映画『靴ひものロンド』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のイタリア・フランス合作映画。
100分。
監督は、ダニエレ・ルケッティ(Daniele Luchetti)。
原作は、ドメニコ・スタルノーネ(Domenico Starnone)の小説『靴ひも』。
脚本は、ドメニコ・スタルノーネ(Domenico Starnone)、フランチェスコ・ピッコロ(Francesco Piccolo)、ダニエレ・ルケッティ(Daniele Luchetti)。
撮影は、イバン・カサルグランディ(Ivan Casalgrandi)。
美術は、アンドレア・カストリーナ(Andrea Castorina)。
衣装は、マッシモ・カンティーニ・パリーニ(Massimo Cantini Parrini)。
編集は、ダニエレ・ルケッティ(Daniele Luchetti)とアエル・ダリエ・ベガ(Aël Dallier Vega)。
原題は、"Lacci"。
レトキスに合わせてジェンカを踊る人たち。大人も子供も前の人の肩に手を置いて、脚を左に右に前へ後ろへと同じ動作を繰り返す。ヴァンダ(Alba Rohrwacher)はにこやかに踊るが、その後ろにいるアルド(Luigi Lo Cascio)は浮かない表情。頬紅を塗って赤いマントを着けた娘のアンナ(Giulia De Luca)は他の少女と踊っている。ヴァンダはピエロの扮装をした息子のサンドロ(Joshua Francesco Louis Cerciello)を抱き上げる。
1980年代初頭。ナポリ。石畳の道を歩いて一家4人が帰宅する。
アルドが子供たちを風呂に入れている。常に本当のことを話さないと。学校じゃ正直に話すわ。家でもそうすべきだよ。お前は綺麗な髪をしている。とても長い。分かってるわ。ポニーテールにしたらいい。ポニーテールは好きじゃないの。僕は好きだけどな。僕のためにポニーテールにしてよ、似合うよ。ヘアバンドで綺麗になるわ。小さい頃ポニーテールで可愛かった。私の髪、もっと長かったよ。十分長いじゃないか。短すぎる。気に入らないの。ヴァンダが浴室にやって来る。もう十分、上がりなさい。まだ濯いでないんだ。30分も入ってるのよ。ヴァンダが子供たちの体を拭く。アルドはサンドイッチを作ろうと言って浴室を出て行く。
居間のカウチに4人が座り、ライオンのドキュメンタリー番組を見ている。仔ライオンが遊ぶとき、触覚、嗅覚、聴覚により家族の結び付きを強め、生涯を通じて安定した信頼、尊敬、愛情を培います。子供たちが空腹になるとすぐに雌ライオンが狩りに出かけなくてはなりません。
子供部屋でアルドが眠りにつく子供たちのために読み聞かせをしている。バルレッタの3人の子供たちが田舎を歩いていて、美しく滑らかな茶色い小道にやって来ました。何だろうと年上の子が尋ねました。木じゃないねと真ん中の子が言いました。石炭でもないやと年下の子が言いました。3人は調べてみようと跪いて地面を舐めました。チョコレートでした。チョコレートでできた道だったのです。パパのその話し方、大好き。どんな風だい? 素敵なの、王子様みたい。ラジオでの話し方だよ。何でパパの放送が聞こえないの? 学校にいる時間に放送されているからだよ。放送時間をずらせたらね。そうしたらパパはもっとローマにいることになる? いや、同じさ。変わらないよ。
台所にアルドがやって来る。子供たちは眠った? 疲れてたからね。あれは何。テーブルの上に置かれた俎板に包丁が置かれたままだった。忘れてた。子供たちが触れていたらどうするんだ? 喚く前に片付けたらいいのに。自分の目で確認してもらいたかったんだよ。違うでしょ、ただ説教したいだけ。ヴァンダ、どうしたの? なんでそんな言い方するんだ? 私がどうかしてるって? あなたこそどうかしてるでしょ。2人はテーブルに付いて向かい合う。何なの? 別の女性と関係を持った。別の女性と関係を持ったんだ。不倫してるってこと? 分からない。何で私に話すの? 