可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『死を告げる女』

映画『死を告げる女』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の韓国映画
111分。
監督・脚本は、チョン・ジヨン(정지연)。
撮影は、カン・ミンウ(강민우)。
照明は、イ・スンホ(이승호)。
録音は、ウン・ヒス(은희수)。
美術は、キム・ヘビン(김혜빈)。
衣装は、ヤン・ジンソン(양진선)とイ・ミョン(이명은)。
特殊効果は、キム・デジュン(김대준), ナム・グンユンファン(남궁윤환)。
編集は、チョン・ビョンジン(정병진)。
音響は、コン・テウォン(공태원)。
音楽は、チャン・ヨンギュ(장영규)。
原題は、"앵커"。

 

夜、住宅街に強い雨が降っている。人気の無い通り。街灯が舗装道路を照らす。煉瓦積みの古い建物。その半地下の部屋。鉄扉を開ける音に、眠っていた女(박세현)が目を覚ます。起き上がると、足音を立てないように玄関の様子を窺う。ママ、どうしたの? 目を覚ました娘(서이수)が母親に尋ねる。ドアノブを回そうとする男の影が曇りガラスに映る。誰か来たの? 母親は娘を連れて部屋に隠れる。鍵が音がする。男がゆっくりと部屋の中に入って来る。母親はしゃがみ込んで娘を抱き締める。
落ち着いた雰囲気のシンプルで洗煉されたインテリアの寝室。チョン・セラ(천우희)の枕元で目覚ましが鳴る。母親のイ・ソジョン(이혜영)がアラームを止める。10時よ。起きて支度しないと。母親はカーテンを開ける。嫌な夢を見てた。また夢の話? セラがシャワーを浴び、鏡で左目の脇の傷を確認していると、母親が朝食を取るよう声をかける。母親は娘がキャスターを務めるニュース番組のオンエアをチェックしていた。公的扶助制度に関するニュースを読むセラ。ダイニングキッチンのカウンターでセラがミキサーで作った飲み物を摂る。滑舌良くなかった。そんなことないけど。衣装が地味。もっと明るいのを着るように言ったでしょ。前は明るすぎるって言ってたよね、ニュースを邪魔するって。母親はフルーツ・サラダを差し出す。今は売れてるけどね、後釜を狙っている人は沢山いるの。止めてよ。もちろん私の娘が一番。他にニュース9のキャスターが務まる人なんている? 母と娘が微笑む。
ソウルのビジネス街に立つ、三大ネットワークの1つYBCの局舎。珈琲のカップを片手にセラが風を切って歩く。社員たちが挨拶する。報道局のスタッフルームに入ると、女性AD(박새힘)から新聞を手渡される。
報道局の会議。ニュース番組のヴィデオを切り替えながら、女性のキャスターの原稿読みを比較をしている。悪くないけど平凡かな。この娘は芸能人になりたいのかね。最近のキャスターは芸能人と思われてますよ。そんな中、記者のソ・スンア(박지현)が注目される。YBCの看板男性キャスターであるホ・ギジョン(김영필)が声もいいし、働き者だと推す。でもニュースはアナウンサーが担当すべきじゃないかね、と副局長(정찬훈)。すかさずセラが彼女には安定感がないと指摘する。局長(남문철)もニュースはアナウンサーが読まないと、基本が違うからね。セラが微笑む。
放送前のスタッフルームは慌ただしい。本番用の衣装に着替えたセラが原稿を手にスタッフルームを出る。渡り廊下を渡って旧館のメイクルームへ。1人原稿読みをしながら手直しをする。
ADがメイクルームにセラを探しに行くが、とっくにメイクを終えて出て行ったとメイク係に言われる。
セラは体調が優れず、トイレで吐いていた。古いメイクルームで目の脇の怪我を入念にチェックしていると、ADから呼び出しの連絡が入る。
ソ・スンアが女性スタッフと改編を話題にしながら歩いている。今回はガラッと変わるみたい。ニュース9も? あそこには誰も行きたがらないんじゃない。セラさんも今は記者やってますよね。何の? まだ見習いでしょ。誰かが代わりにやってあげてるの。正直、ニュース9には関わりたくない。火中の栗を拾うなんてね。セラさんの旦那さんってファンドマネージャーでしたっけ? そこへセラが通りすがる。おはようございます。スンアは今日は遅刻しなかったのね。一言告げてセラが立ち去る。…聞かれてたみたい。
セラは自分のデスクで薬を飲む。スタジオに向かおうとしたセラを電話をしていたハン・ギザ(이해운)が呼び止める。この人(박세현)、急を要する案件で君にしか話したくないって言ってるんだけど。セラは受話器を受け取る。セラは録音を開始するとともにペンを取る。YBCニュースのチョン・セラです。アナウンサーの? ええ。ユン・ミソです。あの男が家に入って来たんです…。誰の話ですか? 分かりません。いつも私と娘に付き纏うんです。脅すんです。その人はどこに? 今はいません。でもすぐに戻ってくる気がします。恐いんです。落ち着いて。住所を教えて下さい。ソンブク区チジョンドン35の12。警察に連絡しますね。来てくれないんですか? たとえ死んだとしてもセラさんに報道してもらえるならそんなに嬉しいことはないです。ずっとあなたみたいになりたかったんです。来てくれますよね? また悪戯か? ギザがセラに確認する。この前も君が来ないなら飛び降りるって男の電話があったよ。本番始まるぞ。悪戯で電話をかけてはいけません。違います、本当に恐かったんです! 切りますよ。あの男は娘を殺しました! 電話が切れる。
セラがスタジオへ入る。女性ADが飛んできて、セラにニュースの順番の入れ替えを伝える。イヤホンを付けながらセットに向かい、ホ・ギジョンの隣の席に坐る。すぐにマイクテスト。ムン・ジェイン大統領がトランプ大統領との首脳会談のため今日の午後、米国に向かいました。ギリギリの登場だな。ギジョンは皮肉を言うと、ペットボトルを取り出して水を飲む。9時。皆さん今晩は、YBCニュース9です。番組が進行し、本日3つ目のニュースをセラが伝え始める。最近増加している凶悪な少年犯罪。先月、市南部での女子高校生集団暴行事件後、似たような事件がまた起きました。今回は女子生徒が工事現場に連れて行かれ…。原稿を読んでいたプロンプターの文字が突然歪んで見え始める。平静を装い何とか原稿を読むセラ。…ソ・スンア記者の報告です。画面がVTRに切り替わる。番組が終わると、ギジョンに言葉に詰まっていたことを指摘され、人間味があったとまたも皮肉を言われる。
デスクに戻ったセラはユン・ミソに電話をかけるが、繋がらなかった。

