可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『アフター・ヤン』

映画『アフター・ヤン』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のアメリカ映画。
96分。
監督・脚本・編集は、コゴナダ(Kogonada)。
原作は、アレクサンダー・ワインスタイン(Alexander Weinstein)の小説"Saying Goodbye to Yang"。
撮影は、ベンジャミン・ローブ(Benjamin Loeb)。
美術は、アレクサンドラ・シャラー(Alexandra Schaller)。
衣装は、アージュン・バーシン(Arjun Bhasin)。
音楽は、アスカ・マツミヤ(Aska Matsumiya)。
原題は、"After Yang"。

 

森の中の開けた場所。ジェイク(Colin Farrell)とカイラ(Jodie Turner-Smith)、娘のミカ(Malea Emma Tjandrawidjaja)が草地に並んで立っている。家族写真を撮影するのだ。こっちこっち。カメラを操作するヤン(Justin H. Min)を呼ぶ。ちょっと待って下さい。一緒に写るんだよ。そうします。何してるの? 来てよ、哥哥[お兄ちゃん]。ヤンが3人の隣に駆け寄る。
薄暗い茶葉専門店。棚には茶葉を入れた瓶が並んでいる。ジェイクが年配の女性の接客に当たる。イエロー・エクィノクス。新しいブレンドですか? そう思いますけど。近いものはお作りできると思いますが。茶葉の種類をご存じですか? まさか。こんな茶葉の浮いているお茶じゃありませんよ。結晶茶が欲しいんです。すいません、結晶のものは取り合っておりません。結晶を扱わずに茶屋を名乗るなんてありえないわ。イライラする。近いブレンドのものを作らせて頂けないでしょうか? いいえ、結構。行かなきゃ。お越し頂きありがとうございました。ジェイクの淹れた茶。円筒形の硝子のポットの中で茶葉が循環している。
自宅。キッチンに立ち食事の用意をするミカとカイラ。パパはいつ戻ってくるの? もうすぐ。パパはいっつも遅い。私も遅くなるときがあるでしょ。私もこれから数週間忙しくなるの。分かってるよ。でも、ヤンがいるもん。パパもいるわ。パパに辛く当たらないでね。閉店間際にお客さんが殺到したって。パパにとってはいい話よ。お客さんが必要だったから。
4人で夕食を取っている。美味しかったわ。あなた、コチュジャンのソースは気に入った? 気に入ったよ。私が作ったの。そうだってね。ミカが初めて作ったのよ。材料をボウルに入れて混ぜたのかい? そう。美味しい? 素晴らしかったよ、妹妹[ミカちゃん]。どうも。次はね、ニンジンを美人切りにするつもり。微塵切りでしょ。
食後、ミカはヤンを相手にヴァイオリンを演奏して聞かせる。その間、カイラがジェイクと話し合っている。ミカはあっという間に大きくなってるわ。いつも忙しいのは何故かって常に聞いてくるの。分かってるのよ。ヤンが……。分かってないさ。後悔はしたくないの。もっと時間を作るよ。約束する。
黒いコスチュームを身に付けた4人が部屋に集まり、音楽に合わせて踊り出す。ようこそ、月例ダンス大会、4人家族の部へ。今宵は3万を超える家族が参加しています。用意はいいですか? 息を合わせて。正確性の得点が加算されました。飛行機の動き。戦いの時間です。レヴェル1が終了。3000家族が脱落しました。同期でボーナスポイントですヒッチハイカーのポーズ。爆薬を集めて、爆破! 笑って下さい。家族写真の時間です。地震で揺れます。竜巻で回転します。レヴェル2が終了。9000家族が脱落しました。終了です。誰のせいで脱落したのか避難し合う一家。それでもこれまでで一番長く参加できたと喜ぶ。1人踊り続けるヤンを止める。
中庭に面したリヴィング・リームのソファで、ヤンの肩にもたれてミカが眠っている。
リヴィング・ダイニングのテーブルの上には動かなくなったヤンが置かれている。保証期間が3年あるけど、業者から回答がないんだ。ジェイクがカイラに説明する。訪ねることはできない? ああ、そうするつもりだけど、まだ店があるかどうかも分からない。検索しても見当たらないんだ。ブラザーズ&シスターズ社に連絡は? 製造元から直接購入してないから。保証してくれないの? いや、保証はセカンド・シブリングス社のものなんだ。新品で買うべきだって言ったのに。ヤンは新品だったよ。ほぼね。認定整備済製品だから。5日間しか使用されてなかったしね。僕らが救ったんだ。でも今は……。気にしないで、ヤンを直してもらおう。そうね。あなたがミカを学校に連れてってね。ミカ、おいで、行かなきゃ! ミカはベッドから出てこない。そこへ隣人のジョージ(Clifton Collins Jr.)が訪ねてくる。テーブルの上のヤンに気が付く。ヤンはどうしたんだ? ああ、分からない。ヤンは昨晩動かなくなった。再起動しないんだ。以前にも同じことは? ない。技術者は? ヤンはまだ保証期間内だ。俺ならブラザーズ&シスターズには連れてかないけどな。リサイクルして新製品に取り替えちまうから。分かるだろ。ブラザーズ&シスターズに連れて行くつもりはないんだ。別の会社の保証書だから。直接買わなかったのか? 買わなかった、ヤンは認定品だから。もうミカを学校に連れて行かないと。ミカはまだいるのか? ヤンが完全に動かなくなったのを見たのか? びっくりするぜ。そうだな。いいか、ウッドベリーに技術者がいる。足を運ぶ価値はあるぜ。情報をやるよ。いや、クイック・フィックスに連れて行こうと、直せるかどうか。間抜けが行くところだぜ。そんなところやめとけ。ウッドベリーの奴なら3分の1の費用で何とかしてくれるさ。ラス(Ritchie Coster)に俺が行かせたって伝えてくれ。わかった。行かないと。助かったよ。ジョージが立ち去り、ジェイクがミカを呼ぶ。もう出ないと。学校に行きたくないヤンと一緒にいたい。行かないと、ヤンの状況は悪くなるんだ。どういうこと? 腐食が始まるから。何なの? さあ、行こう。

