映画『夜、鳥たちが啼く』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本映画。
115分。
監督は、城定秀夫。
原作は、佐藤泰志の小説「夜、鳥たちが啼く」。
脚本は、高田亮。
撮影は、渡邊雅紀。
照明は、小川大介。
録音は、岩間翼。
美術は、松塚隆史。
スタイリストは、深野明美。
ヘアメイクは、柿原由佳。
編集は、清野英樹。
夜。郊外にある古い平屋。通りを隔てて向かいにある線路を列車が通過する。窓越しに灯りの点いていない部屋を移動する人影が見える。ビールケースを抱えた慎一(山田裕貴)が玄関を出て、敷地の脇に立つプレハブの離れに運び入れる。ビールケースを置くと、電気スタンドが点いている机に向かい目の前の窓を開ける。近くの幼稚園にある鳥小屋のカラフルな鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。
裕子(松本まりか)が運転する家財道具を載せた白い軽トラ。助手席からアキラ(森優理斗)が顔を出して風景を眺めている。向かったのは慎一の家。軽トラが停まるとすぐにアキラが降りてくる。離れで机に向かっていた慎一が窓越しに手を振る。お世話になります。出迎えた慎一に裕子が挨拶する。俺の荷物はだいたい出しといたから。これ運んでいい? 慎一は荷物を運ぶのを手伝う。幼いアキラも積極的に荷物を運ぶ。その様子を眺めていた隣家の静子(藤田朋子)が笑顔で会釈して通り過ぎる。お隣さんに挨拶した方がいい? いいよ、なんとなく話しとくから。トラックから母屋に荷物を運び終えた3人は、テーブルに座って1口サイズのアイスを食べて一息つく。レースのカーテンしかないの? 通りに面した窓を裕子が気にする。好きなの付けていいよ。家見つかったらすぐに出て行くから。アキラが転校しないで済むように学区内で探すと手頃な物件が見つからないと言う。慎一は慌てる必要は無いと伝え、母屋の風呂と冷蔵庫は使わせてもらうと断る。アキラがもう1つ食べていいかと裕子に尋ねる。もう沢山食べたでしょと言い含めるが、慎一が裕子の方が1個多いとアキラにもう1つ食べさせる。じゃあ、行くよ。離れに戻った慎一は、机に座り、カーテンを取り付ける裕子の姿を眺めた。
裕子がカーテンを閉める。
文子(中村ゆりか)が取り付けた緑色のカーテンを閉める。
何だその色のカーテン。そんな色のカーテン付ける奴なんていないだろ。慎一が刺々しく言い放つ。緑は気持ちが落ち着くよ。前の黴だらけのよりマシでしょ。もらい物だから文句言わないでよ。誰からもらった? 店長。何でもらった? 余ってるのがあったからって。だから何でお前にっ! 慎一が怒鳴る。……また始まった。文子は台所へ煙草を吸いに行く。慎一が文子の後ろに立つ。何で店長がお前にカーテンをくれんだよっ! ……。煙草を吸う文子。……店長が私と寝たいから。そう言わせたいんでしょ。慎一は憤慨して部屋に戻ると、文子が取り付けたカーテンを乱暴に引き剥がす。
夜。離れの机で慎一がラップトップのキーを叩き小説を執筆している。溜息をついた慎一は立ち上がるとビールケースから1本ビールを取り出し、離れを出る。母屋の玄関。線路を列車が通過する。入るよ。慎一が母屋に上がると冷蔵庫に向かい、手にしたビールを冷えたビールと交換し、栓を抜く。そこへ風呂から上がった裕子が出てきて、慎一に驚く。ビール取りに来ただけ。慎一がグラスにビールを注ぐ。一杯飲む? もらおうかな。慎一がグラスを取り出してビールを注ぎ、裕子に渡す。頂きます。アキラは? 寝てる。小説、まだ書いてるの? うん。どんな話? 嫉妬深い男の話。自分の話? 俺、嫉妬深い? 出たら買うから。載せてもらえるか分からないけど。離婚は? 大変だった。でもまだ終わってない。せいせいしてるけど。邦博さん元気? だと思うよ。慎一はビールを飲み干すと、じゃあと言って母屋を出る。おやすみ。おやすみ。窓越しに慎一を見送る。女はグラスを置くと慎一の眠る部屋に入る。
