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芸術鑑賞の備忘録

映画『非常宣言』

映画『非常宣言』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の韓国映画
141分。
監督・脚本は、ハン・ジェリム(한재림)。
撮影は、イ・モゲ(이모개)とパク・ジョンチョル(박종철)。
美術は、イ・モクウォン(이목원)、ジン・ヘジョン(진혜정)
衣装は、チェ・ギョンワ(채경화)。
メイクは、キム・ソヨン(김서영)。
照明は、イ・ソンファン(이성환)。
同時録音は、チョ・ミンホ(조민호)。
特殊効果は、チョン・ドアン(정도안)とリュ・ヨンジェ(류영재)。
視覚効果は、ホン・ジョンホ(홍정호)。
音声は、キム・ソクウォン(김석원)。
編集は、ハン・ジェリム(한재림)、キム・ウヒョン(김우현)、イ・ガンイル(이강일)。
音楽は、チョン・ジフン(정지훈)とイ・ビョンウ(이병우)。 
原題は、"비상선언"。

 

燃料不足や技術的な問題が生じ安全な航行が不能と判断された場合、機長が航空管制に対し宣言を発することで危機を訴える。当該機は他機に対し優先して着陸できる権限が賦与される。航空機の運航においてこの宣言は戒厳令に匹敵する。全てを停止し、当該機の要求が他のあらゆる命令に優先される状況が生じるからだ。
非常宣言。
インチョン国際空港。航空機が陽炎の中に揺れて見える。ロビーの人混みの中、スカイコリア501便に搭乗する3名のパイロットが歩いている。着陸前に旋回が必要だ。交通量が多いようですね。ウォン・ドンヨン機長(임형국)がチャン・ヨンソク機長(이상현)とフライトについて話している。副操縦士のチェ・ヒョンス(김남길)が立ち止って振り返る。知り合いでも? …いいえ。
チケットカウンター。スーツの男(임시완)が係員の女性(문주연)に矢継ぎ早に質問を浴びせる。沢山人が乗るのは? 夏だから行楽地か。東南アジア行きは多い? どちらに向かわれますか? どこか遠く、人が沢山行くところ。1時40分のは何人乗ってます? お答え致しかねます。人数だけ教えてくれればいいんだ。なぜお尋ねに? 興味があるから、問題ある? 他のお客様のご迷惑になりますので…。迷惑をかけるって、どうやって? お客様に関する情報をお伝えすることはできません。男は立ち去るが、すぐに戻ってきた。何だよその笑い方。この売女が! 捨て台詞を吐いて去る男を係員は啞然として見詰めた。
集合住宅の中庭で住人が食事会を開いている。その様子を通路で眺めていたク・ミンジョン(권한솔)が騒がしい集まりだと溢す。そんなにうるさくないだろ。近所付き合いだよ。ク・インホ(송강호)が娘を宥める。ちょっと行って肉をもらって来い。肉? 牛骨スープ飲みなよ。どこにあるんだ? 母さんはどこだ? ヴァカンスよ。父さんを置いて行くの。いつも行けなくなるでしょ。休みが嫌いなわけ? 違うよ、俺がヴァカンスに行きたくないはずないだろ。母さんはいつ戻るんだ? スープがなくなったらじゃない? もう、うんざり。ミンジョンは出かけていく。台所に立ったインホは鍋の蓋を開ける。半月分はあるな。
パク・ジェヒョク(이병헌)が娘のパク・スミン(김보민)とともにチケット・カウンターの長い列に並んでいる。また引っ掻いてるな。止めないと。分かってる。軟膏を塗ってやろう。トイレに行っていい? もちろん。父親が行列を抜けようとするのを娘が止める。すごく待ったでしょ、1人で行ってくる。行けるか? スミンはトイレに向かうが、女子トイレは長蛇の列。スミンはやむを得ず空いている男子トイレに向かう。
トイレの個室で、スーツの男が服を脱ぎ、激痛に耐えながら右脇を切開して何かを埋め込むと、糸で縫い合わせる。
渋滞する通り。車内からインホが妻に電話する。なんで電話に出ないんだ? 空港で用事があるからよ。チョン・へユン(우미화)は空港の店でサングラスを物色していた。一緒に行けないのは俺のせいか? 仕事だろ。いつもヤマがあるんだ。いつもですって? 1回だけでしょ。それが最後だけど。まあいいわ、スープは冷蔵庫にしまった? もちろん。冷やして小分けにしたら半月分はあったよ。外食は止めなさいね。時間が無いからもう切るわよ、じゃあね。なんて女だ。
スーツの男がトイレの個室から出る。血だらけの手を洗うが、隣で身嗜みを整えている男は全く気付かない。人がいなくなった隙に鏡で右脇の縫い目を確認していると、個室から誰かに覗かれているのに気が付く。スヨンは不審な男の存在を見て、個室から出られなくなっていた。スーツの男がスヨンの方へ近付いたところへ、ジェヒョクが娘を探しに来た。スヨンは父のもとへ駆け寄る。戻って来ないから心配したよ。女子トイレが混んでたのか? 父娘が出て行くのをスーツの男がじっと見ていた。
ソウル南部警察署。刑事課強行犯係。班長のインホが出勤する。誰がスイカくれたんだ? みんな食ってやがる。こっちは半月は牛骨スープだよ。班員の刑事が電話を受けていた。…通報受けたあんたらが行ったらいいだろう。あんたらの方が近いんだ。電話を切る。どうした? 本庁に小学生から通報があったそうです。本当かどうかうちで調べろと。通報の内容は? 知りませんよ。どこかの馬鹿が航空機テロを予告する動画をアップしたのを見たとか。子供たちは地元の人間の仕業だと思ってるらしいです。航空機テロ? 今日決行するとか。今日?

