可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 大田黒衣美個展『the reverie』

展覧会『大田黒衣美「the reverie」』を鑑賞しての備忘録
KAYOKOYUKIにて、2022年11月2日~12月4日。

ポケットティッシュを支持体とした絵画「Suncatcher」シリーズと、木の板の木目を活かした絵画群で構成される、大田黒衣美の個展。

カブトガニ》(302mm×242mm×16mm)は、ごく淡い黄緑や青などを薄く着彩した板の下部中央付近に1匹のカブトガニを主に灰色で描いた作品。透ける木目が波のようで海のイメージを呼び起こすとともに、淡いパステル調の色味が現実から遊離した白昼夢(rêverie)の雰囲気を漂わせる。

《Reading》(408mm×510mm×10mm)は、図書館の地図記号のような本ないし雑誌を中心に、その周囲に集まっている犬たちの姿を描いた、犬の読書会(reading)の趣の作品。画面の上半分のほとんどにはくすんだ水色が刷かれてる。それは水溜まりであろうか。それにしては範囲が広いようだ。あるいは明け方の光を映しているのかもしれない。右上の丸い円が沈む満月のように見えるからである。舌を出した赤茶色の毛の犬が、開かれて落ちた本を挟んで黒い犬と対峙する姿が主たるモティーフとなっている。お互いに表情を読み合っている(reading)。他にも坐る犬など8頭の犬が描かれている。円山応挙の描くような仔犬の姿も親と思しき2頭の犬の間に姿を見せている。だが他は霞んでいたり、画面から切れていたりする。中央に落ちている草臥れた本、左側の潰れた空き缶、右側の黄色い空瓶は、ヴァニタスの趣である。虚しさないし儚さが、犬に本の取り合わせによって増幅される。

《止まり木》(280mm×283mm×3mm)は、ややくすんだ調子のピンクを背景に、鳥籠の中の止まり木に止まる黄色いインコと、鳥籠の外にいるハトを描いた作品。鳥籠の中はインコと近い黄色に塗り籠められ、インコの姿は、ルイス・キャロル(Lewis Carroll)『不思議の国のアリス(Alice's Adventures in Wonderland)』に登場するチェシャ猫のように今にも姿を消しそうである。籠の底に置かれた餌入れや水入れの明確な姿と対照的に、幻想(reverie)のイメージを生む。インコが掴まる止まり木は、幻想へ誘う足掛かりとして機能する。鳥籠の手前にハトを配することで、鳥籠の内外という2つの世界が強調され、なおかつ金網で仕切られた幻想と現実とは、連続していることが示されている。ところで、ギャラリーの窓の額縁には、2本の木の枝が置かれている。外界の現実と、作品の展示空間が象徴する幻想との境界に位置する木は、まさに幻想への足掛かりであり、鳥籠の中で幻想へと溶け込むインコ、鳥籠を見詰めるハト、絵画を眺める鑑賞者、ギャラリーの鑑賞者を目にする歩行者といった入れ籠の関係に気付かせる。

《cross》(403mm×503mm×9mm)は画面下部に抱き合う男女(?)の頭部だけを覗かせた作品。身体をカットして頭部だけを描くのは、異界を象徴する他者に対して想像力を用いる、頭脳の働きを強調するためであろう。交感によって現実世界は多元的となり得る。

ポケットティッシュを支持体とした絵画「Suncatcher」シリーズは、ポケットティッシュを袋から半分取り出した部分に描画した作品。ティッシュという儚い支持体は、それ自体ヴァニタスである。実用的なティッシュの表す現実と絵画の空想とは連続し、なおかつ袋の内外の境界に展示されている。やはり幻想と現実との連続性を作者は訴えるのである。なおかつ、ティッシュがポップアップ構造によって重ねられていることは、多元的宇宙のイメージを引き寄せるだろう。