何故僕が君に話すのかって? なぜしたの? ただそうなったってだけだよ。どれくらい続いているの? 相手は誰なの? 馬鹿げてる。馬鹿げてなんてない。誰と何て聞くのは馬鹿げてる。何で話したの? 別の女性と関係を持ったと言ったんだ。それだけだよ。良くないことは分かってるさ。だけど話したかった。何で私に話すの? 隠したくなかったからだよ。何の意味も無いなら話す前によく考えるべきだったのよ。だけどあなたは私に話した。僕はどうすればいい? 教えてくれよ。許してくれる? あなたが謝って私が許すって? 僕は伝えるべきだって思ったんだ。恋に落ちたのね。僕は混乱してるんだ、的外れな質問は止めて助けてくれ。不貞不貞しい態度は止めて。滅茶苦茶しておいて馬鹿な質問は止めろなんて言うのね。ヴァンダが席を立つ。アルドがヴァンダに近づき抱き寄せてキスしようとする。止めて! どんな感じだった? 良かった? 卑猥だった? 興奮した? 教えてよ。止めろ! どこでやったの? 馬鹿騒ぎしないで一旦合理的に考えてみてよ。出てって。出て行かないなら私が出て行く。出て行って欲しいの。私には1人になる権利があるわ。アルドが出て行く。ヴァンダが窓から見下ろすと、赤い車に凭りかかるアルドの姿があった。だが再びヴァンダが通りを眺めたときには、既にアルドの姿は無かった。
ローマのラジオ局でアナウンサーをしているアルド(Luigi Lo Cascio)は、同僚のアナウンサーであるリディア(Linda Caridi)と不倫していた。ある晩、ナポリの自宅で、アルドは娘のアンナ(Giulia De Luca)と息子のサンドロ(Joshua Francesco Louis Cerciello)を風呂に入れていて、娘に真実を語らなければならないと諭す。子供たちを寝かせた後、アルドは妻のヴァンダ(Alba Rohrwacher)に不倫していると告白する。遊びなら黙っていたはずだとヴァンダはアルドを家から追い出す。アルドはローマでリディアと生活をともにし、ナポリの家に戻って来ない。痺れを切らしたヴァンダがローマの放送局にアルドを尋ね、結婚の誓いを思い出させようとするが、アルドは翻意しない。その後子供たちに会いに久しぶりに自宅に戻ったアルドをヴァンダが詰ることで、アルドがヴァンダとの関係を修復する見込みはほぼ失われてしまった。子供たちを連れてローマに行ったヴァンダは、アルドとリディアを待ち伏せ、手を挙げる。アルドとの関係が改善されるどころか離婚が決定的になっただけでなく、アンナとサンドロを激しく動揺させる結果に終わった。離婚の調停では、ヴァンダの単独親権の主張にアルドは異議を申し立てることはなかった。
(以下では、冒頭以外の内容についても触れる。)
原題の"Lacci"は、「紐」であり「絆」であり「罠」である。靴紐は「絆」を再確認させる「罠」として登場することになる。邦題では原題には無い「ロンド」が加えられているが、ロンド(rondo)がイタリア語であることからイタリア映画を連想させることに加え、劇中で同じセリフが意図的に繰り返される演出を、同じ旋律が繰り返されるロンド形式に擬えたものであろう。
アルドは不倫の事実を告白することで自らの罪悪感を払拭するとともに、正直な自分を受け入れることをヴァンダに求める。ヴァンダはアルドのそのような不誠実な振る舞いを許容しない。アルドは逃走する。
ヴァンダは、結婚の誓いにより、アルドと添い遂げることが至上命題と考えている。子供たちには両親の存在が必要だという信念は揺るがない。そのようなヴァンダの家庭は、アルドに牢獄の息苦しさを感じさせる。子供たちも、円満な家庭を築けないことに対するストレスからヒステリックになっていく母親に縛り付けられることになる。
ヴァンダはラジオを路上に投げ捨てるなど墜落――ラテン語のlabes(lābēs)――のイメージと結び付けられる。ヴァンダはlabesを通じて、家族という桎梏から逃れようとしていた。だがその目論見は失敗する。
アルドがリディアからプレゼントされた「開かない箱」は、アルドの家庭を象徴する。空虚な家庭の真実がこじ開けられることになる。