可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ノベンバー』

映画『ノベンバー』を鑑賞しての備忘録
2017年製作のポーランド・オランダ・エストニア合作映画。
115分。
監督・脚本は、ライナー・サルネ(Rainer Sarnet)。
原作は、アンドルス・キヴィラフク(Andrus Kivirähk)の小説"Rehepapp ehk November"。
撮影は、マート・タニエル(Mart Taniel)。
美術は、ヤーグ・ルーメット(Jaagup Roomet)とマティス・マエストゥ(Matis Mäesalu)。
編集は、ヤロスラフ・カミンスキー(Jarosław Kamiński)。
音楽は、ミハウ・ヤツァシェク(Michal Jacaszek)。
原題は、"November"。

 

氷が張った小さな湖。オオカミが氷の上を駆け抜けて渡り、雪で覆われた地面に背中を擦りつけると、森の中へ消えていく。
家の中でリーナ(Rea Lest)が眠っている。
農具の柄を組み併せた3つの脚の先にそれぞれ鎌を取り付け、3つの脚の交点に獣の頭蓋骨を取り付けた姿のクラットが、3つの脚を交互に地面に引っかけて回転しながら移動する。向かったのは1頭の仔牛のいる畜舎。扉をこじ開けたクラットは仔牛の首に鎖を巻き付け、畜舎から引っ張り出す。クラットはプロペラのように脚を回転させると、仔牛を吊り上げて低空飛行で輸送する。樹にぶつかり仔牛を落とすと、レイン(Arvo Kukumägi)が家から出て来て仔牛を見付け喜ぶ。仔牛を連れて行こうとするレインをクラットが壁に追い込む。リーナとヤーン(Meelis Rämmeld)が顔を出す。仕事をよこせ。クラットが墨のようなものをレインに吹き付ける。それならパンで梯子でも作れ。どうしたの? さてな。雨にでも打たれたか。ましな道具で拵えたんだがな。リーナが仔牛を建物に入れる。クラットは早速、パンで梯子を作ろうとして混乱して爆発。火の付いた棒きれを跳ね飛ばす。リーナが木々を背景に火が散るのを見て、クリスマス・ツリーのようだと喜ぶ。
レインが寝ているリーナとヤーンを起こす。死者の日だ。サウナを温めて食事の用意をしろ。ヤーンはサウナに向かう。ケダモノに食事と風呂を振る舞うんだ。ケダモノじゃない。ママとお祖父さんでしょ。よくそんな風に言えるね。綺麗事を並べる必要があるか。死人は文句など言えん。人間じゃないものをケダモノと呼んで何が悪い。リーナは鶏の羽を取る。俺の祖母さんが小さかった時分に死者が何をしてるか知りたくてサウナに忍び込んだ。何を見たと思う? 人くらい大きな鶏がヴィヒタを使ってたんだ。鶏はケダモノだろ?
レインはサウナに向かうと眠っているヤーンに水をかけて起こす。村中暖めるつもりか?
リーナは皆がいない隙に床板を外し、中から箱を取り出す。レインが戻ってくる前に慌てて中にあった指輪を取り出す。
男爵(Dieter Laser)の屋敷。男爵がテーブルに着いている。インツ(Taavi Eelmaa)とルイゼ(Katariina Unt)が長いテーブルに皿をセットしている。
男爵夫人(Aksella Liimets)が眠る部屋。ルイゼがサイドテーブルに飲み物を置くと、男爵夫人が起きないようにこっそり衣装箱を開け、持参した籠に衣類を入れる。裏口から裏門へ向かったルイゼは申し合わせていたリーナと会う。何があるの? 慌てるなって。ルイゼは籠の中からドレスを取り出して広げる。素敵。気に入ったかい。男爵夫人のもんだよ。最後の一着さ。衣装箱を漁ってもう何も残ってない。全部私のもんさ。寝たきりで寝間着もない。可哀想だから私のを1着やったよ。もともと男爵夫人のもんでしょ。昔のことなんてどうでもいい。リーナが触れていたドレスを取り上げてしまう。何と交換してくれるの? 素晴らしく高価なもんだからねえ。リーナは指輪を差し出す。あんたの銀のブローチはどうしたんだい? あれとなら交換してやる。こんなもんじゃ、切れ端だけだよ。ルイゼはドレスを引き裂き、リーナの顔に捲いて立ち去る。
家に戻ったリーナは切れ端をスカーフのように頭に捲く。
夜。リーナが灯りを持って森の中の墓地へ向かう。既に墓地には村人たちがそれぞれの墓の前に集っている。着飾ったリーゼを見たインビ(Ene Pappel)が非難するのを、アルニ(Ernst Lillemets)が綺麗じゃないかと庇う。綺麗だからって腹の足しにはならないからね。リーナはハンス(Jörgen Liik)に気付き、見とれる。ハンスがリーナに気が付くと、リーナは自分の墓に灯りを置いて立ち去る。森の中の道に白い煙が立ち籠め、白い衣装を身に纏った行列がゆっくりと歩いてくる。先祖の霊が帰ってきたのだ。ハンスがリーナの元にやって来て、リーナの母親の霊が柳の木の傍にいると告げる。ハンスの言う場所にリーナの母親の霊(Mari Abel)が見えた。ママを探してるって何で分かるの? 僕の母もここに眠ってるからさ。リーナが母親の霊に見とれていると、レインが先祖の霊がお出ましだと、先祖の霊(Ilmar Meos、Aare Lutsar)とリーナを伴って家に向かう。ハンスの母の霊(Aire Koop)はハンスにリーナは美人になったと呟く。そうだねとハンスが笑う。

 

エストニアの寒村。リーナ(Rea Lest)はハンス(Jörgen Liik)に恋しているが、ハンスは教会で目撃した令嬢(Jette Loona Hermanis)に一目惚れしてしまう。彼女は村を領有するドイツ人男爵(Dieter Laser)の娘で、ドイツから呼び寄せられたのだ。夜な夜な男爵の館に向かい、窓辺に映る令嬢の影に見惚れているハンスを、オオカミに姿を変えたリーナが目撃していた。リーナはハンスの心を自分に振り向かせる方法を教えてもらおうと魔女(Klara Eighorn)に頼る。一方、リーナの父親レイン(Arvo Kukumägi)は酒を奢ってくれるエンデル(Sepa Tom)に娘をやることを約束してしまう。

領主や霊や悪魔と遣り合う抜け目のない村人たちの逞しくも卑しい生活を背景に、リーナとハンスの報われない恋物語を、モノクロームの画面が美しく描き出す優品。とりわけリーナのRea Lest、男爵令嬢のJette Loona Hermanis、ハンスのJörgen Liikの美しさが物語を引っ張る。
冒頭、悪魔の助けを借りて霊「クラット」を吹き込まれた古道具のロボットのようなキャラクターが登場する。危なっかしく滑稽なポンコツな「クラット」は、愚かしい人間の似姿でもある。この「クラット」によって、先祖の霊や悪魔、魔女などと人間との共存がすんなりと受け容れられる。
悪魔や魔女に関心のある向きに特にお薦めしたい。「クラット」はゴーレムのような亜人に通じるが、悪魔の能力にこのようなものがあるとは知らなかった。
疫病の描き方も面白い。美しい女性(Heino Paljak)の姿をとったり、ヤギの姿で現われたりする。サンデル(Heino Kalm)が授ける、疫病から身を躱す方法も面白い。
水の循環をメタファーとする悲恋物語は、フリードリヒ・フーケ(Friedrich Fouqué)の描く『水の精 ウンディーネ(Undine)』に通じるものがある。