 

ソウル南部警察署。刑事課強行犯係の班長ク・インホ(송강호)が出勤すると、本庁から航空機テロ予告動画についての捜査を依頼される。管轄地域の子供たちが予告犯が地元の人物だと通報してきたという。動画では本日決行を訴えるのみで便名は不明だった。妻チョン・へユン(우미화)がヴァカンスで飛行機に乗るインホは、不安に駆られ、通報した子供たちのもとへ。予告犯と同一人物だと指摘されたトラブルメーカーの男の部屋に鍵は掛っておらず、ドアを開けると強烈な悪臭が漂った。
インチョン国際空港。パク・ジェヒョク(이병헌)が娘のパク・スミン(김보민)とともにチケットカウンターの長い列に並んでいるとき、スミンが1人トイレに向かう。女子トイレが混んでいたために男子トイレに入ると、鏡に向かって右脇の傷を確認している不審な男(임시완)に遭遇する。男は父娘を追いかけ、荷物に告げられたタグでハワイに向かうことを確認する。お母さんが見当たらないね。怪しい男に関わるなと告げるとジェヒョクはスミンを連れて立ち去る。
男はハワイ行きの片道航空券を購入する。保安検査でひっかかるが、喘息の吸入器だと説明して擦り抜ける。
ホノルル行きのスカイコリア501便。コックピットでは、ウォン・ドンヨン(임형국)とチャン・ヨンソク(이상현)の両機長と副操縦士のチェ・ヒョンス(김남길)が離陸前の最終確認を行っている。機内に乗り込む乗客を、チーフパーサーのキム・ヒジン(김소진)、フライト・アテンダントのイム・テウン(설인아)やパク・シヨン(이열음)らが迎え入れる。スミンと乗り込んだジェヒョクは先ほど遭遇した異常な男の姿を認める。
インホは男の部屋の捜索中、娘のク・ミンジョン(권한솔)からの連絡で、妻へユンがハワイに向かったと知らされる。その直後、部屋でビニールに覆われた遺体を発見する。すぐに捜査員や鑑識が集められ、現場検証が行われる。遺体の死因は毒物によるものと思われたが、部屋に残された大量のヴィデオ・テープからウィルスを用いていたことが分かった。インホは部屋の住人リュ・ジンソクのフライトを確認するため出入国管理庁へ急行する。彼はスカイコリア501便ホノルル行きに搭乗していた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

航空機内で発生したバイオテロの顛末を描く。俳優陣、脚本、演出などいずれも見事。あっという間の141分。
航空機という密室でウィルスが容易に蔓延する。乗客たちは感染を恐れて発症者を遠ざけようといがみ合い、あるいは自らの危険を顧みず働く客室乗務員らに不満をぶつける。
さらに、着陸を他国に拒絶されたため航空機の帰港を巡って反対デモを起こす国民。航空機内の分断は国内の分断の縮図であることが示される。
恐ろしいのはウィルスではなく人間なのだ。
新型コロナウィルス感染症が猖獗を極める中、咳き込む音に敏感になっている観客は、バイオテロに翻弄されるクルーや乗客の不幸が身につまされる。
機内の状況が即座にスマートフォンで公開され、あるいは本国の状況がSNSなどで明らかになる。政府の情報統制が機能せず、クルーが状況把握する以前に、乗客には次々と情報が入って来て、一喜一憂することになる。
日本政府は航空機を受け入れないだろうとは思ったが、それ以上の過酷な対応であった。それでも韓国政府はその対応に理解を示していた。航空機受け入れをめぐって国内世論も大きく割れていたからだ。
アトピーに悩むスミンのエピソードが切ない。スミンは常に自分が引くことで穏便に済ませる姿勢が習慣になっている。ジェヒョクはそんな娘を不憫に思い、何とかしたい。だが、いつしか娘の発想でジェヒョクも思考するようになる。ジェヒョク自身もまた大きな心の傷を抱えていたのだ。