井に浮かび上がっているのとは対照的に、巨大なステンレス製の彫刻《立体の均衡》[39]が落下したことを装って台座を破壊する形で設置されている。浮遊と落下という2つの運動の擬装は、どのような運動が起きたかを想起させることで時間の逆行を想起させる。すなわち鑑賞者に対して一種のタイムマシンとして機能することを期して作品が提示されている。それは、葉巻の吸殻を模した銀の彫刻[36]に《時間を逆行しながら過ごす》との題名が与えられていることからも間違いない。ギャラリー1に入口傍に設置された、ランダムに経緯度を表示する《あなたをどこかに連れて行ってくれる機械》[03]が鑑賞者に想像力で空間を超えさせるように、時間を超えさせるのだ。
ギャラリー1では「ハード・コンポジション」シリーズ[32,37]を始め鏡面加工の作品を用いて促された内省は、ギャラリー2では他者の眼によって強いられることになる。「壁に耳あり障子に目あり」よろしく、壁にアメリカン・コミックに登場するタイプのキャラクターの目[41-42]が設置され、鑑賞者を監視する。その壁の裏側の黒板に描かれた「美術・デザインの新しい学校」の図面[51]は、大小の円形のプランを持つパノプティコンであり、まさしく「ビッグ・ブラザー」の目である(なおかつ左右に2つ配することで漫画キャラクターの目[41-42]の相似となっている)。ガリレオ・ガリレイを描いた銅版画が立て掛けられているのは、「コペルニクス的転回」を介して、鑑賞者を見る存在から見られる存在へと反転を訴えるためであろう。だからこそギャラリー2では鏡は布(人造大理石製)で覆われてしまうのだ[72]。鏡を失い、自らのイメージを把握できない状況は、カタストロフだろうか。倒れる椅子[71]、崩壊する建物[43]、天体が象徴する世界[49]、そして言葉さえ失われてしまう[43, 53-69]。だがエントロピーの増大に抗するように、秩序を取り戻すことは可能である。例えば月(のイメージが象徴する世界)が崩壊しているなら[49]、パズルのようにピースを組み替えて満月を取り戻せば良い、作家は「解けない」クロスワード・パズル[45]に解を考案して見せること[44]で、米ドルが象徴する資本主義の世界が行き詰まるなら[48]、それとは異なる理路を案出すべきであると訴えるのだ。