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芸術鑑賞の備忘録

映画『パラレル・マザーズ』

映画『パラレル・マザーズ』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のスペイン・フランス合作映画。
123分。
監督・脚本は、ペドロ・アルモドバル(Pedro Almodóvar)。
撮影は、ホセ・ルイス・アルカイネ(José Luis Alcaine Escaño)。
美術は、アンチョン・ゴメス(Antxón Gómez)。
衣装は、パオラ・トレス(Paola Torres)。
編集は、テレサ・フォント(Teresa Font)。
音楽は、アルベルト・イグレシアス(Alberto Iglesias)。
原題は、"Madres paralelas"。

 

2016年冬。マドリード。撮影スタジオ。数名のスタッフとともに写真家のジャニス・マルティネス・モレノ(Penélope Cruz)が肖像写真の撮影を行っている。モデルは黒い革のジャケットを羽織ったアルトゥーロ(Israel Elejalde)。横から私の方に向いて。ジャニスの指示に従い、アルトゥーロは馴れないポーズを取る。テーブルに腕を載せて。私を見て。レンズを…。休憩となり、アルトゥーロから手渡された珈琲を飲むジャニス。スタッフが小道具の頭蓋骨についてジャニスに確認する。アルトゥーロがジャニスに尋ねる。頭蓋骨? ハムレットみたいな肖像を求められたの、やりすぎだと思ったけど。法人類学者だから頭蓋骨っていうのは……避けた方がいいわね。編集者から何か聞きたいことがあるって言われたけど。時間があるなら、撮影の後で話しません? 構わないよ。
撮影後、ジャニスはアルトゥーロとともに街を歩く。集団墓地の発掘について聞きたくて。そうですか、どのようなこと? 故郷の村に10人の遺体を納めた墓があって、そこに私の曾祖父も眠ってるの。歴史記憶法が出来たけど、担当判事は適用を認めなくて。助成金も出なくなってしまって。ラホイ首相なんて歴史記憶に一切国費を投入していないって自慢してたくらいだから。そのインタヴューなら読んだよ。だからあなたにアドヴァイスをもらいたかったの。どこに埋められているか分かってるのかな? ええ。故郷の人たちみんなが知ってるわ、だから無傷。祖母はメモを残してくれてるし。
ジャニスの家。書斎でジャニスはPCのディスプレイに農地を表示してアルトゥーロに見せている。ここに埋められてるわ。曾祖父は戦争が始まるとすぐに連行されたの。ジャニスは男性の写真を表示する。彼はファランヘ党員に埋められた犠牲者の1人。彼は死んだと思われて遺棄されたんだけど、夜、坑を抜け出して、帰宅して全てを語ったの。犠牲者は誰で、どこに埋められているか。この写真は私の曾祖父よ。教師で写真家だった。彼は一緒に亡くなることになった人たちを撮影してたの。ジャニスは、曾祖父の撮影した埋められた人たちの肖像をアルトゥーロに見せていく。これは私の祖母。彼女は父とともに姿を消した人たちの名前を書き留めたの。後でノートを見せるわ。まだ村で生活している家族もいるけれど、隣の村に住んでいる家族もいる。どれもとても役に立つよ。長年、村の協会とともに搔き集めてきたの。発掘のためにあなたを雇う費用はどれくらいかしら。無料で引き受けたいところだけれど、1人じゃ出来ないからね。つるはしやシャベルを扱える労働者だけじゃなく、考古学的な発掘ができる人材が必要になる。キッチンからワインとグラスを取り出し、リヴィングのカウチへ移動する。僕は歴史記憶回復のための同胞団と呼ばれるナバラの民間財団に属しています。ええ、知ってたわ。そうなのかい? 2人はワインを飲みながら話を続ける。ナバラ文化の起源を研究する科学財団だよ。僕たちの仕事は墓を発掘することじゃないけど、以前に1度立場上関与しなくてはならなくなったことがある。場所、時期、そこで得られる戦争に関する情報といったもの次第だね。例えば、この墓が戦争の初期に遡るという事実は興味深い。7月25日の夜のことだったって、祖母や村の人たちが言ってるわ。財団に計画を提案できるよ、研究のために。かなり詳細だから、確実に検討してもらえるようにするよ。感謝しても仕切れないわ。だけどすぐって訳にはいかない。財団が計画を承認するには何年もかかるんだ、だけどその価値はあるね。
ジャニスが朝食を取っている。今日は4時に上がります。夫を病院に連れて行くので。ドロレス(Carmen Flores)が床を掃除しながらジャニスに告げる。分かった。旦那さんはどうなの? 少し緊張してるわね。ジャニスの電話が鳴る。ジャニス、元気かい? おはよう、アルトゥーロ。電話したのはね、財団が計画を受け容れたことを伝えようと思ってね。君に連絡がいくからね。撮影の3日後に発送したの。それからね、調査でマドリードに滞在するんだけど、会えないかな、もちろん、君が望めばだけど。いつ? 来週の水曜日。午後なら空いてるわ。そう、だったら水曜に会おう。
水曜日の午後。ジャニスはアルトゥーロと会い、情熱的な時間を過ごす。
産科病棟。病室でジャニスが痛みに耐えながら息をしている。相部屋のアナ・マンソ・フェレラス(Milena Smit)も出産を控え、苦しそうに浅い呼吸をしている。鼻から息を吸って。深く。ジャニスがまだ10代のアナに深い呼吸の仕方をアドヴァイスする。心配しないで、うまくいくわ。結婚してるの? いいえ、あなたは? してない。それなら私たち2人ともシングル・マザーね。想定外だったけど幸せよ。私も想定外。後悔してないわ。後悔してる。そんな風に言わないで。大丈夫。1人じゃないでしょ? ママがいる。いいじゃない。でも、ママはまだ受け容れられてない。受け容れられるわ。2人は廊下を歩いている。アナ! 娘の見舞いに来たテレサ(Aitana Sánchez-Gijón)が声をかける。ベッドにいなくていいの? 歩くのはいいことよ、分娩に役立つわ。同室のジャニスです。アナの母のテレサです。部屋はどう? 向こう。病室でテレサがアナに別居している父親と話した内容を伝える。パパは来られない。そうだと思った。幸運を祈ってくれてる。気を楽にしてって。そこへジャニスの長年の友人で写真撮影会社を経営しているエレネ(Rossy de Palma)が姿を見せる。
ジャニスとアナはそれぞれ友人と母親の付き添いで出産をする。
ジャニスが1人病室にいると、アナが顔を出す。看護師がここにいるって。どうぞ座って。会えて嬉しいわ。赤ちゃんは? 元気よ。NICUにいるの。胸に抱けたのは一瞬だけ。赤ちゃんの鼓動を感じるって最高じゃない? 待ちきれないわ。あなたの赤ちゃんもNICU? そう。子宮外での生活に適応するのが難しいって医者が言ってた。うまく行ってるわ。外の世界にある子宮でね。そう。残念根のは子宮外での呼吸が困難だったこと。あなたの赤ちゃんは? 血糖値が低いみたい。問題無いって言われたけど。間違いないわ。あなたに電話番号を教えておくわ、話したいとき必要でしょ。私たちは同じような状態だから、話せるようにね。

