展覧会『生誕150年記念 板谷波山の陶芸―近代陶芸の巨匠、その麗しき作品と生涯』を鑑賞しての備忘録
泉屋博古館東京にて、2022年11月3日~12月18日。
板谷波山の回顧展。序章「ようこそ、波山芸術の世界へ」、第Ⅰ章「『波山』へのみちのり」(「故郷・下館―文人文化の街」、「芸術家を志して―東京美術学校時代」)、第Ⅱ章「ジャパニーズ・アール・ヌーヴォー」(「陶芸革新―アヴァンギャルド波山」「アール・ヌーヴォー―いのちの輝き」)、第Ⅲ章「至高の美を求めて」(「葆光彩磁の輝き」、「色彩の妙、陶技の極み」、「侘びの味わい―茶の湯のうつわ」)の4章で構成。
展示室に入る前のホールに《彩磁更紗花鳥文花瓶》[010]が飾られているのは、泉屋博古館東京の所蔵品であるからだが、宝相華に尾長鳥の楽園イメージは、仙界への誘いともなっている。帝室博物館でスケッチした「彦根更紗」に着想を得ているという。
第1展示では、「ようこそ、波山芸術の世界へ」と題し、選りすぐりの作品を展示する。
ホールの《彩磁更紗花鳥文花瓶》[010]に、《彩磁草花文花瓶》[088]と《彩磁瑞花祥鳳文花瓶》[008]の彩磁が続く。前者[088]の草花文にアール・デコの影響が指摘されているが、草花文の周囲を埋める地紋や高台などによりアール・デコの幾何学的な様式が見られる。後者[010]は翼を拡げた鳳凰に怪しげな魅力があり、茂みの中に潜むように茶色の釉の中に溶け込んだ鳳凰の《茶釉花下対禽形彫文花瓶》[003]と対照的である。
続いて、波山の編み出した、薄絹を被せたようなマット釉「葆光彩磁」の《葆光彩磁草花文花瓶》[007]、《葆光彩磁牡丹文様花瓶》[011]。後者の類例は《葆光彩磁牡丹文様花瓶》[079]。
波山の中でも最大級の作品である《彩磁蕗葉文大花瓶》[001]は、瑠璃の地に淡い緑の蕗が器面を取り巻くが、真っ直ぐな茎の先には蕗の葉が水平ではなく垂直に立っているのが妙味であり、忘れ難い印象を残す。そのデザインにはアール・ヌーヴォー調の指摘がある。孔雀の羽を並べて器面を埋め尽くした《葆光彩磁孔雀尾文様花瓶》[005]もアール・ヌーヴォー調である。
線刻の紫陽花が器面を埋め尽くす《太白磁紫陽花彫嵌文花瓶》[009]の「太白磁」とは白さを砂糖に擬えて名付けられたという。彩色された紫陽花に覆われる《彩磁紫陽花模様花瓶》[006]は、100年以上所在が分からなくなっていた作品とのこと。
《彩磁延壽文花瓶》[015]、《彩磁延年紋様花瓶》[086]、《氷華磁仙桃文花瓶》[012]に表わされる仙桃は波山の作品に繰り返し登場する。
木彫作品《元禄美人》[031]は、東京美術学校で岡倉天心や高村光雲の薫陶を受けたことを伝える。
第2展示室は、「『波山』へのみちのり」として、東京・田端に開窯した頃までの若き波山の姿を縁の品々で紹介する。波山の絵画(《頼朝と文覚》[028]など)や木彫(《ひきがえる》[027])、師の高村光雲(《三猿置物》)や高村光太郎の木彫(《手》)など。陶芸家としてスタートした頃には、日本画家跡見玉枝に師事した妻・まると共作しており、その作例としてマジョリカ写の皿が紹介されている。また、故郷である下館との関わりを示す品々も並べられている。
第3展示室は、まず「アール・ヌーヴォー―いのちの輝き」として、アール・ヌーヴォーに影響を受けた作品を展示する。金魚と気泡を表わした《彩磁金魚文花瓶》[055]、貝の形をそのまま器にした《蝶貝形平皿》[061]や《帆立貝花瓶》[057]、器面の大きく大胆に八ツ手の葉を表わした《彩磁八ツ手文手焙》[058]、《八つ手葉花瓶》[066]、《彩磁八ツ手葉文花瓶》[060]、《葆光彩磁八ツ手葉花瓶》[059]などが並ぶ。また、「陶芸革新―アヴァンギャルド波山」として、波山が失敗作として破却した作品の破片を紹介する(荒川正明の監修ならではの展示)。道具類や窯入れの温度の記録『窯焚日記』なども併せて展示される。
続いて、「葆光彩磁の輝き」と題して、波山の陶芸を象徴する「葆光彩磁」の作品を紹介。「葆光」は『荘子』「斉物論篇」に見え、「無尽蔵な天の庫」に喩えられるという。葆光彩磁に、横山大観や菱田春草らの朦朧体との類似性を認める指摘も興味深い。《葆光彩磁葵模様鉢》[70]の見込みの葵の葉に中央に向かって溶け消えるようで、底なしの観を呈する。《葆光彩磁葡萄唐草文花瓶》[68]や《葆光彩磁葡萄唐草文花瓶》[75]の胴、《葆光彩磁蔓草文細口花瓶》[74]や《葆光彩磁唐草文細口花瓶》[71]の腰の蔓は、円環により繰り返しを表現する。《葆光彩磁嘉祥文花瓶》[78]の花鳥が淡い光の中にぼんやりと浮かぶ様は仙境との距離感を感じさせる。葆光彩磁の《葆光彩磁珍果文花瓶》[72]や《葆光彩磁珍果文壺》[76]を始め、《氷華磁仙桃文花瓶》[12]、《彩磁延壽文花瓶》[15]など、波山の器に仙桃は繰り返し登場する。《桃彫紋花瓶》[108]は茶色い器の胴に彫られた仙桃が浮かび上がる妖しさは、回春の力を想起させるようだ。
第3展示室の後半では、「色彩の妙、陶技の極み」と題して、波山のその他の作例を並べる。《彩磁椿花香炉》[087]は花弁の作る円の中に丸い葯が隠れる大胆なデフォルメは、光琳菊の向こうを張って波山椿とでも呼べそうだ。突然現れるチタンのようなメタリックな無地の花瓶《黒曜磁棗形花瓶》[099]が目を引く。
第4展示室では、「侘びの味わい―茶の湯のうつわ」と題して、茶碗や水差し、香炉を展観。《淡紅磁香炉》[131]の筒型の胴は淡いピンクと堆線による細かい縞が入る。上に珊瑚玉の摘みを配するのも愛らしい。