 

YBCの看板番組ニュース9のキャスターであるチョン・セラ(천우희)は、番組開始前に
ユン・ミソ(박세현)から娘と自分が男に付け狙われているので来て欲しいとの電話を受ける。悪戯だと真に受けなかったところ、ミソはあの男が娘を殺したと言って電話を切った。本番中、ミソの件が頭を離れず原稿読みをしくじってしまったセラは、番組終了後、念のためミソに電話をかけてみるが繋がらなかった。帰宅したセラはいつも仕事ぶりを細かくチェックしている母親のイ・ソジョン(이혜영)から原稿読みの失敗を咎められる。セラが本番前に入った電話のせいだと事情を説明すると、母から本物のキャスターになるチャンスだと取材するよう促される。ミソから伝えられた場所は古い建物の半地下だった。呼び鈴は壊れ、ノックをしても反応がない。セラがドアを開けて中に入ると、廊下が水浸しになっていた。浴室の水の張られた浴槽には女性の遺体を発見する。ミソに電話をかけると、クローゼットから振動音が響いた。クローゼットを開くと、ミソの娘の遺体があった。セラは通報するとともに即座に取材を開始。セラが第一発見者となった母娘の遺体に関するニュースは大きな話題となる。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

いわゆるネタバレを回避しようとすると、言及できることが極めて限定されてしまう作品。
チョン・セラは社内では彼女を評価する立場にある局長を始めとする男性社員や、ポジション争いをするアナウンサーや記者たち、自宅では母親によって、常に見られる存在として激しいプレッシャーを受けている(ホ・ギジョンの立場が揺るがないのと対照的である)。
チョン・セラの母親のイ・ソジョン、精神科医のチェ・インホ(신하균)の存在が、物語の展開に効果を発揮している。
チェ・インホがユン・ミソに解離性同一性障害の診断を下していたことが鍵となる。
イ・ソジョン、そしてチョン・セラがなぜ亡くなったユン・ミソに対して同情的な立場を取らないのかも重要である。
鏡に映る姿が効果的に用いられている。
腐った林檎の象徴するもの。
チョン・セラの夫ミン・ギテ(차래형)は、セラ、とりわけイ・ソジョンと距離があることに意味がある。