 

写真家のジャニス・マルティネス・モレノ(Penélope Cruz)は撮影で知り合った法人類学者のアルトゥーロ(Israel Elejalde)に、故郷の村にある内戦時の集団墓地の発掘調査を依頼する。ジャニスはアルトゥーロと関係を持ち、想定外の妊娠をする。妻子あるアルトゥーロは出産を思い留まるよう求めるが、ジャニスは、アルトゥーロとの関係を断ち、出産に臨む。産科病棟で相部屋になったアナ・マンソ・フェレラス(Milena Smit)は10代で、不安に駆られる彼女を励ましつつ、同時に無事に出産を迎えたが、2人の赤ちゃんはともにNICUでの経過観察が必要になった。退院したジャニスのもとを訪れたアルトゥーロは赤ん坊を見て自分の子ではないと言い放つ。一方、アナの母親テレサ(Aitana Sánchez-Gijón)は舞台で念願の主役の座を手に入れ、産後鬱のアナを残して地方巡業に出てしまう。

(以下では、冒頭以外の内容についても触れる。)

2007年、スペインでは、内戦からフランコ独裁政権にかけての虐殺の犠牲者の名誉回復や補償を定めた歴史記憶法(Ley de Memoria Histórica de España)が制定された。それに伴う、ファランヘ党員によって虐殺された人々の集団墓地の発掘調査が作品の重要な柱となっている。認めたくない事実を白日の下に曝け出す。それは当事者にとって必要だが強い意志がなくては難しい。ジャニスが最愛の子に関する疑義を調査し、判明した事実を認めるという過程は、国家や国民が負の遺産に向き合うこととパラレルになっている。そして、写真家のジャニスが発掘調査を行う姿は、この作品を世に問う監督Pedro Almodóvarの似姿となっている。
冒頭、ジャニスの撮影スタジオで頭蓋骨の小道具(の話題)が持ち出されるのは、シェークスピアの『ハムレット』において主人公ハムレットが墓場で頭蓋骨と対面する著名なイメージと重ね合わされているが、『ハムレット』もまた、闇に葬られかけた王室に纏わるスキャンダルを暴くという筋立てである。
女優のテレサが主役の座を射止めた芝居は"Doña Rosita la soltera o el lenguaje de las flores"か。