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芸術鑑賞の備忘録

映画『土を喰らう十二ヵ月』

映画『土を喰らう十二ヵ月』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本映画。
111分。
監督・脚本は、中江裕司
原案は、水上勉の『土を喰ふ日々 わが精進十二ヶ月』。
撮影は、松根広隆。
照明は、金子康博と角田禎造。
録音は、渡辺丈彦。
整音は、吉田憲義。
美術は、小坂健太郎
装飾は、大谷直樹。
衣装デザインは、小川久美子。
ヘアメイクは、有路涼子。
編集は、宮島竜治。
音楽は、大友良英
音響効果は、柴崎憲治。

 

トンネルを抜けると右手に東京タワーが見える。真知子(松たか子)が長野へ向かって車を走らせている。高速を降りると、道路の両脇には除雪作業で雪が溜まり、正面には真っ白な山が聳える。
大きな窓のある部屋。窓際の炬燵に入ったツトム(沢田研二)が原稿用紙を前にしている。吐く息が白い。犬のさんしょが囲炉裏端で寝そべる。棚の上には微笑む妻・八重子の写真と骨壺。ツトムが溜息をつく。
真知子の車が雪化粧した集落の中を縫うように抜ける。カーヴを曲がるたび少しずつ山を登っている。
家の周りは一面雪に覆われている。ツトムが玄関を出て、ザルを手に深い雪を踏み分けて雪室に子芋を取りに向かう。
立春。1年のはじまり。
ツトムが台所で泥だらけの子芋を水で洗う。ツトムさーん。玄関から声がする。台所に真知子が顔を出す。ツトムさん、何してるの? 真知子、寒かっただろ。囲炉裏に当たっててくれ。すぐ行くから。
真知子が囲炉裏端に座っている。あったまったかい? ツトムが盆を手にやって来て、小皿に載せた白い粉をふいた干し柿を差し出す。真知子は皿を受け取ると干し柿を一口で食べてしまう。美味しい。今が食べ頃だよ。去年、一杯作ったわね。ツトムは囲炉裏で湧かした湯で茶を点てる。いい男ね。茶筅を動かすツトムを惚れ惚れと見詰める真知子。原稿は? まあまあ、お茶をどうぞ。ツトムが茶碗を差し出す。真知子は茶碗を口に持って行くと、一気に飲み干す。いやあ、たまんない。今日はゆっくりできるんだろ? 日本酒でいいか? いつものやつで。台所に向かうツトムはこれもどうぞと自分の干し柿を真知子に渡す。
台所ではツトムが水を張った桶に子芋を入れ、羽のような板を取り付けた棒で芋をかき回している。何してんの? 子芋さんの皮剥き。ツトムは白菜の漬け物を木桶から取り出す。
ツトムが囲炉裏の炭火の傍に置いておいた徳利を取り、盃に注ぐ。沁みるわあ。燗酒を呷った真知子の心の声が漏れる。摘まみの白菜の漬け物を口にする。来る度に味が変わるわね。漬かりすぎかな。これくらい漬かったのがいい。これでもうお仕舞い。来年。残念。半分に切って網に並べた子芋が焼き上がった。子芋さん、もういい。ツトムが真知子に取り分ける。皮のとこ美味しい。本当に食いしん坊だな。この香りいいわ。土の香りなのね。2人の酒が進み、酔いが回る。原稿は? ……ない。……。ま、飲んで。もう締切りよ。子芋さんで許してくれないかな? 子芋さんは子芋さん、仕事は仕事。厳しいなあ。ツトムが真知子の手に自分の手を重ねる。ダメよ。真知子が立ち去る。ツトムが恨めしそうに真知子の後ろ姿を眺める。真知子が戻って来る。タイトルだけでもちょうだい。編集長に怒られちゃう。真知子はツトムに原稿用紙と万年筆を渡して、ツトムに寄り添う。しばし頭を捻ったツトムは、「土を喰らう十二ヵ月」と書き留めた。

作家のツトム(沢田研二)は、妻・八重子の故郷である長野の山中で犬と暮らしている。犬にさんしょと名付けた妻を亡くしたのは13年も前のことだが、彼女の骨を未だ墓に納められないでいる。
ツトムの担当編集者である真知子(松たか子)がまだ雪深いツトムのもとを訪ねた。原稿用紙は真っ新のまま。干し柿とともに呈茶し、白菜漬け、焼いた子芋に熱燗を振る舞うが、原稿の催促は避けられない。タイトルだけでもと促され、「土を喰らう十二ヵ月」に決める。菜園や山の恵みを用いた四季折折の料理を歳時記風に描くことにしたのだ。9歳で口減らしのために京都の禅寺に入れられ、畑と相談して一切無駄をしない献立を考える精進料理を叩き込まれた経験が今こそ生きる。ツトムは道元の『典座教訓』を繙くのだった。

 

真知子が一息に頬張って気持ちよく食べ、あるいは大工(火野正平)が昔の人は旨いもの食ってたんだなと感嘆する、質素な料理の数々が魅力的。義母のチエ(奈良岡朋子)に振る舞われる食事など、沢庵漬と味噌汁のみ(山椒の佃煮の分け前はなし)だが、沢庵でご飯をかっ込みたくなる。土井善晴の料理を松根広隆が見事に映し出している。
冒頭、手を触れた真知子からお預けを食らわされるツトム。そんなツトムにそっと寄り添う真知子。ちょっとした仕草で二人の関係を描写する演出が印象的。通夜振る舞いでは編集者の真知子がいつのまにか映画『夢売るふたり』(2012)を髣髴とさせる女房に(言葉とは詐欺である。文売るふたりは夢売るふたりでもあろう)。亀が頭を水面から伸ばす性的な隠喩から、ある出来事が起こる展開も見事。
義母のチエを毛嫌いしている美香(西田尚美)。ツトムもそれほどチエの通夜には参列者がないと見込んでいたが、小さな集落にしては大勢の人が集まった。その落差によって、チエの人徳を描き出す。
禅寺の和尚の娘・文子(檀ふみ)がツトムのもとを訪ねてくる。かつて世話になった人に恩返しどころか礼も言えないままになってしまったツトムが黙るのは、身につまされる。
雪の積もる中で大根を水で洗うシーンであるとか、玄関の前に誰の足跡もない雪が広がるシーンであるとか、撮影の苦労が偲ばれる。
妻の言いなりになる夫を演じた尾美としのりが素晴らしい。