慎一が車を運転して、OA機器のリース先に向かう。慎一はデジタル複合機のメンテナンスを担当している。まだ終わんないの? もう終わります、すいません。
慎一が帰宅すると、母屋の前でアキラが地面を眺めている。何やってんの? 蟻の巣あったから。女王蟻いた? 女王蟻は下の方でしょ。俺も昔は大洪水だとか言って蟻の巣に水を流し込んだりしたな。死んじゃうよ。死なないように作ってあるんだって。何で死なないの? いろいろな部屋があって塞いだりできるようになってるんだ。そこを通りがかった静子がお子さん出来たんですねと言って通り過ぎる。アキラ、ご飯出来たよ。裕子が玄関から顔を出す。隣の奥さん、私から挨拶しようか。いいよ、どう話していいか分かんないでしょ。じゃあね。アキラが母屋に上がる。またな、と慎一。
夜。離れで慎一が打ち出した原稿を赤ペンで添削していると、車が停まる音がする。
郊外にある線路沿いの平屋。慎一(山田裕貴)が母屋から仕事場にしているプレハブの離れに移り住む。母屋には離婚した裕子(松本まりか)が息子のアキラ(森優理斗)とともに引っ越して来る。アキラを転校させずに済む手頃な物件が見つかるまで、冷蔵庫と風呂場を共有することを条件に、母屋を貸すことにしたのだ。慎一は10代で受賞歴がある早熟の小説家で、その才能は文壇でも折り紙付きだが、最近は鳴かず飛ばず。そんな慎一を支えてくれた文子(中村ゆりか)と暮らすために借りた家だったが、鬱屈した慎一は文子と絶えず諍いを起こし、自らプレハブを仕事場に「別居」してしまった。慎一にとって母屋には別れた文子との思い出が詰まっていた。
(以下では、結末に関連する内容についても言及する。)
慎一は文子に対して執拗に浮気を疑う。慎一にとって文子は心の支えであり、彼女に対する依存が高まれば高まるほど、捨てられる恐怖に囚われてしまう。文子が慎一に示す嫌悪や冷淡に慎一は過敏になり、彼の暴力的な反応は、彼女を決定的に失わせてしまう。慎一には、文子に対する執着は愛情であり、彼にだけ「嫉妬深い」との認識は生じない。
無論、文子は、その名前から明らかな通り、文学のメタファーである。慎一にとって小説が生きる糧になっている。だが小説に対する依存が高まれば高まるほど、思うように筆が進まなくなる。
売れっ子作家(宇野祥平)を殴るのと、(文子の浮気相手と思い込む)店長を殴るのとは、愛する相手(文子・文学)から思うような愛情が受け取れていないことに対する、慎一の破滅的な反応として、同じものである。
慎一が野球を見に行く。独立リーグの試合である。かつてトップリーグに所属し、球団を渡り歩いて飽くまでも現役に執着する活躍する滝沢選手(加治将樹)に、慎一は自らの作家人生を重ねて拍手を贈る。彼が暴力沙汰でトラブルになるのを目にして、慎一は自らに対する客観的な視線を送ることができる。
既にそのレールは敷かれていた。すなわち、自分と文子との生活を象徴する母屋から離れの仕事場に生活の拠点を移すことで、自分を客観視できるようになっていたからである。
裕子との関係は、固定観念に縛られない新たな文学との関係を示唆する。
郊外の冴えない平屋とプレハブを青い闇の中に美しく映し出した映像が印象的。
カーテンが仕舞ったり、列車が通過したりすると、手品のように裕子や文子の姿が消える演出が面白い。