映画『もっと超越した所へ。』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本映画。
119分。
監督は、山岸聖太。
原作は、月刊「根本宗子」(脚本・演出:根本宗子)の舞台『もっと超越した所へ。』
脚本は、根本宗子。
撮影は、ナカムラユーキ。
照明は、田中心樹。
録音は、伊豆田廉明。
美術は、倉本愛子。
装飾は、龍田哲児。
スタイリストは、纐纈春樹。
ヘアメイクは、菊地弥生。
編集は、李英美。
音楽は、王舟。
すっきり整頓されたキッチン。櫻井鈴(趣里)が米をガラスの瓶に移す。
スーパーの精肉コーナー。マフラーを巻き冬物を着込んだ岡崎真知子(前田敦子)が商品を吟味している。パックを1つを手に取るが戻し、別の1つをカゴに入れる。
物で溢れかえる乱雑な部屋。ベッドでアイマスクをして眠る安西美和(伊藤万理華)。枕元のピンクの毛に覆われたスマートフォンが鳴る。
ソープランドの個室。ランジェリーに身を包んだ北川七瀬(黒川芽以)が鞄からラップに包んだおにぎりを取り出して口にする。スマートフォンに着信がある。北川です。今日遅れちゃいそうです。
真知子は米コーナーで並べられた米を選んでいる。
鈴は米をザルに入れて洗っている。
美和はアイマスクを取り外すがまだ起きられない。
部屋の電話が鳴る。七瀬に指名が入った。
真知子が5キロのゆめぴりかの袋を持ってみる。実家で飼っている犬と同じだと思う。
鈴が米を炊くために鍋に入れる。
真知子がレジの店員からあきたこまちを入れる袋を二重にするか尋ねられる。プラス3円かかります。プラス3円?
美和は真空パックのご飯をレンジで温め、そこに納豆を載せる。
鈴が鍋を火に掛け、キッチンタイマーをセットする。
真知子が家に向かう途中、レジ袋の底が抜けて、買った物が散乱してしまう。
台所の流し台には洗い物が放置されたまま。ただいまーッ! 万城目泰造(オカモトレイジ)が戻ってくると、寝ている美和のところに直行。万城目泰造のお帰りだよーッ! そんな起こし方する人いないと笑う美和。俺はオリジナルだからと得意気な泰造。寒い寒いと美和から毛布を奪い取ろうとしてベッドに潜り込む。泰造がオマエあったかいなと抱きつく。喜ぶ美和。ギャルなのがお前のいいところなんだからと寝起きの美和にメイクを急かす。泰三がくしゃみをする。花粉症だ。早くない? オレくらいになると花粉が早く来るんだよ。オレが先に顔洗ってくる。
レジ袋が破れて途方に暮れる真知子に朝井怜人(菊池風磨)から連絡が入る。
七瀬が香水を付けて常連の飯島慎太郎(三浦貴大)を迎え入れる。さっきまで撮影だったからさ。役者ってこんな時も働いてるんだ。フーゾクも働いているだろ。何の撮影? 若手監督の映画。何も分かってないからオレが仕切ってやった。映画監督はよく分かんない。岩井俊二じゃないよね? 映像がポヤポヤしてて自分の目が悪くなったんじゃないかって思っちゃう。岩井俊二は演出も天才だからね。バカには分かんないよ。服を脱いで慎太郎がシャワーを浴びに行く。
テレビ、いつまで正月番組やるんだよ。泰造が嘆く。『ごっつええ感じ』のDVDあるよ、と美和。ちょっと納豆取って。納豆は100回混ぜないとね。泰造が納豆を必死に混ぜる。
真知子が待っているところへ、ギターを背負った怜人が現われる。びっくりしたよ急にツイキャスで話しかけられて。怜人が真知子の抱えている米を持つ。家はどっち? 怜人に促され、真知子は自宅へ向かって歩き出す。
