可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『シスター 夏のわかれ道』

映画『シスター 夏のわかれ道』を鑑賞しての備忘録
2021年製作の中国映画。
127分。
監督は、イン・ルーシン(殷若昕)。
脚本は、ユー・シャオイン(游晓颖)。
撮影は、ピウ・ソンリー(朴松日)。
美術は、ドゥ・グワン・ユウ(杜光宇)。
衣装は、ワン・リン(王林)。
編集は、チュウ・リン(朱琳)。
音楽は、ガオ・シャオヤン(高小阳)。
原題は、"我的姐姐"。

 

引っ越し業者のトラックが横転し、積荷の家具が道路に散乱している。サイレンの音が響き渡る。駆け付けた消防隊員が電動工具で閉じ込められた人を助け出そうとしている。両親と少年との家族写真がハンドルの傍に見える。回転灯の明りが割れたガラスを照らし出す。救急隊員がキャスター付担架を運んでいる。アン・ラン[安然](张子枫)が茫然と佇んでいる。こんにちわ。大丈夫ですか? 警察官がアン・ランに声をかける。亡くなった男性の携帯電話で最後に連絡を入れていたのが全てあなた宛てだったんです。亡くなった方たちとあなたとの関係は? …娘です。2人の娘です。亡くなったご夫婦の携帯には、ご夫婦と少年の写真しかないんですよ。身分証をご提示願えますか? 啞然としたアン・ランが身分証を取り出して警察官に手渡す。ちょっと調べますね。警察官は別の警察官を呼んで身分証の照会を頼む。アン・ランを現場に置いたまま、両親の遺体を載せた救急車が走り出す。
喪服を着たアン・ロンロン[安蓉蓉](朱媛媛)が慟哭して弟の柩に向かって語りかけていたが、弔問客の対応のため、アン・ランを残して起ち上がる。遠いところをわざわざありがとうございます。当然のことよ。麻雀を打って行って下さいね。坐ってごゆっくり。お茶をお持ちしますから。お茶を出した後、アン・ロンロンは車椅子の夫(何强)の面倒を見に行く。大丈夫? 大丈夫。お前が無理するなよ。分かってるわ。近くではウー・トンファン[武东风](肖央)がアン・ランの従妹(孙嘉灵)と雀卓を囲っている。ウー・トンファンのスマートフォンに着信がある。姉貴夫婦が逝っちまってよ。人生なんて儚いもんだよな。アン・ロンロンは弔問客に甲斐甲斐しくお茶を注いで廻っている。息子にお腹が空いていないか尋ねると、放っておいてとつれない返事。ウー・トンファンがアン・ランの従妹に振り込む。手持ちがないウー・トンファンは金を払わず別の男と代わる。従妹が文句を言うが、母親のアン・ロンロンに窘められる。ウー・トンファンは祭壇の前のアン・ランのところに行き、ただ黙って寄り添う。幼稚園の先生がアン・ズーハン[安子恒](金遥源)を連れて来ると、大事なことを忘れてたと慌ててアン・ロンロンが駆け寄る。アン・ズーハンは祭壇の方を黙って見詰める。
母ウー・トンフェン[武东凤]の遺影を抱いたアン・ランと、父アン・シーチエン[安士健]の遺影を抱えるアン・ズーハンを先頭に、一行が墓所への急な階段を上がっていく。幼いアン・ズーハンは遺影をぞんざいに扱い、墓ではお供えの菓子に手を出そうとする。アン・ランが止めるが、隙を突いて菓子をせしめたアン・ズーハンは得意気だ。
亡くなったアン・シーチエンとウー・トンフェンの親族が集まり、話し合いをしている。ウー・トンファンが熱弁をふるっている。運転手に問題があるに決まってる。あいつの子は怪我したフリをしてるんだ。逃げたんだよ。酒を抜いてから病院に行くためさ。皆で金を出し合ってさ、俺が警察に掛け合うよ。こんなのおかしいだろ。国には補助金があるから、大してかからないだろ。蚊帳の外のアン・ランは探し物をしている。アン・ズーハンは1人サッカーボールで遊んでいる。伯父さんはまだ学区の部屋を持ってないのかい? あの家は私の娘が住んでいるところよ。アン・ランの職場の傍。でも家賃はアン・ランが払ったのよ。そりゃいい。看護師だし収入もあるんだろ。弟がいても大丈夫。アン・ランが大学に行ってから弟ができたのよ。2人は今まで会ったことがなかったんでしょ。一緒に住んで大丈夫なの? 何が問題なんだ? 姉弟なんだろ。会ったことがなかっただけでさ。この機会に仲良くすりゃいい。家の名義は? アン・ラン。アン・ランの両親は離婚して改名したから。公団の部屋なの。昨日部屋の明け渡しを要求してきたわ。1997年にはまだ二人目ができてなかったから。弟は娘のことを考えた。じゃあアン・ズーハンの家はないってことか。そうなるわね。だからもうすぐ小学校に上がるから学区にある部屋の名義をアン・ズーハンに変えたいって言ってたの。アン・ラン、何か言いたいことは? 今アン・ズーハンの面倒を見れば、将来彼を頼れるぞ。伯父がアン・ランに尋ねる。アン・ランは家族写真の入った写真立ての中から、娘の障碍を理由に第二子の出生を求める書面を発見していた。足の不自由な人がどのように歩くか知ってる? 私みたいにね、身体が曲がってるの。アン・ランは足を引きずって歩いてみせる。私たちはあなたの弟をどう養うかって話をしてるの。私はね、大学院の受験勉強をしてるの。あなたの年でまだ受験するの? 北京で勉強するつもり。弟はどうするつもりだ? あなたが今やらなきゃならないのは弟の面倒を見ることでしょ。いつか彼に頼らなきゃならない日が来るわ。弟のことよく知らないもの。何て言った? 弟のことよく知らないだと。伯父はアン・ランの物言いに腹を立て、亡くなった両親に代わってお仕置きすると熱り立つ。伯父を止めようと揉み合いになるが、アン・ランは殴ったらいい、通報してやると火に油を注ぐ。アン・ズーハンが伯父の腰にサッカーボールを当てて伯父を倒す。