 

中国式の茶に深く魅入られ伝統的な茶葉専門店を営むジェイク(Colin Farrell)は、妻のカイラ(Jodie Turner-Smith)、幼女のミカ(Malea Emma Tjandrawidjaja)、ミカが兄と慕うアンドロイドのヤン(Justin H. Min)と仲睦まじく質素に暮らしていた。ある日ヤンが動かなくなり、ミカは塞ぎ込んで学校にも行こうとしない。ジェイクはミカとともにヤンを購入した認定再販業者セカンド・シブリングス社の店舗に向かう。まだ保証期間内だったが、店のある場所は観賞魚の専門店になっていた。ジェイクは隣人のジョージ(Clifton Collins Jr.)から紹介されたラス(Ritchie Coster)という修理工の工房を訪ねる。

どこか新しさを感じさせる衣装や内装を配しつつ、わずかな動作の違いや言葉の繰り返しなどを用いてアンドロイドのいる世界を作り上げる。とりわけ、運転席の無い自動車、サングラスとしてのヘッドギア、装置を介在させない映像通信など、画面に特段新規なものを映さないことでかえって近未来を描き出してしまう発想が秀逸。
テクノロジーが生命や記憶を変容させていく中で、それでも家族というまとまりがありうるのかと問いかける。例えば、古代中国で始まった接ぎ木の技術は、豊かな実りある生命の誕生を可能にしたように、テクノロジーは常に人間とともにあり、生活を変容させてきた。これからも新しい技術を受け容れながら、人間の営みは続くのだと静かに訴えている。
接ぎ木のみならず、樹木ないし森のイメージが、通奏低音となっている。とりわけアンドロイドとは樹木であるとの表現が素晴らしい。人間よりも長く生きる木々は、人間より長い間、世界を見詰め、その記憶を宿している。古木や巨樹が呼び起こす感情を、アンドロイドのメモリー(記憶装置)を通して表現しているのだ。
ジェイクが心を奪われた中国茶の魅力のみならず、接ぎ木の話題や、桑田変じて滄海となるを表現する観賞魚店、老子の思想を呼び起こす蝶の標本など、ヤンを通して描かれる中国に纏わるエピソードの示し方が印象に残る。