服飾デザイナーの岡崎真知子(前田敦子)は買い物帰り、米の入ったレジ袋が破けてしまう。そこへ中学時代の同級生・朝井怜人(菊池風磨)から着信があった。音楽活動をしている怜人のファン向けのライヴ配信に真知子がメッセージを送ったのをきっかけに、真知子を心配した怜人が連絡をくれたのだった。怜人は真知子に会いに来ると、真知子の抱える重い荷物を受け取り、家はどちらかと尋ねた。真知子が家に迎え入れると、怜人はすぐさま真知子に休もうと促す。
フリーターの安西美和(伊藤万理華)は、口先だけで頼りないが明るい性格の、やはりフリーターをしている万城目泰造(オカモトレイジ)との生活に満足している。ところが美和が体調を崩し吐き気を訴えると、泰造はそわそわし始める。
ソープ嬢の北川七瀬(黒川芽以)は、いつも指名してくれる飯島慎太郎(三浦貴大)が気になっている。慎太郎は役者の話をするがどんな作品に出ているのかは教えてくれない。それでも慎太郎は自分が一番面白い役者だと七瀬に言わせて絶頂を迎えるのが常だった。七瀬は自分の「セリフ」がリアリティーを持つように慎太郎の出演作品を見ることにする。
子役から芸能活動を続けている櫻井鈴(趣里)は、ホモセクシャルの星川富(千葉雄大)を部屋に住まわせている。鈴は同棲するうちに富に恋愛感情を抱いてしまった。富は出会い系アプリで知り合った男性との関係を鈴に報告し、愚痴る。鈴の気持ちに気付いていながら。
朝井怜人が岡崎真知子の家に居着いてしまう過程を、買い物帰りに重い米を入れたレジ袋が破けて途方に暮れる真知子のもとにタイミングよく現われ、荷物を受け取り、家に運び、SNSで取り乱していた真知子を慰めたいと関係を持つまでをシームレスに表現する。菊池風磨が怜人の鮮やかな手練に説得力を持たせ、前田敦子が隙のある真知子でしっかりと怜人を受けている。
万城目泰造はいい加減だけれどとにかく明るい。その明るさが安西美和の救いになっている。ところが美和が体調を崩し、泰造の明るさを何よりも求めているときに、泰三は逃げ腰になってしまう。伊藤万理華が芯のあるギャルを、オカモトレイジが芸人のようなキャラクターを好演している。
飯島慎太郎は子役として脚光を浴び、その栄光に基づくプライドが邪魔をして泣かず飛ばすの役者となっている。北川七瀬は大切な常連客である慎太郎のために、イク演技に真実味を持たせようと、慎太郎の作品を研究する。客の俳優よりもソープ嬢が演技に真剣に取り組むというあべこべの状況(?)を描くことで、慎太郎の腐れっぷりを浮き彫りにする。黒川芽以が気っ風の良さを見せるソープ嬢を体現し、慎太郎ならずとも指名したくなる。三浦貴大は風俗嬢を馬鹿にしながらもその魅力に囚われたクズになりきっている。
櫻井鈴は、ホモセクシャルであることを知って星川富を受け容れたが、次第に彼に対する恋愛感情を抑えきれなくなっていく。富が自分の愛情を受け容れてくれたと思わせる行動に出たとき富にキスするが、激しく拒絶されてしまう。鈴の受けた悲痛を趣里が観客に実感させる。鈴を翻弄するコケティッシュな富の千葉雄大も素晴らしい。
冒頭では米を用いて4人の女性の性格を表現する。米の買い方から慎重でも優柔不断でもありつつどこか抜けている真知子を、真空パックのご飯の上に納豆をそのまま載せて食べるところから大雑把で豪快な美和を、仕事の合間に自分で拵えたおにぎりでさっと食事を済ますところからシングルマザーとして倹しく暮らす七瀬を、ヌカの匂いを吸収させないよう手際よく米を洗い、炊飯器ではなく鍋で米を炊くところから何事にも本格的に挑もうとする鈴を、という具合。
端的に、女性の包容力が描かれた作品と言えよう。
物語の接続と転調も見事。