 

アン・ラン[安然](张子枫)は両親の意向により地元・成都で看護師をしている。倹約生活を送りながら、本来の希望である医師になるべく、北京にある大学院進学を目指していた。5年交際している医師のチャオ・ミン[赵明](梁靖康)は優しいが、一緒に北京で生活する計画をなかなか家族に切り出してくれない。そんな中、突然両親が交通事故で他界する。両親は一人っ子政策の下で男児を望んでいたため、アン・ランに障碍があるフリを迫るなど、兎角娘に冷たかった。そんな両親が、アン・ランが大学入学を機に親元を離れてから作った弟アン・ズーハン[安子恒](金遥源)の世話が、突然アン・ランの身に降りかかる。しかもアン・ズーハンは駄駄を捏ねてアン・ランの言うことを聞かない。車椅子生活を送る夫(何强)の世話をする父方の伯母アン・ロンロン[安蓉蓉](朱媛媛)は救いの手を差し伸べてくれるが、弟(アン・ランの父)の進学のために大学でロシア語を学ぶ夢を諦めた過去があり、女性は男性に尽すのが当然だとの価値観で生きてきた。アン・ランが弟を養子に出すのを容認しようとしない。麻雀三昧で妻や娘(王丽语)に見捨てられた母方の伯父ウー・トンファン[武东风](肖央)は、何かと金をせびるだけで、ほとんど当てにならなかった。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

一人っ子政策の下で生まれたアン・ランは、男児を望む両親が第二子の許可を求めるべく障碍があるフリを求められるが、反発して従わなかったため、父親に打擲されるなど、虐待された過去を持つ。看護師職も、両親の意向で医学部進学を断念させらたためにやむをえず就いているという経緯があった。プライドだけ高く無能な医師に雑用係として扱われる日々に耐えられなくなったアン・ランは、地元成都を離れて北京の大学院で医学を学ぶ夢を叶えようと奮闘している。その矢先に両親が事故で他界し、歳の離れた弟アン・ズーハンの面倒を見ることを求められる。
父方の伯母アン・ロンロンは、弟(アン・ランの父)の進学のために自らの大学進学を諦めた過去を持つ。夫に尽し、息子の面倒を見、弔問客や親族の世話に余念が無く甲斐甲斐しく働き廻るが、周囲はアン・ロンロンの働きを当然のものとみなし、彼女自身にもそういうものだとの諦念がある(アン・ロンロンがアン・ランと共食するスイカの切り分け方!)。そのため、アン・ロンロンはアン・ランに対して意図せず同じ犠牲を求めてしまう(マトリョーシカが世代から世代へと受け継がれていく犠牲を象徴する。この点につき、韓国映画『82年生まれ、キム・ジヨン(82년생 김지영)』(2019)、乾真裕子の映像作品《月へは帰らない》(2020)を参照のこと)。だが、アン・ランが周囲からのプレッシャーを撥ね付け、自らの希望を実現しようと藻搔く姿を見るうち、アン・ロンロンは感化され、価値観の再考を迫られる。
アン・ランがアン・ズーハンを受け容れることは、自らの夢を犠牲にすることに等しいのなら、アン・ロンロンからの負の遺産を引き継ぐことになりかねない。だが、アン・ランには、自ら望まぬ存在として捨てられたという過去があり、仮に望まぬ弟を捨てる(地下鉄駅での件で描かれる)なら、それこそ負の連鎖に加担することになるという、アンビヴァレンスな状況にあるのが苦しい。